第6話こんなご家族は望んでない!

 俺は目を丸くしていた。だが、それも仕方ないことだろう。何せ、これまで数か月友達としてやってきていた少女が幻獣の血を引いているといきなり知らされたのだから。

 俺は生唾を飲みこみ、それから芽衣に視線を寄越した。彼女は依然として顔を真っ赤にしたまま俯いている。尻尾も俺の視線を避けるようにくるんと丸まっていた。

「芽衣……本当のことなのか?」

「……はい。本当です。黙ってて、ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げてくる彼女に俺は慌てて手を振った。

「い、いや、それはいいんだ! ただちょっと驚いただけで……」

「まぁ、言い出しづらいのはようわかるわ」

 ガルジーナさんはさりげなく助け舟を出して芽衣の体を抱きしめた。芽衣は先ほどよりもやや軟化した表情でガルジーナさんを見やる。

 やはり、種族は違えど同じ境遇ということもあるのか、芽衣は彼女にわずかながら心を許しているように思えた。ガルジーナさんは頼りがいのある人だし、それも関係があるのかもしれない。

 芽衣は一瞬だけ身を震わせ、耳と尻尾を収納した。それを受け、ガルジーナさんも角などを元に戻していく。俺は頃合いを見計らって静かに問いかけた。

「なぁ、芽衣。もう少しお前のことを教えてくれないか?」

「はい。もちろんです……けど、できれば場所を変えてもらえませんか?」

 確かに学校内では聞かれる危険性がある。俺はそれに同意を示した。ガルジーナさんも同意見のようでうんうんと頷いている。俺はスマホを起動させてどこかいい場所を探そうとしたが、それは芽衣が止めた。

 彼女はおずおずと手を上げる。

「あ、あの。私がいつも言っている喫茶店ではダメですか?」

「いや、でも、聞かれたらまずいんじゃないか?」

「大丈夫です。そこにいる人たちはみんな――同族ですので」

 そう告げた彼女は、いつもより活き活きしているようにも見えた。


 それから数分後。俺たちは狭い路地を歩いていた。迷路のように入り組んでいて街灯もなく、頼りになるのはスマホの明かりだけ。だが、幻獣の血をひくガルジーナさんたちはすいすいと先を歩いていた。俺はその様に思わず舌を巻く。

「すごいですね、二人とも」

「こんなんお茶のこさいさいや。な? 芽衣」

「はい、ガルジーナさん」

 芽衣は微笑を浮かべながらそう返す。その横顔はやはり嬉しそうだった。

「あ、見えてきましたよ」

 ふと、芽衣が前方を指さす。だが、彼女たちには見えても俺には何も見えない。とりあえず足を進めていくとそこには――行き止まりがあるだけだった。

 首を捻る俺をよそに芽衣は壁のほうまで歩き、トントンとそこをノックする。刹那、壁が真っ二つに割れ、その奥にまた通路が見えてきた。そこはかなり広く、黄色い街灯に照らされていた。

 芽衣はニッコリと微笑みつつ俺たちを先導する。最後尾である俺が通過すると、自動的に壁が閉まった。俺が知らない幻獣たちの魔法のようなものが働いているのかもしれない。

 俺はそんなことを思いつつ、芽衣たちの後を追った。ここは比較的明るいおかげで躓くこともない。難なく進んでいくと、今度もまた行き止まりが見えてきた。

 芽衣はまた同じようにコンコンと壁をノックする。直後、同じように壁が真っ二つに割れた。だが、大きな違いが一つ。

 そこに広がっていたのはこんな通路ではなく……街だった。イメージとしては、江戸時代が近い。左右には店が連なり、道を歩くのは本でしか見たことがないような妖怪や幻獣たちだ。祭りでもやっているかのように提灯が吊るされ、街を妖しく照らしていた。

 ガルジーナさんはポツリと感嘆の声を漏らす。

「これはまた……すごいところやなぁ」

「どうぞ、こっちです」

 芽衣は俺たちをある場所へと案内してくれる。そこは、近くにあった小さな一軒家だ。店先には『団子』と書かれた看板が置かれている。まさか、ここが言っていた場所なのだろうか?

 などと思う俺に構わず彼女たちは入店していき、俺も慌てて後を追った。

 そこはいかにもな和風の喫茶店だった。木で作られた古風な机が置かれており、店の奥には座敷がある。すでに何人か客が入っているようで、店内は賑わっているようだった。

 その奥からやってきた人物を見て、俺はまたも目を剥いた。その人物というのは、先ほどの芽衣のように猫耳と尻尾を生やした女性だったからだ。しかも、どことなく芽衣に似ている。その女性は俺たちの前に来るなり、ハッと口元を押さえた。

「芽衣! この人たちは?」

 若い人だ。和服を着ており、頭には手拭いを巻いている。いかにも若女将という感じの女性だ。

 芽衣は笑みを浮かべながらその人を手で示した。

「紹介しますね。ウチのお母さんです」

「お母さん!? 若くないか!?」

 俺は目をこれでもかと見開いてその人を見やった。肌はみずみずしくて染み一つ見当たらないし、しわなんてもってのほかだ。体つきも若々しくて出るところは出て、締まるところはしっかり締まっている。理想の体型だ。

 芽衣のお母さんは照れ臭そうにくねくねと身を捩った。

「あらあら、お上手ねぇ。こんなおばさん捕まえてそんなこと言ってくれるなんて」

「もう、お母さんったら」

 芽衣は彼女と顔を見合わせてクスクスと笑っていた。その顔を見て、俺はハッとする。芽衣がこんなにリラックスした様子でいるのを初めて見たからだ。もしかしたら、幻獣の血を引いているという彼女は学校では少なからず自分を偽っていたのかもしれない。そう思うとなんだかやるせなくなった。

「いやいや、ほんま若いですよ、お母さん!」

 まぁ、こんな風に開けっぴろげな人もいるけど。

 俺は芽衣のお母さんと楽しげに談笑するガルジーナさんを見やった。

 芽衣のお母さんはひとしきり笑った後で、奥の座敷を指さした。

「ふふ、それにしても芽衣がお友達を連れてくるなんてね。お母さん、嬉しいわ。たっぷりサービスさせてもらうからね?」

 芽衣のお母さんは妖艶な笑いを残してその場を去っていった。芽衣は顔を真っ赤にしながらも俺たちを奥の座敷まで案内してくれた。

 適当に荷物を置いて座っていると、奥の方からまた誰かがやってきた。その姿を見て、俺は再び目を剥く。

 なぜならこちらに向かってきていたのは――プロレスラーもかくやと言わんばかりの巨体を持った強面の男性だったからだ。上腕は木の幹よりも太く、その体は小山のようだ。指は一本一本が馬鹿みたいに太く、そのせいで持っているお椀が妙に小さく見える。

 だが、特筆すべきはそこじゃない。彼のスキンヘッドの頭から猫耳が生えているということだ。

 俺が蛇に睨まれた蛙のように硬直していると、芽衣が再び解説を入れた。

「紹介します。ウチのお父さんです」

「お父さん!? えっ!? 嘘でしょ!?」

「父です」

 めっちゃいい声で返された!

 渋っ! 魅惑のハスキーボイスに思わず聞きほれてしまいそうになったじゃないか!

 彼は座敷に上がり、それから三つ指をついてこちらに頭を下げた。

「この度は、ご来店ありがとうございます。ウチの娘がいつもお世話になっているようで」

「い、いやいやとんでもない! 僕たちもすごくよくしてもらっています!」

 このお父さん、たぶんいい人なのだろうけど強面なせいで頭を下げられると途端に任侠映画の一場面になってしまう。俺は乾いた笑いを浮かべていた。

 彼は丁寧な手つきでお茶を配膳してくれる。猫又、ということが関係しているのかもしれないがキンキンに冷えていた。

 芽衣のお父さんは再び律儀に礼をしてから奥の方へと帰っていった。俺はこっそりと芽衣に語りかける。

「なぁ、お前の親父さんって……人間だよな?」

「人間ですよ? あ、猫耳はウチの決まりなんです。猫カフェ? とか言うのを意識しているらしくて」

 やっぱりあの親父さん人間だったのか……ともすればこの面子で最も幻獣寄りだと思ったのだが。

 というか、あの人はマジで芽衣の親父さんなのか?

 似てないにもほどがあるだろう。

 芽衣はなぜ俺がため息をついているのかわからないようで首を捻っていた。

「……芽衣。そろそろ説明してくれへんか? ここが一体、どういう場所なのか」

 ガルジーナさんが静かに問うと、芽衣は少しだけ飛び上がり、それから答え始めた。

「ここは人街(じんがい)という場所です。見ての通り、日本の妖怪たちの集まる場所です」

「ほぉ……なるほどなぁ。大阪にはなかったな」

「大阪にもあったと思いますよ。ただ……日本の妖怪しか抜け道を知らないので」

 確か、ガルジーナさんのお母さんは『アルミラージ』という海外の幻獣だと言っていた。だとすれば、それも仕方のないことだろう。俺が頷いていると、ガルジーナさんは改めて周囲に視線を巡らせた。

「にしても、いい雰囲気やな。賑やかで、みんな楽しそうや」

「ええ。ここは私たち日本妖怪の楽園です。ここだけが、自分を曝け出せる場所なんです」

 見れば、芽衣はすでに猫又モードに入っていた。それを受け、ガルジーナさんも同様に耳などを出現させる。俺はただそれを見守っていることしかできなかった。

「はいはい、お待たせ。お団子持ってきたよ。お代はいらないから、どんどん食べてね?」

 と、そこで芽衣のお母さんがお盆に大量の団子を持ってやってきた。その量たるや、一発で糖尿病になれそうなほどだ。しかも種類も豊富でみたらしやらゴマ団子やらが並べられている。

 芽衣のお母さんはガルジーナさんにはたと視線を止めた。

「あら? あなたも幻獣だったのね? 匂いが薄くて気づかなかったわ。ごめんなさい」

「別にいいですよ。ウチは幻獣とのハーフですから当然です」

「まぁ、私と同じね! じゃあ、ご両親のどちらかが?」

「ええ、母が。あ、自己紹介が遅れました。私、角谷ガルジーナといいます」

「は、蜂須賀忍です」

 慌ててガルジーナさんの後に言うと、芽衣のお母さんはパンと両手を打ちあわせた。

「まぁまぁまぁ。なんて礼儀正しい子たちなんでしょう。はじめまして、芽衣の母、麻衣(まい)と申します。うちの子と仲良くしてあげてくださいね?」

「それはもちろん。な? 忍」

「はい! 当然です!」

 麻衣さんは一層嬉しそうに頬を綻ばせた。芽衣はその様子を赤面しながら見守っている。

「母さん。ちょっと来てくれ」

 奥の方から旦那さんのいい声が聞こえてくる。麻衣さんはそれを受けてそっと立ちあがった。

「じゃあ、ゆっくりしていってくださいね?」

「あ、お母さん。おばあちゃんは?」

「今はお出かけしてるけど……すぐに帰ってくると思うわ」

 麻衣さんはそれだけ言ってそそくさと厨房の方へと向かっていった。ガルジーナさんはその後ろ姿を見送った後で、芽衣に視線を戻した。

「芽衣。おばあちゃんがおるんか?」

「はい。まだまだ現役です。今もたまに外の世界に遊びに行ってるんですよ」

「……そうか」

 ガルジーナさんはわずかに目を細めた。彼女はたまにこういう表情を見せることがある。だが、詮索するのは忍びない。俺は浮かびかけた言葉と共に団子を嚥下した。

 芽衣も団子をぱくつきながら、ガルジーナさんに問いかけた。

「あの、一ついいですか?」

「なんや?」

「ガルジーナさんは……蜂須賀くんとどういう関係なんですか?」

「……気になるんか?」

「ふぇっ!?」

 芽衣の顔が真っ赤に染まる。彼女はわたわたと手をせわしなく動かしていた。

「あ、あの、でも、その! き、気になると言ってもあくまで友達としてであって……って、あぁ! いや、違うんです!」

 芽衣は珍しく動揺していた。こんなに取り乱す彼女を見るのも初めてだ。もしかしたら慣れ親しんだ場所にいるということが関係しているのかもしれない。

 ガルジーナさんは意味ありげな笑みを浮かべながら芽衣のそばに寄り、その肩を組んだ。

「ほぉ~……。へぇ~……。ふぅ~ん……」

「あ、あぅう……」

 ガルジーナさんはいやらしい笑みを浮かべながらジロジロと芽衣の顔を眺めている。彼女はそれが恥ずかしいのか、首まで真っ赤にして俯いていた。

 何やらここだけ見ているといじめの現場を見ているようだ。たまらず俺が声をかけようとしたところで、

「ありゃ? 芽衣? 帰ってきてたのかにゃ?」

 そんな声が甲高い声が耳朶を打った。ふと声の聞こえた方向に目をやれば……そこには一人の少女が立っていた。

 背丈は大体小学生くらいで、どことなく芽衣に似ている。髪は短くカットされており、活発な印象を受ける。耳も尻尾も生えていた。ただ、少しだけ人と違うところといえば、その瞳が金色で猫のようであることだ。

 俺は可愛らしい猫のようなポーズをとる彼女を見て少しだけ頬を緩めた。

「可愛いね。芽衣の妹かな?」

「あ、あの! 蜂須賀くん! ちが……」

「ハッハッハッ! それは、若いっていう意味と受け取っていいのかにゃ?」

 目の前の少女は豪快に笑ってやや前かがみになりながら問いかけてきた。俺は頷きを返しつつ、その子の頭を撫でてやった。

 ガルジーナさんは俺たちを微笑ましそうに眺めながら芽衣に語りかけた。

「芽衣。妹がおるなんて知らんかったで。ウチ一人っ子やから羨ましいわ」

「あ、あの! 違うんです!」

 芽衣はいつもの様子からは想像もできないほどの声で叫んだ。そのあまりの声量に、俺たちのみならず店中の視線が集まる。麻衣さんたちも厨房から顔を覗かせていた。

 芽衣はその視線を受けていることに気づいたのか、再び沈黙してしまった。

 訳がわからないで困惑していると、目の前の少女がクスリと笑った。

「芽衣もそこまで全力で否定しなくていいのににゃぁ。はじめまして。芽衣の祖母のタマだにゃん」

『え……えぇええええええええええええええっ!?』

 俺とガルジーナさんは同時に絶叫した。

 いや、だっておかしいだろう! 目の前の少女は明らかに小学生くらいだ。経産婦にはどう頑張っても見えない。というか、そもそも子供っぽい雰囲気だし……。

「お母さん。もう、若い子をからかわないであげて下さい」

「にゃははは、ごめんごめん」

 と、いつの間にか厨房から出てきていた麻衣さんがタマさんを諌める……今の話ぶりからするに、本当に彼女は芽衣の祖母であり、麻衣さんの母であるそうだ。唖然とする俺に、麻衣さんが説明を寄越す。

「ごめんなさいね。驚かせたでしょう? 猫又族は極端に年をとりにくい種族でね……こう見えて、お母さんはもう二百歳なのよ」

「ちなみに麻衣は八十歳だにゃ」

「あら、そう言われると心外よ。まだまだ若いわ」

「アタイの方が若いにゃ」

 気のせいか、二人の間でバチバチと火花が散っている……気がする。麻衣のお父さんはおろおろとしながらも二人を諌めようとした。見た目に寄らず、案外気が小さいのかもしれない。

 芽衣は顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。

「……ごめんなさい。これが、私の家族たちです」

 俺は目の前で繰り広げられる親子喧嘩を見ながら、彼女に淡い笑みを返した。

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