第11話こんな頼みは望んでない!

「同居? 別に構わんにゃ」

 同居の申し出をした芽衣に向かって、タマさんはあっさりと答えた。あまりに何のためらいも見られなかったため、俺たちは皆目を丸くしている。こんなにすぐ決まるなんて、思いもしなかった。

 タマさんはぐ~っと背伸びをしたかと思うと、芽衣の方に視線をやった。

「まぁ、忍ちゃんたちはいい子だってわかってるからにゃ。で、芽衣。ちょっと頼みがあるにゃ」

「何?」

「夕飯の買い出しに行ってきてほしいにゃ。昨日の宴会でほぼなくなっちゃったからにゃ」

「うん。それじゃあ……」

「ついでにガルちゃんも連れていくといいにゃ。昨日はろくに案内もできなかったようだし、ちょうどいいにゃ。ほら、お小遣いもやるから適当にプラプラしてくるにゃ」

 タマさんは胸元からがまぐちの財布を取り出してそこから諭吉さんを二枚取り出してみせる。それを受け取ったガルジーナさんは頬を綻ばせて彼女にすり寄った。

「おぉ! あんがとな、タマちゃん!」

「礼はいいにゃ。それじゃ、楽しんで……あ、でも忍ちゃんは残ってほしいにゃ」

「え?」

 まさかの一言に俺は目を剥く。けれど、彼女は真剣そうな表情でこちらを見たまま、目配せをしてきた。何やら訳ありのようである。俺は静かに頷いた。

「というわけで、二人で楽しんでくるにゃ」

「そっか。ほな、またな、忍。ウチらデートしてくるわ」

「で、デートッ!?」

 驚きすぎてその場で飛び上がる芽衣。ちょっと面白い動きだった。カメラがあったら是非撮りたかった。

 ガルジーナさんは芽衣の腕に抱きつき、それからグイグイと進んでいった。が、途中で振り返りこちらに手を振ってくれる。芽衣も恥ずかしげにしながらも手を振っていた。

 俺は苦笑しながら手を振り返した後で、タマさんの方に視線を戻した。縁側に座る彼女は難しそうな顔で腕を組んでいる。ここまで真面目な顔をした彼女を見るのは初めてだ。

 俺はその様相に息を呑む。タマさんは居住まいを正し、自分の横をぱんぱんと叩いた。

「忍ちゃん。ちょっとここに座ってほしいにゃ」

「は、はい……」

 俺はタマさんの横に腰掛ける。彼女はこちらに向きなおって、小さく囁いた。

「忍ちゃんはここに住むんだよにゃ?」

「はい。そうです、一応……」

 まぁ、強引に押し切られた形だけど。後で色々と手続きもしなくちゃな……。

 嘆息する俺をよそに、タマさんは神妙そうに唸る。その顔は真剣そのものだった。

「……正直、忍ちゃんがここに住んでくれるとありがたいにゃ」

「え……? あ、ありがとうございます」

 タマさんは一息ついた後で空を仰いだ。

「……忍ちゃん。ちょっと真面目な話をするにゃ」

「はい」

 とは言ったけれど、タマさんの口調のせいで緊張感が緩むと思うのは俺だけだろうか?

 が、俺は喉元まで浮かんできた言葉を飲みこみ、彼女を見守った。タマさんは瞑目しながら、バツが悪そうな様子で呟く。

「……忍ちゃんは幻獣ハンターというものを知ってるにゃ?」

「? はい。ガルジーナさんのお父さんがやっていた奴ですよね?」

「そう。その通りにゃ。で、このハンターというのがどういうものかを説明するとアタイたちのような幻獣を捕らえて金持ちに献上したり、その素材を売って生計を立てている人間たちにゃ」

 そうだったのか……。

 俺は戦慄した。ガルジーナさんは何も言っていなかったが、よくよく聞けば恐ろしいものだと思う。幻獣たちからすれば、恐怖の対象だろう。だから、ガルジーナさんの父親が幻獣ハンターだと知った時、彼女たちは妙なリアクションを見せたのだ。

 それにしてもなぜ、タマさんはこんな話を……?

 俺の心情を読み取ったかのように、タマさんは二の句を継げた。

「まぁ、これを話したのには理由があるにゃ。アタイたちの街……といってもここじゃなくて外の世界に、ハンターがやってきたという情報が入ったにゃ。実際、同胞たちの何名かはやられて今も行方不明になっているにゃ」

 俺は一瞬言葉を失った。が、すぐに声を張り上げる。

「そんな……ッ! で、でも、ガルジーナさんは関係ないですよ! あの人のお父さんも幻獣ハンターでしたけど、今は亡くなっています!」

「それはあの子から聞いたにゃ。アタイたちは最初、ガルちゃんがハンターたちのスパイじゃないかとも疑ったけど、あの子の話を聞いてその線は消えたにゃ。何より、あの子はいい子だからにゃ。ただ、問題はハンターがいるということにゃ。ぶっちゃけた話、アタイならともかく芽衣程度なら確実にやられるだろうにゃ」

「……それはつまり、芽衣も狙われる可能性があるということですか?」

 タマさんはコクリと首肯する。彼女の目はギラギラと妖しく輝いている。もし孫娘に手を出したら許さない――そう言っているかのようだった。

「そう。あの子も狙われる可能性がある……いや、あの子の方が狙われる可能性は高い。アタイよりも、麻衣よりもにゃ」

「どうしてですか?」

「決まってるにゃ。あの子は猫又のクォーター。幻獣と妖怪はたくさんいるけど、半妖やそれに類する存在は希少価値が高くて高額で取引されるらしいにゃ。芽衣はまだ子どもだし、何より猫又の血も薄まっている。もし万が一鉢合わせたら、戦うことはおろか逃げることもできないだろうにゃ」

 タマさんは頭をガシガシと掻き毟っている。耳はピンと立っており、尻尾は忙しなく動いている。まるで彼女の心証を表しているようだ。

「人間と交わると、どうしても幻獣としての能力や性質が薄まってしまうんにゃ。麻衣は猫又の血が濃い方だからおそらくハンター相手でも逃げ切れるだろうけど、芽衣は違うにゃ。正直なところ、あの子は猫又の血が薄すぎる……つまるところ、猫に変化することができる程度の人間ってとこにゃ」

 だとすれば、ハンターの格好の餌食になるのではないだろうか?

 力もなく、それでいて希少価値が高い。これほど狩り甲斐がある獲物もいないだろう。俺は額に浮かんだ冷や汗を拭う。一瞬だけよぎった最悪のヴィジョンに我ながらゾッとした。

 タマさんは手を打ちあわせ、大きく息を吐いた。

「で、ここからが本題にゃ。せっかく一緒の家に住むんなら、芽衣が登下校する時の護衛を務めてほしいにゃ」

「ま、待ってください! それなら、タマさんがやった方がいいのでは?」

「それはむしろ逆効果にゃ。芽衣はクォーターで幻獣としての匂いが薄い。でも、アタイと一緒にいれば間違いなく気付かれるにゃ。同類の匂いがするからにゃ。それに、アタイだっていつも一緒にいられるわけじゃない。もしはぐれた時に狙われたら、それこそ終わりにゃ」

「で、でも俺はただの人間ですよ!? 戦うことなんて……」

「戦う必要はないにゃ。ハンターも一般人がいるところでは襲ってこないから、ただ一緒にいてくれるだけでいい。けど、もし危ないと思ったら、忍ちゃんだけでも逃げてくれていいにゃ」

「そ、そんなことできませんよ! だって芽衣は……俺の友達です! 見捨てることなんてできませんよ!」

 タマさんは俺の目を見て、そっと微笑んだ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「……ありがとう。芽衣は果報者だにゃ……こんなに思ってくれる友達がいてくれて。でも、忍ちゃんは幻獣じゃない、ただの人間にゃ。このいざこざに巻き込むのだって、本当のところは不本意にゃ。だから、本当に危ない時は芽衣のことは放って逃げてほしいにゃ」

「で、でも! そしたら芽衣は……」

「確実に、捕まるだろうにゃ」

「――ッ!」

 おそらく、タマさんも辛いのだろう。彼女は顔をしかめてグッと唇を噛み締めていた。あれほど芽衣のことを溺愛していたんだ。淡々と言っているけど、本音を言えばそうなることだけは避けたいはずだ。

 だが、だとしても俺には……何ができる?

 幻獣を捕まえることを生業とする人たちに、俺ができることはあるのか?

「忍ちゃん」

 その呼びかけに俺はハッとする。見れば、タマさんは目尻に涙を浮かべながらも力強い眼差しを持って俺の方を見つめてくれていた。

 彼女は静かに思いを吐露する。

「正直、嬉しかったにゃ。芽衣が友達を連れてきてくれたことも、忍ちゃんがそこまであの子のことを思ってくれていたことも。でも、言っちゃ悪いけど、忍ちゃんは幻獣じゃないし、部外者にゃ。同居するとなってもその関係性は変わらないにゃ。人間には人間の世界があるように、幻獣には幻獣の世界がある。ここは割り切ってほしいにゃ」

 ……悔しいけど、それは正論だ。

 修二さんも幻獣ではないが、あの人は麻衣さんと結婚している。つまり、すでにこのコミュニティに入っているということだ。

 けれど、俺は違う。この人たちとは家族でもないし、ましてや同じ幻獣でもない。

 それは確かなことだ。だからこそ……言い返すことができない。

 俺はただ拳を握りしめることしかできなかった。

 そんな俺を見て、タマさんは優しく頭を撫でてくれる。

「……よかった。芽衣は本当に幸せ者にゃ。今までも友達のことを話してくれていたけど、実際に見たことはなかったから不安だったにゃ。もしかしたら虐められているんじゃないか、上手くやれていないんじゃないか……ずっとそんなことを思っていたにゃ。でも、忍ちゃんやガルちゃんを見てわかったにゃ。あの子は愛されている。本当に、ありがとうにゃ」

「……すいません、タマさん」

「謝る必要はないにゃ……忍ちゃん。できることなら、これからもウチの孫娘と仲良くしてあげてほしいにゃ」

「……もちろんですよ。約束します」

「うん、ありがとう。本当に、ありがとうにゃ」

 ポツッ……と、俺の眼前の床板に雫が落ちる。当然ながら、雨は降っていない。

 俺はこみ上げてくる熱いものを必死にこらえることしかできなかった。

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