第12話こんな惚気は望んでない!

 数時間後。俺とタマさんは縁側に座って茶を啜っていた。俺はだいぶ落ち着きを取り戻し、冷静に頭を巡らせることができている。横に座るタマさんも同様だ。彼女は遠い目をしながら空を見上げる。

「さっきの話だけど、実は芽衣にはハンターが来ていることは伝えてないにゃ」

「……そうなんですか?」

「うん。たぶん、伝えたらあの子は意識する。そうすると、ただでさえ人外であることを隠している生活に余計ストレスがかかる結果になるにゃ。だから、忍ちゃんもできればあのことは内緒にしてあげてほしいにゃ」

「……わかりました。それにしても、タマさんは芽衣のことが好きなんですね」

「当たり前にゃ。こう見えてもアタイはあの子の祖母だからにゃ」

 えっへんとない胸を張ってみせるタマさん。この人は自由だけど、ちゃんとするところはしている。ここら辺もガルジーナさんとよく似ている。二人の気があっていたのももしかしたらこういう共通点があるからかもしれない。

 俺はお茶請けで出されたおまんじゅうをぱくつきながら、タマさんに尋ねた。

「あの、タマさんの旦那さんってどんな人だったんですか?」

「興味があるかにゃ?」

「……はい。俺もこうやってタマさんたちのような幻獣と出会ったので、できるだけ知っておきたいんです。話を聞かせてもらえませんか?」

 タマさんは口の端をニヒルに歪めてみせた。

「わかったにゃ。ただし、ちょっと長くなるけどいいかにゃ?」

「全然大丈夫ですよ。お願いします」

 タマさんはコクリと頷き、そっと呟いた。

「あれはまだ、アタイが百歳のころだったにゃ。その時アタイは人間に化けて団子屋で働いていたにゃ」

 だからか。あの団子屋は、もしかしたら昔旦那さんと立ち上げたのかもしれない。

「旦那はその団子屋の常連でにゃ? まぁ、当時は年端もいかない子供だったんだけど、こう言ってくれたにゃ。『僕が大人になったら、結婚してください』って」

 タマさんはクスクスと笑いながら続けた。

「普通、そういう約束って子どもの時にはありがちにゃ。だから、アタイも全く相手にしていなかったんだけど……驚いたことに、旦那は元服するや否やアタイのとこにやってきたにゃ。『あの時の約束を守りに来た』って」

「じゃあ、ずっと約束を覚えていたんですね?」

「そう。旦那曰く、一目惚れだったそうにゃ。だから、元服した時は嬉しかったとも言っていたにゃぁ……でも、正直アタイは乗り気じゃなかったにゃ」

「どうしてです?」

「寿命差があるからにゃ。猫又と人間では寿命が違いすぎるから、やめた方がいいといったにゃ。でも、旦那ときたら『それでも一緒にいたい! 君が死ぬまで生きてみせる!』……な~んて、土台無理なこと言い放ったにゃ。馬鹿だと思わないかにゃ? 人間が猫又みたいに生きられるはずがないにゃ。本当馬鹿みたいな妄言を吐きまくっていたにゃ」

 俺はあいまいな笑みを返すことしかできなかった。タマさんはその時のことを思い出しているのか、とても懐かしそうに目を細めている。その様子はやはり楽しそうだった。

「でも、その時アタイはちょっとだけ感動したにゃ。ああ、こいつは本当にアタイのことが好きなんだ……って。そう思うと、嬉しかったにゃ。ここだけの話、アタイは今まで誰かから愛してもらったことがなかったにゃ……まぁ、それもアタイ自身が距離を取っていたからなんだけどにゃ」

 タマさんは肩をひょいとすくめてみせる。彼女は深いため息とともに、二の句を継げた。

「だって、仲良くなった人たちはみんなアタイより先に死んでしまうからにゃ。好きになった人が、大事な人が死んでいくのを見るのは何より辛いことにゃ。だから、あえて深く関わらないようにしていたんだけど……まぁ、旦那には通じなかったようだにゃ。アタイが作った壁をあいつは簡単に超えてきたにゃ。結局、あいつは本当にまっすぐで、不器用な馬鹿だったにゃ」

 やけに馬鹿を連呼しているな……でも、それは親しみを込めたものだ。なるほど。惚気全開だ。

 タマさんはお茶でのどを潤した後で、また話し始めた。

「アタイも最初は戸惑ったにゃ。こいつと上手くやっていけるのか。アタイの存在が邪魔に思う時が来るんじゃないか、そう思った時もあった……けど、旦那と一緒に街に出かけたりご飯を食べているとそんな不安は吹き飛んでいったにゃ。二人の時間は本当に楽しくて、嫌なことも辛いこともその時だけは忘れられたにゃ……今思えば、アタイの方があいつに助けられていたんだと思うにゃ」

 タマさんは湯呑を置き、チラリと俺の方を見てきた。その鋭い視線に、思わず飛び上がってしまう。

「この街ができたのは、比較的最近にゃ。それ以前は、アタイたちも芽衣のように人間に混じっていた。それは楽しいけど、同時に精神をすり減らすものでもあるにゃ。だって、バレたら最悪見世物小屋行きにゃ。だから、いつも気を張り詰めていたにゃ。けど、旦那と出会ってからは変わったにゃ。あいつだけは、アタイの味方でいてくれる。何があってもそばにいてくれる。そう思えることができていたからにゃ。だから、忍ちゃん。よければ、芽衣を……いや、できればガルちゃんも支えてあげてほしいにゃ」

「え?」

「ガルちゃんは確かに腕っぷしも強いみたいだし、しっかりした子だけど、アタイから見ればまだまだ子どもにゃ。精神的には未熟だし、きっと自分の生まれについて悩んでもいるにゃ。あの子は……昔の麻衣にちょっと似ているにゃ。半妖同士だからかにゃ? まぁ、詳しくはわからないけど、変に肩肘を張っているところがあるにゃ。見せないところでそのしわ寄せがきているかも……まぁ、これはあくまで推測だけどにゃ」

 タマさんはポリポリと頭を掻きながら歯切れ悪く言った。

 やはり、俺が感じていた違和感は間違いではなかったのかもしれない。ガルジーナさんにだって、悩みはある。ただ、それを押し殺しているだけだ。

 麻衣さんも半妖だと言っていたし、だとすればそんな彼女を育てたタマさんには引っかかるところがあったのだろう。タマさんは目を細めながら饅頭にかぶりついた。

「もちろん、アタイたちもサポートするつもりだけど、たぶんあの子たちが一番頼れるのは間違いなく忍ちゃんにゃ。家族には言いづらいことも言えるはずだからにゃ。だから、その時は助けてあげてほしいにゃ。これは、アタイとの約束にゃ」

 言いつつ、すっと小指を差し出してくるタマさんに、俺は笑みを返す。

 ああ、そうだ。俺とあの二人は違う。種族も、生まれも、育ちも何もかもが違う。だから、あの人たちが抱えている悩みは共感できない。が、だからこそ冷静に中立的な立場で聞くことができる。

 だとすれば、それが俺の役割だ。

 俺はタマさんの白く細い小指に自分の指を絡めた。

「指切りげんまんにゃ。さっき話したこと含めてよろしく頼むにゃ」

「……ええ、任せて下さい。タマさん!」

 タマさんはふっと頬を緩めた後で、いつもの無邪気な笑みに戻った。

「ところで、旦那のこと話していたらちょっと語りたくなってきたにゃ。惚気話に付き合ってもらえるかにゃ?」

「えぇ、もちろん。いくらでも聞きますよ」

 俺は軽く返した。が、正直もっと考慮すべきだった。

 タマさんは惚気出したら止まらず、もう聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいのテンションで話し続けていた。

 結局、俺が惚気話から解放されたのはすっかり夜も更けて空に月が上ってきた頃だった。

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