第13話こんなバイトは望んでない!

 翌朝、俺はある場所へと駆り出されていた。その場所とは……そう。

 タマさんたちが経営している団子屋である。

 すでに客も入ってきており、席は埋まりつつあった。俺はそんな中で和服を着て接客をしている。当初は猫耳をつけられる予定もあったが、それは全力で却下した。その時の悲しそうな修二さんの目を俺は忘れることができない。

「あら? 新しい子が入ったの?」

「えぇ、ウチの娘のお友達なんです」

 チラリと横を見れば、麻衣さんと常連客らしき女性が話し込んでいた。まぁ、どうせやることもなくて暇だし、お給料も出してもらえるということでこのバイトをやることになったのだが、存外に大変だ。

 というのも、ここに来る人の大半は幻獣や妖怪の類だ。当然人間とは体格も何もかもが違うわけで、俺は正直困惑していた。

 先ほども綺麗な細身の女性から団子を百本以上注文されたところである。流石に俺も呆気にとられてしまったが、なんとか注文を修二さんたちに伝えることに成功した。俺はそっと胸を撫で下ろしながらその女性の方を見やる。

 彼女は優雅な仕草で茶を啜っていた。どう見ても団子を百本以上食べられる大食漢には見えない。俺は首を傾げつつ、とりあえず先にできた団子から持っていく。

「お待たせしました。団子、とりあえずみたらしが十本です」

「どうもありがとう。坊や」

 一応大学生だし、もう子どもではないと思うのだが、この人から見れば違うらしい。彼女は微笑を浮かべながら団子を手に取り口に運んだ。だが、そのおちょぼ口ではちょっとしか食べられていない。もしかして、後で誰か来るのではないか。

 そう思った直後だった。

 彼女の髪がひとりでに動き出し、団子を手に取ったのは。

「――ッ!?」

 俺は目を剥きながらその光景を見やっていた。髪はまるで手のように形を成し、団子を後頭部へと運ぶ。それだけでも十分驚きなのに、彼女の後頭部にはなんと大きな口があったのだ。髪はそこへ団子を放り込む。

 俺はとっさに助成の顔を見つめた。彼女は依然として黙々と団子を運んでいる。

 この人も幻獣か……けど、ガルジーナさんやタマさんとはどうもタイプが違うみたいだ。

「忍ちゃん。お客さんをジロジロ見るのは失礼にゃ」

 ふと、そんな声が響き、腰のあたりに何かがあてられる感触。見れば、タマさんが軽く猫パンチを食らわしていた。彼女も和服に身を包んでいる。町娘風、とでも言うのかとてもよく似合っていた。

 それまで団子を食べていた女性はこちらに向きなおり、キョトンと首を傾げてみせる。

「私の顔に何かついていますか?」

「い、いえ……顔というか、その……頭に大きなお口が」

 そこで彼女は小さく手を打ち合わせ、それから俺の方へ深々とお辞儀をしてきた。

「はじめまして。私は『二口女』という種族でございます。以後お見知りおきを」

「い、いえいえ、こちらこそ。人間という種族です」

 なんか、とてつもなくシュールな会話をしているんじゃないか?

 などと思う俺に、タマさんが声をかける。

「忍ちゃん。修ちゃんが呼んでるにゃ。追加のお団子ができたと思うから、持ってきてあげてほしいにゃ」

「あ、はい。わかりました」

 俺は彼女に頷きを返し、それから厨房へと向かった。するとタマさんの言う通りそこに団子の山が出来ていた。俺はそれらを崩さないように細心の注意を払いながら二口女さんの元へと運ぶ。彼女はタマさんと楽しげに談笑していた。

「お、お待たせしました……団子九十本です」

「どうも、ありがとうございます」

 言うやいなや、髪でできた手がこちらに伸びてきて皿をかすめ取り、団子を一気に大きな口へと放り込んだ。その豪快なありさまに、俺は驚嘆してしまう。

 タマさんは俺の反応を見て楽しんでいるようだった。

「忍ちゃんを見ていると新鮮でいいにゃ。修ちゃんも昔はそうだったにゃぁ……まぁ、修ちゃんを見て驚いていたお客さんも多いけどにゃ」

 肩をすくめてみせるタマさん。でも、ちょっとわかると思ってしまった自分がいる。

 だってあの人、どちらかというと幻獣とか妖怪寄りだもん。間違うって。

 俺はあいまいな笑みを浮かべてから店の中を見回した。

「それにしても、芽衣たちはどこですか?」

「あぁ、芽衣はガルちゃんの着付けを手伝ってるにゃ。たぶん、もうすぐ来ると……」

「ごめんなさい! 今おわりました!」

「ほら、来たにゃ」

 タマさんの視線は俺の後ろに向いている。そちらを見れば、和服を着たガルジーナさんと芽衣がいた。しかも、両者ともいつもの姿――つまりは耳や尻尾を出した状態となっている。その姿を見たお客さんたちからは歓声が上がった。

 まぁ、それも当然だろう。芽衣はいかにも大和撫子といった清楚な感じをしている美人だし、ガルジーナさんはかなりのナイスバディだ。和服を着ているせいか、その胸の辺りがいつもよりも強調されているようにも見える。

 俺ですら二人の姿にドキリとしてしまったほどだ。観客たちの中にはラブコールを送るものまであった。

 二人の反応というのも対照的で、芽衣は恥ずかしそうに赤面しているのに、ガルジーナさんはその声援に合わせて手を振っている。スターにでもなっているかのようだ。

 タマさんは二人に歩み寄り、厨房を親指で示した。

「二人は接客をよろしく頼むにゃ。正直、忍ちゃんだけじゃ心もとないからにゃ」

「……すいません」

「お、おばあちゃん! 手伝ってもらっているのにそんな言い方は……」

「まぁまぁ。実際、人数がおった方がええと思うしな」

 ガルジーナさんが仲裁に入り、俺たちは一時解散となった。芽衣とガルジーナさんは近くにいるお客さんに注文を取りに行っている。男性客のうち一人はガルジーナさんの胸を触ろうとしてタマさんに殴り飛ばされていた。

 まぁ、幻獣同士だしいいんだろう。人間世界でやっていたら大変だけど。

 俺はそんなことを思いつつ、近くにいる花魁風の女性客の方によって語りかけた。

「お皿、よろしかったら下げましょうか?」

「あらぁ……可愛い子やないの」

 そんな妖艶な声が耳朶を打つ。目の前の女性はキセルを色っぽく加え、俺の顔を覗き込んできた。頬には白粉を塗っており、紅をさしている。だが、何の種族かはわからない。人間でないことは確かだと思うのだが……。

「ふふ、ウチのことが気になるん?」

「――ッ!?」

 俺の心を読んだかのような発言にビクリとするが、その反応を見て目の前の女性はクスクスと楽しげに笑った。

「わかりやすい子。嘘、つけないタイプやない?」

「……ご名答です」

 彼女はキセルをぷか~っとふかしながら、流し目でこちらを見つめてきた。

「はじめまして。あたしは『毛女郎(けじょうろう)』の京。お京でええよ」

「ど、どうもお京さん」

「あ、お京! また男にちょっかい出してるにゃ!」

 後ろからタマさんの悲鳴じみた声が聞こえてくる。彼女はぷんぷんと怒った様子を見せていた。頬を膨らませているのはどことなく可愛らしい。

 お京さんは口元に薄い笑みを浮かべながらタマさんに視線を移した。

「あら、タマ。それはそっちも同じじゃないかえ?」

「アタイは旦那一筋にゃ。声をかけるのはからかうためにゃ」

 いや、それ相当悪質じゃないですかね?

 言ったら殴り飛ばされそうなので言わなかったが、心底そう思うことができた。

 お京さんも同様の感想を抱いたようで、口角を吊り上げていた。

「ふふ、相変わらず。お熱いことで」

「もちろんにゃ。それと、ウチの若い孫娘のお友達にちょっかいは出さないでほしいにゃ」

「あら? 芽衣ちゃんのお友達?」

 お京さんは団子を運んでいる芽衣をどこか嬉しそうに眺めた後で、近くで客と軽妙な会話を繰り広げているガルジーナさんに目をやった。

「ということは、あの子もお友達?」

「そうにゃ。あの子はアルミラージの半妖で、こっちの子は人間にゃ」

 刹那、タマさんはハッと口元を押さえ、お京さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 なぜだろうか?

 妖艶で美しい有様だったのに、少しだけ戦慄した。

「ねぇ、坊や。お姉さんのこと、もっと知りたくなぁい?」

 こちらに身を寄せてくるお京さん!

 白粉を塗っていることを差し引いても白い肌が着物から覗き、思わずドキリとしてしまった。が、タマさんが俺たちの間に無理矢理割って入り、お京さんを引きはがす。

 タマさんは額に青筋を浮かべながら頬をひくつかせていた。

「お姉さん……御年二百のババアが何言ってるにゃ!」

「あぁ!? 自分も同い年なのに、よう言えたねぇ、このネコババア!」

「上等にゃ! この際キッチリ白黒つけたるにゃ!」

 タマさんはお京さんと睨みあったまま店外へと出て行ってしまった。唖然とする俺に向かって、いつの間にか隣に来ていた芽衣が頭を下げてくる。

「す、すいません。おばあちゃんたちがまた……」

「いや、それはいいけどさ……二人、大丈夫なのか?」

「大丈夫……だと思います。たぶん、賭博場に行っただけだと思うので」

 それもどうかと思うけど、殴り合いとかしないならよかった。

「にしても、忍。ずいぶん鼻の下伸ばしとったな?」

「――ッ!?」

 突如として聞こえてきたガルジーナさんの声に思わず飛び上がる。彼女はニヤニヤと笑いながら語りかけてきた。

「やっぱり、年上が好きなん?」

「そ、そうなんですか? 蜂須賀くん……」

 なぜか芽衣は泣きそうな顔をしていた。それを見ているといたたまれなくなり、俺は首を振る。

「い、いやいや、年上が好きってわけじゃないですよ? ただ、その……」

「ま、それは後で聞くわ。今はお仕事中やもんな」

 ガルジーナさんはこちらにウインクしてからまた接客に戻った。その後ろ姿を見送った後で、俺は芽衣とアイコンタクトを交わす。

「じゃあ、俺たちも」

「そうですね。行きましょう」

 その数時間後。俺は初めて身ぐるみを剥れたという女性を目にした。

 言うまでもないが、その人は猫耳を生やしていた。

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こんなウサギは望んでない! KMIF @kmif-100

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