北嶋勇の心霊事件簿2~嗤う首~

しをおう

水谷邸にて

 今直ぐと言う事で、俺達は再びBMWに乗った。当然俺は助手席だ。

「運転してみる?」

 神崎が暗に運転を押し付けてくる。

「生憎と左ハンドルには覚えが無いものでな」

 それを丁寧に断った俺。冗談じゃない。ぶつけたらいくら修理費が掛かるか解らんわ。

「私が運転するのか…疲れたら運転代わってね?」

 代わりたくない!俺は基本的には運転は下手なのだ。元カノのクラウンを半壊させた事があるんだぞ!!

「まぁ、追々な」

 言葉を濁して走る事数分…

 俺はそのまま寝た。寝た方がお互いの身の安全になると確信していたからだ。

 遠くなる意識の外で、神崎が「北嶋さん!寝ないで!ずるいよ!!」と、言っていたのが記憶の最後だ。


 ……さん………北嶋さん…

 

 んんん…なんだ?うるせえな…

 ボンヤリ目を開ける俺。抗議の念を以てだ。

「北嶋さん!着いたってば!」

 神崎が俺の肩を揺さぶり捲り、起こして来た。どおりでうるせえ訳だ。

「到着か………あああ?」

 車から降りて伸びをする俺だが、驚愕が走った。

『俺の家』は周りに民家が無いとは言え、それなりの街にある。俺ん家が街外れ過ぎなだけなのだ。

 しかし、此処は……見渡す限りだが…山!山!山!

「ハイキングに来たんじゃないよな…」

 スマホを出して電波を調べる。

 良かった。スマホは繋がるようだ。

「北嶋さん、師匠のお家へ行きましょうか。きっと首を長くして待っているわ」

 師匠…つまり婆さんの家か。この目の前に見える旅館みたいな家の事か?

「お弟子さんがいっぱいいるから、これでもギリギリなんだよ?」

 神崎の言うギリギリ…つまりはこれでも狭いと言う意味か?

「さっ、行こ?」

 神崎が手を差し伸べる。

 俺はその手を軽く触れた。

 刹那!!神崎が高速で手を引っ込めた!!

 多少切なかったが、着いて行かなきゃ迷子になってしまう。

「師匠にはきちんとご挨拶してね。礼儀にうるさい人だから」

 心配性だな神崎。

 俺は礼儀3段を持っていると言っても過言では無いくらいに、礼儀作法に精通しているんだぜ?

「礼儀3段とか思って無いでしょうね?」

 神崎の眼光が鋭く俺に突き刺さる。慌てて自分で思った事を否定してみる。

「礼儀3段って、小学生じゃあるまいし」

 …少し恥ずかしいのは気のせいか?

「さっ、このお部屋よ」

 襖に閉ざされた部屋で神崎が立ち止まる。心なしか緊張している様子だ。

「師匠、神崎です。北嶋さんをお連れしました」

 何故かビクビクしている神崎。その脅えた表情もいい。グッとくるぜ!!流石は俺の嫁!!

「うむ、入れ」

 一人悦に入っている最中、襖の向こうから声がした。

「はい、失礼します…」

 神崎は静かに襖を開けて、そして膝を付き、頭を下げる。

「ああ、良い良い」

 俺は驚いた!!これが神崎の師匠!!

「小僧、良く来たのぅ」

「婆さん…二頭身の人間なんて初めて見たぜ…」

 神崎の師匠は俺が驚くに値する、完璧な二頭身だったのだから!!

「ガハハハハ!小僧!やはり面白いのう!!」

 婆さんが血管切れんばかりに笑っている。呼応するように神崎の顔色がみるみるうちに青く変色していった。

「ああ、そうか。婆さん、北嶋だ。よろしくな」

 俺は右手を差し出した。握手のポーズだ。この辺が礼儀3段ってものさ。

「礼儀3段か!ガハハハハ!!」

 婆さんは右手をしっかと握る。握手成立だ。

「ところでだ、婆さん…」

「き、北嶋さん、仕事の話は師匠の方から…」

 青い顔の神崎が俺を何故かたしなめる。

「尚美!小僧は仕事の話をしようとしておるのでは無い!でしゃばるでない!!」

 婆さんの一喝で小さくなる神崎。

「のう小僧?仕事の話をしようとした訳じゃあるまいて?」

 婆さんの顔がニコニコしている。

「流石だ婆さん。長旅で腹が減っているんだ。何か食わせてくれないか?」

 青い顔の神崎が俺を見て目を剥いた。

「ガハハハハ!解っておるわ!いっぱい食うがよい!」

 婆さんの笑い声が終わると同時に、弟子と思しき女2~3人が俺の前に食事を運んで来た。

 膳の他にも数々のオプションがあった。かなり大量だ。これは一人では運べない。つか今深夜なんだから、マジ晩飯じゃなく夜食的な軽食的な物を所望していたんだが。

「お前さんなら食えるじゃろうが」

 心を読まれた!?く…このポーカーフェイス北嶋の心を簡単に読むとは…

 まあ確かに食えるからいいけども。結局晩飯食わなかったんだし。

 それは兎も角、と婆さんを睨んで言う。

「婆さん、稼いでいるな。飯は有り難く戴く」

 膳の前にどっかと座る。

「なに、頂き物じゃよ」

 婆さんも膳の前にちょこんと座る。が、神崎だけは膳の傍に来ようとはしない。

「食わないのか?」

「え?」

 膳を運んで来た弟子達の顔を覗き込む。

「言って戴ければ私がお運びしましたのに…」

 やたらと言葉が丁寧な神崎!やたらと申し訳なさそうな神崎!俺には全く気を遣う素振りを見せないのに!!

「神崎…モグモグ…何かキャラが違うぞ…モグモグ」

「この子らは尚美の姉弟子じゃなからな」

 神崎がますます小さくなっていった。

 ふ~ん、神崎の先輩か。なかなか美人さんだな。

 神崎の先輩が俺に礼をした。

「初めまして。尚美がお世話になっております。武田と申します」

「三浦です。宜しくお願いします」

 なかなかしつけがなっているな。流石だ婆さん。

「俺は…」

 自己紹介しょうとした俺を婆さんが制する。

「生乃。お前さんも挨拶せんか」

 婆さんはもう一人居た女に向かって言った。

 俺はその女に目を向ける。

 む!これは……

 スレンダーでショートカットの似合う、肌が透き通るが如く白い、大人しそうな顔立ち、かなりの美人さんだ!!

 俺は食い入るようにその女を観察する。

「…桐生きりゅう 生乃いくの…」

 か細い声だ!しかし俺には決して目を合わせようとはしない。

「俺は北嶋…探偵さ」

 礼儀3段の俺は右手を差し出す。

 しかし桐生は全く動く気配が無い。

 差し出した右手がプルプルと震えてくる。

「はぁ…もうよい。お前達下がりなさい」

 婆さんの一声で、神崎の先輩達は婆さんの部屋から出て行った。

 桐生も普通に立ち上がり、俺の右手をスルーし、立ち去る。

「すまんな小僧、決して生乃は悪い子じゃないんじゃが」

 婆さんは溜め息をついた。

「生乃は私と同じ年なの。ここに来たのは生乃の方が先輩なんだけどね。誰にも心を開こうとしなくて…」

 神崎も溜め息をつく。

 しかし誰一人として俺の右手の立場をフォローする奴は居なかった。

 プルプルしている右手をブンブン振って疲労を回復させる俺。

「桐生か。ツンデレも捨てがたい。ツンだけでデレは無かったが」

「だから、生乃は誰にも心を開かないの。北嶋さんにだけ特別に冷たいって訳じゃないから」

 ふぅ、と溜め息をついてフォローする神崎…やはり良い。

「小僧、腹一杯になったか?小僧、少しお前さんをテストしたいが構わんかね?」

 テスト?ああ、北嶋心霊探偵事務所に仕事を回す為に俺の能力を調べたい訳か?

「それもあるが、純粋にお前さんの力が知りたいのじゃよ。ついて来んしゃい」

 婆さんは立ち上がり、俺達についてくるよう促す。

「し、師匠、本気ですか?北嶋さんは何だかんだ言って見えないんですよ?それに、対象物がどんな顔をしているか解らないと攻撃しようが無いんじゃ…」

 婆さんは神崎をジロリと睨んで一喝した。

「じゃからお前さんが必要なんじゃろうが!!」

 神崎はそれ以上言葉を出す事が出来ず、再び肩を落としてしまった。


 婆さんに連れられてやってきた場所…

 婆さんの家の庭の一部か?街灯がめっさ眩しい。そして沢山の女が巫女ルックでピーンと立っている。

「なんだ?この大量の巫女コスプレイヤーは?」

「此方へどうぞ」

 俺の質問を無視し、巫女の一人が俺達は祭壇らしき所へと招いた。

 いやいや、ちょっと待てよと婆さんに言った。

「婆さん、悪いがな、俺は巫女萌え属性じゃないんだ。もっとこう…肌を露出させた方が俺の好みなんだが」

「じゃあワシの水着姿でも見るかね?」

 婆さんはニヤニヤしながら俺に言う。

 この時の婆さんはさながら少女の笑顔だったに違いない。それ程意地悪く、無邪気な笑顔だったのだ。

「婆さん。年頃の頃に会いたかったぜ」

 やんわりと断るのも男の優しさってものだ。

「きっ!北嶋さん!?」

 神崎が裏返った声で俺の袖口を掴み、グイグイと引っ張る。

「なんじゃ、いらんのか?ガハハハハハ!!」

 婆さんの笑い声は相変わらずデカかった。

 多少俺に唾を飛ばしていたのは気にしてはいけない。それが紳士の懐の広さってものだ。

 それから間も無く庭の中心に男が連れて来られた。

 男はケラケラケラケラと笑い、目の焦点が合っていなかった。

「この男は半年くらい前に狐に憑かれたそうでな、小僧、あの男から狐を引っ張り出して見せい」

 婆さんの目が真剣だ。マジと書いて真剣だ。

 神崎に一人の巫女がスケッチブックを渡している。

「尚美、お前は狐の絵を描いて小僧に見せておやり」

「は?念写じゃなくて絵?」

 俺の疑問を神崎が答える。

「確かに念写も出来るけど、殆どがピンボケでね…絵の方は警察からモンタージュの依頼が来る程度だけどね」

 自慢しやがった神崎。スラスラと絵を描き始める。

「ほう、上手なもんだな?」

「お父さんイラストレーターで、よく真似して絵を描いていたからね」

 神崎が出来上がった狐の絵を俺に見せる。早いな。しかも超上手い。確かに自慢できる代物だ。

「こいつが、あの男に捕り憑いているって訳か」

「そうじゃな、小僧、やって見せい」

 俺は男に近付く。男は涎を垂らし、ケラケラと笑っている。

「んじゃ…」

 俺は男の頭から狐が顔を出しているのをイメージし、その顔をむんずと掴み、そのままズルズル~っと狐を抜くイメージに繋げた儘、同様の動作をする。

「抜けたか?」

「……見事に掴んどるわ!!」

 ふと見ると男が倒れていて、目を瞑りながら微かに寝息を立てていた。

 そんな様子を見て周りがザワザワしている。

「嘘でしょう?」

「有り得ないわ!」

「狐…プラプラしているわ!!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 みんな北嶋さんの馬鹿げた行動に驚いている。

 一番驚いているのは、憑いていた狐だ。

――カーッ!?馬鹿な!そんな事が有る訳が!?

 解るわ。信じられない気持ち。私も初めて見た時は絶対幻覚か何かだと思ったもの。

「神崎、これ、取り敢えず叩きつけて置くから、とどめを刺してくれ」

 そう言うと、北嶋さんは持っていた狐を高々と吊り上げて、地面に思い切り叩きつけた。

――ケーッ!?

 叩き付けられた狐は、激しい激痛が全身を襲っているのか、転げ回っている。

「何をしておる?誰か早ようとどめを…」

 師匠の一言で、皆が狐を囲み、印を結び、狐を浄化させた。

「終わったのか?」

「うん。ご苦労様」

 ねぎらいながらも周りを見渡す。

 狐にとどめを刺した多数の姉弟子、妹弟子達も、未だに唖然としている。

 見習いも、熟練者も、信じられないといった表情だ。

 ただ一人…

 生乃だけは真剣な顔をしながら、北嶋さんの顔を見ていた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 …本当に掴んだ…水谷師匠から少し聞いていたんだけど、本当に…

 あの人、北嶋さん…て言ったかしら…

 印を結ぶでも無く、精神集中していた訳でもない。全くストレス無しに、数多の問題も物ともせず…本当にそんな事が出来る人間がいるんだ。

 尚美を見た。尚美は、無事に仇を討てた。

 浄化の炎の力だけじゃなく、彼の力が大きいようだ。

 彼は尚美にとどめを促していたが、地獄送りはできない…?

 私は尚美をずっと見ていた。悲願達成できた尚美を羨ましく思って…

「生乃?」

 私の視線に気が付いた尚美と目が合った。

 咄嗟に視線を外した。

 私は尚美が好きだけど、誰とも親しくはなりたくない。

 本当はおめでとうと言いたいのに、言えない。何故なら私が好意を寄せた人間は全て亡くなっているのだから。

 だから私は他人との接触を極力避ける。

 あの時私が関わった人間…父も母も全て無くした時から、私は他人と深く関わる事をやめてしまったのだから…

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