悪鬼を超える者

「くっ!」

 先程からの『首』の刀の攻撃を避けるので精一杯の私…生乃の印も組む隙すら与えてくれない!

――フハハ!侍とて躱す事が不可能な我が太刀筋を避けるとはな!いや、避けると言うよりは感じるのか?

 そう、『首』の攻撃の念を感じ、先に避ける。

 しかし、腐っても鯛、いや、侍…スピードが…付いていくのがやっとだ。

 せめて、あの『首斬り包丁』さえ無かったら…

 

 ガタン

 

 入り口から音がした?

「え?北嶋さん?」

 北嶋さんが来たんだ!!

――桐生の友人か。男、まずは貴様の首からだ!!

『首』は私から離れ、北嶋さんに襲い掛かる。首斬り包丁が北嶋さんの首に…!!

――死ねぃ!!


 ドン!


「いゃあああ!!」

「北嶋さんん!!」

 間違いなく、北嶋さんの首に刃が当たった!!物質である以上、北嶋さんの首は……!!

「うわあああああ!貴様あ!!…………ん?」

 生乃が『首』に向かって行くも、急に止まる。

「え…な、何で?」

――な、何だと!?

 皆が一同に驚いていた。

 首が胴体から離れる筈が…北嶋さんの首に、首斬り包丁が当たって止まったままだ!!

「き、北嶋さん…?」

「おう、桐生。なんだこの錆まみれの薄っぺらい鉄の板は?」

 北嶋さんは首斬り包丁をひょいと持ち、地面にバンバンと叩き出した!!!

――錆びた鉄の板だと!?

『首』が驚愕している。

「き、北嶋さん…刀に見えないの?」

 私の問い掛けで刀を良く見た北嶋さん。

「刀?…成程、刀に見えなくも無いな」

 そう言って再び地面にバンバンと叩き付けた。


 ポキン


「あ、折れた。錆まみれだから脆いんだな」

 北嶋さんは、興味が無さそうに柄をポイッと後ろに捨てた!!

――首斬り包丁が!!幾人の首を刎ね、幾人の血を啜っている我が刀が…折れただと!?

『首』の驚きは相当な物だろう。

 私も生乃もただ唖然として見ているだけだった。

「そ、そうか!普通なら刀に見えるんだけど、実際はかなりの年月が経過して、手入れもしてない刀なんだ!!」

 本当なら呪いによって刃が付いているように見える刀を、北嶋さんには得意(?)の普通さで、実際の錆びた刀にしか見えていない…ただそれだけの事なんだ!!

「ちょうどいい。桐生、『落武者』はどこだ?」

 命の危機すら感じない刀なんて興味の無い北嶋さんは、近くにいる生乃に『首』の所在を訊ねる。

「お、落武者?『首』なら北嶋さんの目の前に居るけど…」

 北嶋さんの問い掛けに付いていくのには慣れが必要だ。

 生乃はまだ慣れていない。勿論、私もだけど。

「俺の目の前…か…」

 北嶋さんの目付きが怒りのまなこに変わった。

 北嶋さんは右手を高々と降り上げ、そのまま『首』にビターン!!と平手打ち!!

――ぶへーっ!!

『首』が派手に左方向に飛んで行く!!

「うわあああああああ!!本当に叩いたあああああああああああ!!」

 解っていたとは言え、生乃の驚きは当たり前の事だろう。

「おう落武者!!」

 北嶋さんは何も無い所を見て凄んでいる。

「北嶋さん!左!左に飛んだわ!!」

「あ、首だけだもんな。軽いからな」

 北嶋さんは左に向き直り、『首』を見据える。

――な、何が起きた!?何故私の頬が、これ程の痛みを感じる!?

『首』は『首』になってから、恐らく初めて感じた衝撃なのだろう。状況が理解出来ないようだった。

「おう落武者!!お前はとんでもない馬鹿な事をやらかしたな!!」

 北嶋さんが怒っている!!尋常じゃ無い程怖い瞳を『首』に向けている!!

――な、何を…!!桐生の臣の話など聞かぬわ!!

 これまで、あらゆる説得を嘲笑いながら退けて来た『首』…頬の痛みがあっても、そのスタンスは変化しないようだ。

「そうよ!!今まで散々人を殺して来たんでしょう!!!私も絶対に許さない!!」

 生乃も怒りを収める様子が無い。

「観念しなさい!!」

 勿論、私も対話などする気は無い。

――雑魚共が!!貴様等の命など……

『首』が再び禍々しい表情に変化した。

 そんな北嶋さんが一喝する!!

「お前何故姫を抱かなかった!!」

 北嶋さんの正義の叫びが蔵中に木霊した!!

「そうよ!なんで先祖を、姫を抱かなかったのよ!!……って、え?」

 生乃も悔しそうに叫ぶ。ん?

「普通姫を抱くでしょう!!………って、ええ?」

 私も同様に……んん?

――小僧が!!姫を抱く………………って………

「ええええええええええええええええええええええええ!!!???」

 私達はすこぶる驚き、北嶋さんの顔を、鳩が豆鉄砲喰らったような表情で見た。

 呆気に取られている私達を無視し、怒りの眼をその儘に北嶋さんは続ける。

「どうせ殺されるんだったら、据え膳食わぬだバカ野郎!!つか女の誘いを断るなんざ死んで当たり前だ!!逆恨みもいいところだ!クズが!!」

 今までの『交渉』や『説教』とは全く異質の叱咤を食らう『首』!

 相変わらずポカンとしている。

「き、北嶋さん?何て言うか…あの…」

 上手く言葉が出てこない私…そんな私をキッと見据え、血涙宜しくの悔しさを見せた。

「俺なら桐生から誘われたら抱くね!!微塵も迷わず抱くね!!こんないい女が誘ってきたんだぜ?それを、このバカ野郎の『落武者』はっ!!ああああああああああああ!!勿体ねぇ!!」

 北嶋さんは蹲って絶叫した!!

「な、何を言っているの!?」

 生乃が真っ赤になって項垂れる。

――先程から聞いていれば………!!私がどんな思いで殺されたと思っておるのだ!!

『首』がワナワナと震えたかと思うと、蔵の中にあった荷物が全て宙に浮いた。

――本能だけのクズが!!死にやがれ!!

『首』がゲラゲラと笑う。

 生乃がまだ真っ赤になりながらも、顔を上げた。

「きっ、北嶋さん!!危ない!!」

 これは…ポルターガイスト現象か。

『騒がしい霊』の異名でも有名だ。宙に浮いた皿やコップが、メチャクチャに飛び交うのだ。

「桐生!!神崎!!ナビしろ!!」

 偉そうな北嶋さんにカチンと来た。

「ちょっとねぇ!!少しは…」

「左側面!手を伸ばせば直ぐ頭よ!!」

 生乃が的確に、しかも北嶋さんの態度など微塵も気にせずに、『首』の位置を指示する。

 私は少しバツが悪い思いだ。

 偉そうな態度だとは言え、そんな小さな事を、この大事な時にカチンと来るなんて……

 私より生乃の方が大人なんだ。

 私は生乃を見た。

「え?ええ?」

 生乃の顔が未だに赤みを帯びている?そして、何ていうか好意的な瞳を北嶋さんに向けているような?

「生乃?」

「えっ?」

 私へ向いた生乃の顔が微かに笑っていた。

「生乃…まさかあなた…?」

 私はとんでもない事を生乃に聞こうとしている。

 まさか…生乃は北嶋さんに…?あんなエッチで偉そうな北嶋さんに?

 私の思考がおかしなベクトルに向いている。信じられない気持ちで。

「北嶋さんが捕まえた!!」

 生乃の嬉しそうな声に我に返る。

 北嶋さんは『首』の髪をむんずと掴んでいた。

――な!?何!?やはり私に触れるのか!!先程の頬の痛みは幻では無かったのか!!

『首』が髪を持たれバタバタと暴れていた。

「おらあ!!箪笥とか飛ばしたら危ないだろうが!!怪我したらどうするんだ!!」

 そのまま床にビターンと叩き付けた。

――ぎゃあ!!

 浮かんでいた荷物がドカドカと音を立て、地面に落ちた。

「おら?詫びろよ?浮かべてスイマセンとか言いやがれ!!」

 そのまま地面に『首』をグリグリと捻り込む。

――ぐがっ!ば、馬鹿な…詫びるのは桐生…ぎゃあ!!

「詫びるのは私とか言っているわ!!」

「このバカ野郎が!!まだそんなつまらん事をほざいてやがるのか!!」

 北嶋さんは何度も『首』を何度も地面に叩き付けた。

――ぎゃあ!!ぐあっ!!あ、悪鬼と化した私の怨念が…がぁっ!!こ、こんな訳の解らぬ男に…ぎゃあ!!

『首』の今までの全てが北嶋さんに全否定された。

『首』は無念にて『首』になり、厄いを呼んで『楽しんで』いたのだが、今…不幸にも珍事によって全てが無効となっている!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 遠く離れた水谷邸…襖に仕切られた一角の部屋から、大声で笑う声が聞こえた。

「師匠!!どうかなされましたか!?」

 慌てて駆け付けた弟子、有馬ありま あずさ。神崎や桐生と同じ歳の弟子だ。

 少しウェーブのかかった髪が濡れている。風呂から上がって着替え終わった直後に、師匠の水谷の高笑いが聞こえたのだ。

「梓!!あの小僧は最高じゃわ!!腹が捩れる!!」

 畳を手のひらでバンバン叩くその様は、大抵の事には動じない有馬の心を不安にさせた。

「師匠、視ていたのですね?生乃の状況を」

 有馬、いや、弟子の多くは腑に落ちない事があった。

 霊に直接打撃を与える男…北嶋…

 北嶋の力は垣間見たが、桐生に同行させた意味が解らなかった。

「ふぃ~!説教の観点が全く違うのぅ!!さしものワシも、それには気付かなんだ!!」

 水谷は顔を真っ赤にして、息を切らせていた。

「師匠、何故北嶋氏を生乃に同行させたのです?」

 有馬は、思い切って訊ねてみた。二人きりの、水谷の機嫌が良い今が好機だと思ったからだ。

「ふむ…まぁ、小僧の凄さは見た者しか解らんからのぅ」

「え?昨晩に拝見しましたが…」

 北嶋は皆の見ている前で、憑依した狐を引っ張り出した。見ていない訳は無い。

「狐憑きはただ抜いただけじゃ。あんなもん、多少修行すれば、大抵出来るわ。梓、お前さんも出来るじゃろう」

 確かに『掴む』と言う行為を除けば、狐憑きを『抜く』事は出来る。だから有馬は素直に頷く。

「お前さんもそうじゃが、祓うには大変な精神力が必要になるじゃろう。それ故下準備が不可欠じゃ」

「結界を張ったり、道具を揃えたり…ですね?」

「そうじゃ。小僧はその下準備を全て省く事が出来る。素手で触る事によってな」

 確かに、早急な場合には、北嶋の力は大変便利ではあるが…

 有馬は渋い顔をし、唸っている。

「生乃は呪いにより、人を避ける。自分の親しい人が、首を刎ねられて死ぬ事を恐れてな」

「確かにそれはその通りかもしれませんが…」

 有馬の続く言葉をさえぎり、水谷は続けた。

「更には、『桐生の業』と言うのがある。先祖代々、身内を殺して来たのじゃ。加護が薄い訳じゃな」

 先祖の加護が薄いと言う事は、自身の体調や精神が脆くなる。

 桐生は、水谷の元で修行している為に、『まだ』普通に生活出来ているに過ぎない。

 もし、水谷に会わなければ、桐生は荒んだ生活をしている事だろう。いや、既に死んでいたかもしれない。

「ワシが『首』を葬るは容易いのじゃが、業は自ら断ち切らねば意味が無い。生乃が自分で『首』を倒すしか無いのじゃが、生乃が戴いた御印はとどめ用じゃ。しかも、多大な精神力を必要とする。機敏でしたたかな『首』を出し抜いて術を発動させるなど、今の生乃じゃ無理じゃ」

「それならば、部外者の力など借りなくとも、私達の誰かがサポートすれば良いだけではございませんか?」

 有馬をジロリと睨む水谷。

「お主等が手を貸したとて、共に修行をした同門…『首』を倒せたとて、生乃は今までと変わるまい。人に心を許さぬままよ」

 そう、この理由こそが、今まで『首』討伐に動かなかった理由なのだ。

 例え『業』を断ち切ったとしても桐生は同門に申し訳ない気持ちになり、心を開こうとはしないだろう。

「北嶋氏になら、心を開くと?」

 納得出来ない。同門だからこそ、助け合うのが当たり前じゃないか?

「今まで避けて来た人間に助けてられ、どの面下げて心を開けるのじゃ?生乃は世が世なら領主の姫なのじゃ。ささやかながらのプライドが邪魔をするわ」

 水谷は水を一口飲み、続ける。

「小僧は殆んど何も考えておらぬ。生乃の素性や苦しみなど、はっきり言って考えておらぬのじゃ。小僧の頭には敵を倒す事と生乃がべっぴんだと言う事だけじゃ」

「最低な男じゃないですか!!生乃の気持ちを考えずに、邪な気持で接してる訳でしょう!!」

 有馬の怒りはごもっともだが、水谷はケラケラと笑っている。

「煩悩そのまま晒け出すその様!!生乃も今まで見た事が無いタイプじゃろうて!!ある意味非常に純粋と言える。その証拠に、今、生乃は小僧を意識しとるわ!!頬を赤らめてのぅ!!ガハハハハ!!」

 再び畳を手のひらでバンバン叩きながら笑う。

「小僧!想像以上の出来じゃ!!報酬は弾まんとならんな!ガハハハハ!!」

 有馬は、師匠がこれ程愉快がっているのを、初めて見た。

 師匠を愉快にさせた男、北嶋 勇。

 有馬も、北嶋に非常に興味を持って来た。

 同時に疑問も持った。

「師匠、煩悩云々の事ですが、それならば別館にも煩悩の塊がいるじゃないですか?生乃の力になれるとはちっとも思えませんけど」

「あ~…奴は論外じゃろ。普通に犯罪しとるしの」

 納得と頷く有馬。

 北嶋が純粋に下心を出しているのなら、彼は卑怯にも誤魔化してやり過ごす。

「ついでじゃし、奴の事も小僧に何とかして貰おうかの」

 本気で何とかして貰いたかった有馬は力強く頷いた。  


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 感じる…感じるぜ!桐生の熱い眼差しを!!

 俺は感激だ。だってそうだろう?桐生はかなり可愛いんだぞ?華奢で抱き締めたら折れそうな線の細い身体!!顔なんか、そこいらのアイドルなんざ屁でも無いぜ!!

 それほどの女がだな、俺に羨望の眼差しでだな、こう、何て言うかだな、つまりは、俺は興奮しているんだな!!

 神崎といい、桐生といい、婆さんの所はレベルが高いな!!蔵の中に布団でも無いかな?埃っぽいからしっぽり行けそうもないけど。

 俺はそう思いながら、桐生を見た。

 目が合うと恥ずかしそうに目を逸らす。何とも可愛らしい仕草だな。

 これが終わったら、デートにでも誘ってみるかな?ハァッハッハッ!!

 更に俺は身体を捻って神崎を見た。

 グーで俺の顔面を軽々しく殴る女だが、今はハラハラしている表情だな。

 ふふん…成程な。

 桐生というライバル登場で居ても立ってもいられない……そう言う訳か!!

 フハハハハ!!ハードボイルドはモテモテで辛いぜ!!ハハハハハハハハハハハハ!!

 俺は喜びに満ち、掴んでいるであろう『落武者』をクルクルと回した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「北嶋さんが乗って来たわ!!何か変な事考えているに違いないわ!!」

 尚美が少し怒っている。

「北嶋さんが変な事を考えているって、どんなの?」

 戦闘中に、しかも『首』相手に余裕と言う事じなゃないだろうか?特別、悪い事じゃないように感じるけど……

「北嶋さんの鼻の下が伸びまくっているの!!絶対生乃を抱きたいとか思っているわ!!」

 え?私を?

 ど、どうしよう…北嶋さんに迫られたら、断れる自信が無い…

 少し俯いてしまった私に尚美の声が裏返る。

「生乃?顔…何で赤いの?ま、まさか北嶋さんにっっ!!?」

 顔を直ぐ上げて慌て否定した!!

「ち、違う違う!!そ、そりゃ素敵だな、とか思ったけど、まだ、そんな………」

 確かに北嶋さんの事は気になり始めているけと、好きとかの感情じゃないのは確か…だと思う。

 憧れ?頼りになる人?

「だ、大丈夫よ!!尚美の彼氏取るような事は無いから!!」

 私の言葉に尚美が何故か真っ青になった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「北嶋さんが彼氏ぃぃぃ!?有り得ない有り得ない有り得ない!!北嶋さんの能力は高く評価しているけど、絶対に有り得ない!!」

 生乃がとんでも無い事を言い出した!

 私が北嶋さんの傍に留まっているのは師匠からの命令だから!!

 北嶋心霊探偵事務所の所員に、何故か抜擢されてしまったから!!

 生乃がその気なら、生乃に全てを任せたいくらいなのに!!

「そ、そんな全力で否定しなくても……」

 生乃が若干引き気味だった。唇を尖らせてやや不満顔を拵えている。

 ムキになっていると思われたのかも…好意を抱いている人を否定するような事を言ったから面白くなかったのかも…

「そ、そうだ!!生乃さえ良かったら、私と代わらない?北嶋心霊探偵事務所の所員!北嶋さんの事務所の経理を生乃がする事になるけど、構わないよね!ね!ね!?」

 私は北嶋さんを押し付けるよう、生乃に詰め寄る。

「…………さっきから聞こえているんだがな…………」

 聞こえていた!!そりゃそうだ!!結構な大声だったのだから当然だ!!

 慌て北嶋さんを見る…

 北嶋さんは『首』をくるくると回して、項垂れている。

「き、北嶋さん……?悪い意味じゃないのよ?」

 実際は悪い意味なんだけど、こう言うしか他がなかった。

「北嶋さん!北嶋さんはそんな小さい事気にするような、みみっちく小さい男じゃ無い!!私は北嶋さんを信じている!!」

 拳を握って力強く言い切った生乃。その瞳がウルウルしている。

 女の子しているなぁ。

「…桐生は俺の事をどう思っているんだ?」

 項垂れながらも訪ねてくる北嶋さん。面倒くさいなあ…

「私は…」

「桐生に聞いているんだがな…」

 その通りでした。すいませんねぇ。横から喋ってしまって。

「私は北嶋さんを…その、あの、憧れ…って言うか…」

 生乃が真っ赤になり、顔を伏せてモジモジしながら言う。

 可愛いなぁ…女の子しているなぁ…

「…………そうか…そうか!まぁ、解ってはいるが、一応な!!」

 なんか前に見た光景だ。確かその後パワーアップしたような…

 回している『首』のスピードが段々と速くなって来ていた。

――むおおおお!!いつまで回しているのだ桐生の犬が!!

『首』が北嶋さんに向かって身体、いや、首をひるがえした!!

「危ない!!」

 しかし北嶋さんの身体をすり抜ける。

――貴様ぁ!!何でも有りか!!汚いぞ!!

『首』は自分の攻撃全てが通用しない事に苛立っている。どうせ北嶋さんには聞えていないんだけど。

「流石北嶋さんだわ…素敵………!!」

「そ、そうか?何があったか解らんが、まぁ、楽勝だ」

 北嶋さんは『誉められた』としか認識は無い。『首』がどれ程歯痒い思いか、理解は無いだろう。

 そして北嶋さんは、そのまま『首』を壁に投げつけた。

――ぎゃああああああああああああああああ!!

『首』はそのまま地面にずり落ちたかと思うと、ゴロゴロ転げ回った。本気で痛かったのだろう。

――おのれ桐生の犬がぁ!!私をあまり甘く見るなよ!!

 転げ回るのをやめた『首』…その表情が悪鬼のように恐ろしくなっている!!若干涙目なのはひとまず置いておこう。

「来るわ!『首』の最後の足掻きよ!持てる呪いを全て使う気だわ!!」

 私の足が微かに震えた。生乃の身体も微かに震えている。それ程の怨念だった。

 北嶋さんは…キョロキョロと『首』を投げつけた辺りを見ているだけだったけど。

――首斬り包丁は触媒に過ぎん!!私の怨の念を全て集めて貴様を殺す!!殺す!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してくれるわあああああああああああ!!!!

『首』の形相が、今まで以上に禍々しく、斬られた首から滴り落ちて来ている血の量も滝のようになってくる!!

「くぅっ…はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」

 生乃の息が荒くなっている。汗の量も尋常じゃ無い。

「こ、こんな…こんなえん……!!初めてだわ……!!」

 私の身体が凍り付いたように身動き出来ない。

 殺す『楽しみ』を排除し、純粋に『呪う』事にした『首』の怨念に、私達は圧倒的な覚悟を感じてしまったからだ。

――男!!先ずは貴様から血祭りに上げてやろう!!

『首』の怨念が刀の形を象る。

 元々『怨念の刀』により、幾人の首を刎ねて来たのだ。

 首斬り包丁など無くても『首』は厄いを呼ぶ事が出来る。

 桐生を、桐生の仲間を『恨む』事によって……!!

 怨念の刀が北嶋さんに斬り掛かる!!

「北嶋さんんっ!!」

 生乃が北嶋さんに腕を伸ばし、叫ぶ。

「ん?」

『首』の怨念が見えない、聞こえない北嶋さんは、呑気に生乃に振り返る。

――死ね!!男!!

 怨念の刀が北嶋さんを貫いた!!

「北嶋さん!!」

「北嶋さん!!」

 私達はほぼ同時に北嶋さんに呼び掛けた!!

――ふはははははははははははははははははは!!男!腹腸はらわたをぶち撒けてくたばったか!!ハァッハッハッハッ!!愉快なり!!

『首』が勝利を確信した。手応え、と言うよりも、ハッキリと目視が出来たのだろう。

「よくも北嶋さん……を?」

 涙に濡れた生乃がすっとんきょうな声を上げた。

「そ、そうだったわ…北嶋さんは…」

 私は改めて思い出す。

 しかし、北嶋さんを知らない『首』は、声が裏返る程、驚いていた!!

――なぁ!!?何故だ!!私の怨念の全てが!?憎しみの全てが!?

 そう、『首』の怨念で象った刀が、北嶋さんのお腹をすり抜けているのだ。

「なんだ二人共?何か照れるんだが」

 北嶋さんが頭を掻き、私達に呼ばれた事を何か勘違いしている。

「き、北嶋さん…?へ、平気なの?」

 生乃の疑問は良く解る。私もその光景を見た時には信じられなかったのだから。

「ん?平気って、何が?」

 やはり期待した通りのリアクションだ。

――馬鹿な!!そんな馬鹿な事があるか!!!

『首』が怨念の刀を振り乱す!!

 北嶋さんの頭、腹、首肩、足…北嶋さんの身体全てに斬り付ける。も、北嶋さんの身体を虚しくすり抜けた。

――そ、そんな………

『首』が茫然自失となっていた。証拠に怨念の刀が床に落ちた。

「何?何があった?」

 きょとんとしている北嶋さんに今起こった事を教える。

「『首』が怨念を象って……」

「ほう。じゃ、『落武者』は何処にいる?」

「北嶋さんの目の前だけど…」

 北嶋さんがニヤリと笑い拳を『首』の腹部辺りに打ち込む。

「そこには何も無いわ………って!!えええええええええええええええええ!?」

 私は、いや、私達は心底驚いた!!

――げええええええええ……!!

『首』が口から何かを吐いて、崩れ落ちたのだ!!

「な、何で?そこはただの空間よ??」

「え?『首』が怨念で身体って……って言わなかったか?」

「象って(かたどって)よ!!身体って(からだって)じゃないわよ!!つか、身体ってって何よ!?」

「聞き間違いか……まぁ、いいか」

 北嶋さんは頭をポリポリと掻き、照れ隠しをしていた。

 少し考えてみる。

 つまりは北嶋さんは『首』が怨念により身体を作ったと勘違いしたようで、『首』に身体を付け足したのをイメージしたのだ。

 だからお腹に当てたパンチが通用した。

「そんな都合良く行くものなの?????いいのそれで??????」

 私の頭にはハテナマークがビッシリと浮かんだ事だろう。

「北嶋さん!なんて凄い人なの!私は北嶋さんみたいな人、聞いた事もないわ!!」

 生乃が興奮している。相変わらず瞳を潤ませ、頬を染めながら。

――な、なぜ無い腹に痛みを感じるのだ!!?

『首』が一番納得出来ないだろう。

 だが、『首』の心情なんか解る筈も無い北嶋さんは、倒れたであろう身体に馬乗りになり、そのまま拳を『首』の顔面に当てる。

――ぐあっ!?な、なぜ身体の無い私に馬乗りになれるんだ!?

『首』はそれはそれはもう!驚いているって言うか、呆れてるって言うか!!

 北嶋さんは『首』の驚きなんか解らない。

 見えないのだから。だからそのまま拳を『首』の顔面に何度も!何度も!何度も!何度も何度も何度も何度も叩き付ける!!

――がっ!ぎゃっ!す、少し待て……があっ!!

 聞く耳を持たない、いや、聞こえない北嶋さんは、『首』の訴えを無視して、殴り付ける。

――ぷあっ!!かあっ!!ぎゃあ!!かはっ!!

『首』は既に抗う事をやめて、いや、抗えないのでただ殴られていた。

「ふう…」

 疲れたのか殴る手を止める。

――…ぐほっ……あ、悪鬼と化した私が手も足も出ないとは…化け物か………

『首』がガタガタと震えている。

「生乃、とどめを…」

 これ以上『首』が殴られるのに、多少同情した私は、生乃にとどめを促した。

「え?ええ…解ったわ」

 生乃が印を結んだ。『首』と北嶋さんがいる地面に穴が開く。

 その穴は地獄の門…生きている北嶋さんには関係無いが、死している者が、この世に留まっている事を許さない『腕』が一本、二本、三本…

 無数の腕が、地獄の門から伸びて来て、『首』を捕らえた。

――な、なんだこの腕は?

『首』が腕から逃れようと、もがき始める。

「北嶋さん、もう大丈夫よ。あとは生乃がとどめを刺すわ」

 北嶋さんが立ち上がり、生乃の方に向かって来た。

「終わりか?まだ?今どうなってんの?」

 集中している生乃に話掛けるなんて…解らないから無理は無いけど…

「北嶋さんこっち来て!!生乃は今集中しているの!!」

「集中しているのか…集中している顔も可愛いな」

 北嶋さんが生乃をこんな時に口説き始める。いや、彼的にはただ本音を言っているだけなんだろうけど。

 生乃の頬が赤みを増す。『首』を捕らえている腕が、一本外れてしまった。

「邪魔するなって言ってんのよっ!!」

 私は北嶋さんに詰め寄り、グーで北嶋さんの顔面にぶち当てた。

「ぶっはああああ!!」

 北嶋さんは鼻血を噴射し仰向けに倒れていった。

 倒れた北嶋さんを気にしてか、『首』を捕らえている腕が、また一本外れてしまった。

 私は北嶋さんの足を持ち、生乃から遠ざけるように引き摺った。

「いい?生乃は 今、『いざないの手』を発動中なの。邪魔しちゃ駄目でしょう!!」

 北嶋さんは正座して項垂れる。

「はい…」

 ちょっと可愛そうだったかな?と反省する。北嶋さんは見えないから仕方ないのだから。

「『首』の状況を知りたい?」

 気になるだろうと、一応聞いてみた。

「はぁ、まぁ…そう…だな…?」

 …あんまり気になっていないようだ。

 私は溜め息をついた。

「ちゃんと聞くのよ」

「結局言うのか…」

 何か言いたそうな北嶋さんに、私は拳を握って見せ付ける。

「聞きます!ちゃんと聞きますとも!!!」

 北嶋さんは正座しながら、背筋をピーンと伸ばした。

「よろしい!まず、『首』は首を刎ね、身体を無くしたのは桐生のせい。桐生が私を罰するのは筋が違う。と、喚き散らしているわ」

 生乃の『誘いの手』に捕まえられながらも、『首』は抗う事をやめていない。

 生乃を挑発するように、笑いながら罵倒を浴びせていた。

――桐生の女よ!!桐生の姫よ!!貴様の先祖は私を陥れ、私の首を刎ねた!!私の身体はそのまま棄てられて、首だけ晒されたのだ!!貴様はその私を罰する事が出来るのか!?自業自得ではないか!!殺されたら殺されるのだ!因果よ!貴様が私を罰する事は出来ぬ!!寧ろ貴様が死んで桐生の血筋を絶やす事の方が貴様の為だ!!貴様は生きているのが罪なのだ!!安心せよ。私が殺してやろう。貴様が生きるのに疲れているのは知っているのだぞ!!私が楽にしてやろうではないか!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!!!

 生乃の集中力が罵声により途切れ始めた。『誘いの手』が、一本、また一本と外れて行く。

「マズイわ!!『首』が生乃の心を乱しているわ!!」

「よく解らんが、『落武者』は首を刎ねられて身体が無いのが不満なのか?」

「え?う~ん……」

 確かに身体が無いのも悪霊になった原因の一つだろうけど…

 考えている隙に、北嶋さんは忽然と姿を消した。

「え?北嶋さん?」

 北嶋さんを捜そうと辺りを見る。

 その時、『首』を捕らえている腕が、残り一本となっていたのを確認した。

――そうだ!!あと一本!外せ!!楽に殺してやるわ!!桐生に平和な余生は似合わぬ!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!

「ヤバい!このままじゃ、逃げられてしまう!!」

 私は印を組む!『浄化の炎』でフォローしなければ!

「ふう、風に飛ばされて無くて良かったぜ。神崎、『落武者』は桐生の目の前か?」

 ひょっこり帰って来た北嶋さん。慌てて印を解除する。

「北嶋さん!!どこに行って……え?何それ?」

 北嶋さんが、何かビニールを膨らませたような物を持っている。

「『落武者』は桐生の目の前でいいんだな?」

 北嶋さんが、生乃の前…『首』の所に歩いて行き、ビニールを膨らませたような物を、その場に置いた。

「身体の代わりだ。喜んで貰っておけ」

 得意な顔の北嶋さん。

 私はビニールを良く見る………っ!?

「きゃああああああああ!!どこからそんな物を!?」

「火を起こす時に見つけたんだ。」

 北嶋さんが、持って来た物…それは、ビニールを膨らませて、あの、その、男の人が一人で…え~っと………

「これは女の下半身だ。棄てるのが多少抵抗あったので、放置しておいたのさ」

――貴様ぁ!!身体どころか下半身だけでは無いか!!どこまでも私を愚弄しやがって!!

『首』の怒りが北嶋さんに向く。生乃から完全に意識が外れた。

 地獄の門から再び無数の腕が『首』を捕らえる。

――し、しまった!!

 そのまま『首』は腕に引き込まれて行く。

――男ぉ!貴様許さんぞ!!貴様だけは許さん!!!

『首』の眼光が北嶋さんを捉える。

「絶対に許さないと騒いでいるわ」

 気持ちは解るけど、と小声で付け足したのは内緒だ。

「なに?おう 『落武者』!!下半身だけとは言え、身体をくれてやった俺を許さないとはどんなゲス野郎だ!!」

 北嶋さんが『首』にビンタする。

――ぶへーっ!!

『首』は腕により、吹っ飛びこそしなかったが、一回転してしまう。

『誘いの手』は、その隙を逃さずに、一気に地獄へと引き摺り込んだ。

――ああああああああああああ!!あああああああああ!あああああああああ…ぁぁぁぁぁ…………

『首』の絶叫が徐々に遠のいて行くのを聞きながら、納得できない最後だろうなぁ、と、漠然と思った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 …桐生の連れて来た男によって…私の気の遠くなる呪いが終わりを迎えようとしている…

 私は桐生の全てを憎んでいた…

 しかし途中から、私の呪いを避けようとし、自分の子供を殺す様を見て、愉快になり、私の呪いは復讐から愉悦に変わって行った。

 私は無敵だった。

 思うが儘首を刎ね、殺して楽しんでいた。

 その私を訳の解らぬ力で完膚無きまで追い詰めたのだ…

 私は抗うのをやめようと思う。

 桐生の手によって地獄に運ばれるのは癪に障るが、あの男には関わりたく無くなったのだ。

 穴から出て来た腕により、私は地獄に引き摺り込まれる。

 頬が熱い。最後あの男に平手を食らった時の痛みで熱いのだ。

 その熱さを感じただけで、あの男よりも地獄の方がマシだと思ってしまう。

 私は現世には、戻れないだろう。

 最後に再びあの男を見る。

 あの男が天寿を全うし、死界へと来た時にあの男と会ってしまった時に、何が何でも関わりを避ける為に。

 そう思いながら私は暗い穴へと引き摺り込まれて行った…………


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