第3話こんな食卓は望んでない!
「自分、何してんねん!」
風呂から出るなり、ガルジーナさんは声を張り上げた。彼女は怒り心頭といった様子でリビングに座る俺……の眼前にある料理が並べられたちゃぶ台を見つめている。
別に変なものや毒入りの料理などはない。彼女が好きそうなものを並べておいただけだ。だというのに、彼女は拳を握りしめながらまたしても声を荒げる。
「その料理! 冷凍食品やろ!」
「え? ま、まぁ……」
そう。俺が用意した料理というのは全て冷凍食品だ。唐揚げも、ギョーザも、それから付け合せのミックスベジタブルも……唯一違うのは、ご飯だ。これだけは米から炊いた。
どうやらガルジーナさんは冷凍食品というのが気に食わないらしい。彼女は俺の前に座るなり、ちゃぶ台をドンッと力強く叩いた。
「あんた、まだ十八やろ!? なのにこんなもんばっかり食っとったらあかん!」
「で、でもおいしいですよ? ほら?」
俺が差し出した唐揚げをもぐもぐと頬張りながら、ガルジーナさんは呟く。
「美味いのはわかる。楽なのも承知しとる。けどな、やからってそればっかり食べたらあかんねん。どうせ自炊はほとんどしとらんのやろ?」
彼女の視線の先にはゴミ箱。そこには、先ほど捨てたばかりの冷凍食品の袋が入っている。彼女は大きくため息をつきながら、ひとまず目の前の料理に向きなおって手を合わせた。
「まぁ、今日は食べるけども……いただきます」
「いただきます」
俺も手を合わせ、それから唐揚げとご飯を同時に口に入れる。これぞ冷凍食品、といった味だがまずくはない。俺は再び唐揚げの皿に箸を伸ばした。
一方で、ガルジーナさんは不満そうにしながらも問いかけてくる。
「そういや、あんたの家族はどこおんねん?」
「俺の家族ですか? 今は東北の方にいますけど」
「やからか。美味いな、この米」
ガルジーナさんは箸で米粒を掲げてみせ、頬を綻ばせていた。そう言ってもらえると、俺も嬉しい。この米は両親が作ったものだ。米を褒めてもらえるというのは、家族を褒めてもらえると同義である。自然と笑みがこぼれていた。
が、ガルジーナさんは急に険しい顔を作って再び呟いた。
「こんなうまい米を送ってくれるくらいや。あんたの両親も心配しとるやろ……『ちゃんと飯食ってんのか?』って」
「いや、ちゃんと食べてますよ?」
「冷凍食品ばかりじゃ栄養が偏るって言っとるんや」
ガルジーナさんは不意に立ち上がり、それから冷蔵庫の方に歩み寄ったかと思うといきなり野菜室を開けた。直後、首をギュルンと回して俺の方を睨んでくる。
「やっぱり、野菜室は空っぽやないかい! で? 冷凍庫は……うわっ! ぎっしり詰まっとるなぁ、おい。冷蔵庫は……ぼちぼちか。でも、閑散としとるなぁ」
彼女は額に手を当て深く嘆いていた。が、ひときわ大きなため息をつき、それから自分の席に戻ってご飯をかっ込み始める。
「野菜は取らんとあかんで? 体壊しやすくなるからな」
「……ガルジーナさん、肉食じゃなかったですっけ?」
「アルミラージはな。けど、ウチは人間とのハーフやから、別に肉だけしか食えんってわけやないんや。単にウチが肉好きなだけやから」
なるほど……なら、食事に関してそこまで気を遣う必要もなさそうだ。これから毎食肉かと思うと少しばかり気が重かったから、助かった。
と、胸を撫で下ろす俺をよそに彼女は何度か頷いて見せる。
「よし、決めた。これから家事はウチが担当する!」
「え!?」
「当然やろ! ただで泊めてもらうわけにはいかんし、こんな現状見たら黙ってられん! うちがキッチリ世話したるから、覚悟しとき!」
「いや、別に泊めるといったわけじゃ……」
俺はそこで口をつぐんだ。
なぜか?
決まっている。
ガルジーナさんが額から角を出現させたからだ。その照準は、俺の目へと向いている。逆らったら間違いなくやられるだろう。俺は涙ぐみながら渋々その提案を受けた。
ガルジーナさんはそれを受け、ニパッと笑う。
「よっしゃ、決まりやな! それじゃ、よろしゅう頼むで! えぇっと……」
「忍、でいいですよ」
「んじゃ、忍。よろしゅうな!」
ガルジーナさんは相も変わらず満面の笑みを浮かべて言う。俺はそんな彼女を横目で見つつ深いため息をついた。
この人、強引すぎる。もう俺は完全に尻に敷かれている状態だ。ここから立場を逆転させることはウサギが跳躍で月まで行くくらい困難だ。
そんな俺の気苦労を知らない彼女はご飯をかき込みながらチラリと部屋の隅に視線をやった。そこには、俺が通っている大学の教科書が散らばっている。その横には勉強机があるが、あまり活用しておらず埃を被っているのが現状だ。
「なぁ、明日はいつ学校行くん?」
言われて、俺はスマホを起動させる。まだ一年生ということもあってか中々に授業は多い。明日も朝一から抗議だった。
俺はスマホをしまいながら小さく頭を下げる。
「明日は八時には家を出ますね」
「ほぉん。大学は近いん?」
「まぁ、それなりに遠いですけど、大学に行くバスに乗れれば十分くらいですよ。バス停もここからは近いですし」
ガルジーナさんは感嘆のため息を漏らした。
「ええなぁ、学生かぁ。ウチは大学、行ってへんかったからなぁ」
「そうなんですか?」
「そ。まぁ、あまり裕福な家やなくてな。高校までが精一杯やった。それに……ウチは人とは違うからな」
ガルジーナさんは静かに額に生えた細長い角を触る。確か、あれは普段隠していると言っていた。とすれば、それだけ神経を張りつめていたことだろう。もし誰かに見られたら、タダでは済まなかったはずだ。
一瞬だけ重い空気が流れる。だが、ガルジーナさんはそれを払拭するかのように明るい口調で質問を投げかけてきた。
「で? 大学ってどうなん? 楽しいか?」
……改めて思ったけど、この人も悩みを抱えているんだな。
普段は強引で滅茶苦茶な人だけど、決して悩みがないわけじゃない。いや、人間と違う身の上ということもあってその悩みは多いことだろう。ただ、それを表に出そうとしていないだけだ。
やっぱりこの人は……強い人だ。
「? なんや、ウチの顔に何かついとるか?」
ペタペタと自分の顔を触り始めるガルジーナさんに笑みを返しつつ、俺はゆっくりと口を開いた。
「楽しいところですよ。授業も面白いですし」
「学部は?」
「経済学部です」
「予想通りやな。あんたそんな顔しとるもん」
それはどういうことだろうか?
もしかして馬車馬の如く働いているのがお似合い、とかいう意味……だったら、俺は泣く。
ガルジーナさんはそれからも矢継ぎ早に問いかけてきた。
「サークルとか入ってるん?」
「入ってませんよ。一応、勧誘とかは受けたんですけど、ピンとくることがなくて」
「じゃあ、休みの日とか何しとるん?」
「バイトとか、友達と遊びに行ったりとか……まぁ、そんなところです」
彼女はこれまで見たことがないくらい目を輝かせていた。やっぱり、ああは言っていても大学に行ってみたい、と思っていたのだろう。そう思うと、胸が少しだけ痛くなる。
気づけば、俺の口は勝手に動いていた。
「……あの、ガルジーナさん。よかったら、明日俺と一緒に大学を覗いてみませんか?」
「え……?」
彼女は何を言われたのかわかっていないようで何度か目をシパシパと瞬かせていたが、一拍置いてカッと目を見開き、ちゃぶ台に手をついてこちらに身を乗り出してきた。
「ええの!?」
大声で叫ばれたせいで耳がキーンとなる。俺は首を振ってその感覚を追い出しつつ、首肯を返した。
「もちろん。大丈夫ですよ」
「しのぶぅ……ありがとな!」
「ぷわっ!? れ、礼はいいから離れて下さい!」
俺の頭はガルジーナさんの豊満な胸に埋まっていた。別に彼女もわざとやっているわけではないようだが、これはちょっと……柔らかいやら温かいやら心地いいやらで精神衛生上よろしくない。
だが――ガルジーナさんは心底嬉しそうに笑みを作っていた。
なので、よしとしよう。
俺はそんなことを思いながらもう少しだけこの感触を堪能することにした。
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