VGMとプリンの容器のこと
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一九八六年 七月二十二日(火)
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お盆を挟んだ夏休みの前半と後半、我が『南』高校では、希望者のみ参加の特別授業が開催されている。
委員長たちのように塾の夏期講習を優先する人、家族旅行や部活動など他の予定が入っている人、いくら進学校とは言え一年生の夏休みぐらい好きに休みたいという人もいて、初日の出席率は大体半分ぐらい。
ぼく自身は、お盆休みに祖父母の家に行く以外これと言った予定も入っていないから、可能な限り出席するつもりでいる。
『南』で成績を「現状維持」するのは大変だしね。
塾と違って費用を親に工面してもらう必要も無いし、使えるものは最大限に有効活用させてもらおう。
それに、ほら。
地元で過ごすより駅前まで出た方が、色々楽しいことが多いのも事実だし。
今日は、久しぶりにデパートのレコード売り場に寄ってみた。
「レコード売り場」と言っても、もう半分以上、並んでいるのは
ぼく自身、父からお古のCDラジカセを譲り受けてからはCDしか買っていない。
レコードに比べると、やっぱりCDの方が扱いやすいんだよね。
小さいから仕舞う場所にも困らないし、カセットテープに録音しなくてもそのまま部屋で聴くことができるし。
音質については、レコードの方が味わいがあるという意見も一定数あるようだけど、正直これは好き好きだと思う。
利便性の差で、これからはどうしてもCDが主流になって行くんじゃないだろうか。
でも、今日の目的はレコードの方。
アニメコーナー、ロックコーナー、ニューミュージックのコーナーでLP盤の大きなジャケットを一枚一枚めくり、目的のタイトルを探す。
なかなか見付からない。
発売されたのは結構前のはずだから、売り切れ、もしくは元々扱ってないのかもしれない。
あきらめかけたその時、不意に、見覚えのあるドット絵が視界に飛び込んで来た。
「あった……」
そのLPは、テクノコーナーの奥にひっそりと並べられていた。
「ビデオ・ゲーム・ミュージック」。
日本初のゲームミュージックアルバム。
【ゼビウス】のマップを人の顔に見立てたジャケットが、ものすごくオシャレでカッコいい。
ハイテクとか、未来とか、そういうイメージを沸き立たせるデザインになっている。
収録曲は【ゼビウス】や【パックマン】を始め、ナムコのヒット作がずらり。
ほ……欲しいな、このレコード。ものすごく欲しい。
まだ見たことのないゲームも含め、じっくり曲を聴いてみたい。
アーケードゲームの音楽を、他の雑音が入らない環境で、じっくりと味わい尽くしたい。
ああ、だけど……!
ぼくがレコードを聴くには、父のオーディオセットを使わせてもらうしかない。
レコードプレイヤーに、大きなスピーカーに、アンプに、チューナーに、その他諸々の機械で構成された父ご自慢のオーディオセットは、ぼくにはスイッチを入れる順番すらわからない。
父にこのレコードを渡し、家中に音が響くオーディオセットで、【ゼビウス】の曲を流してもらう……。
ゲームセンターに通っていることをひた隠しにしているぼくが、そんな真似できるわけないじゃないか!
「ビデオ・ゲーム・ミュージック」はカセットテープでも販売されているらしいけど、残念ながらこの売場で見つけることはできなかった。
注文して取り寄せてもらう……。
うーん……もし、入荷の連絡を家族が受けちゃったら、一発アウトの危険性があるな……。
「家には連絡しないでください」と店員さんに頼むのも、さすがに怪しすぎるし……。
本当に、本当に残念だけど、あきらめるしかない。
せめてこのアルバムがCDだったら、自分の部屋でこっそり楽しむこともできたのに……。
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一九八六年 七月二十三日(水)
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ゲーム・パラダイスに入ると、【グラディウス】の台に人だかりができていた。
中心にいるのは、大きなボストンバッグを肩にかけた眼鏡少年。
それを、いつもの三人組を始め、複数の『北』高生が取り囲んでいる。
眼鏡少年は、やや小太り体型で、あまり運動が得意そうには見えない。
いつも私服姿だから、『南』はもちろん『北』の生徒でもない。
ゲームの腕もぼくと同レベル。たまにハイスコアを出しても、名前を入力することなくそそくさと席を立ってしまう。
ゲームセンターの中で、運動が苦手そうな引っ込み思案の少年を、制服姿の集団が取り囲んでいる……。
――カツアゲ?
物騒な言葉が頭をよぎったものの、良く見ると、なんだか様子がおかしい。
眼鏡少年が『北』高生の集団に、なにやら相談事を持ちかけているようだ。
『北』高生の方は、興味はありそうな、でも自分では引き受けたくなさそうな、微妙な反応。
いったいなんの話をしているんだろう?
その時、入り口近くにたたずんでいたぼくの脇を<TET>が通り過ぎていった。
【グラディウス】周りの視線が、一斉に<TET>へ向く。
代表して、眼鏡少年が状況説明。
<TET>は、二~三質問をした後、ニカリと笑って眼鏡少年の依頼を承諾した。
好奇心に負けて、ぼくも【グラディウス】のそばに移動する。
眼鏡少年は、ボストンバッグから大きなラジカセを取り出し、テーブル筐体の隅に置いた。
さらにバッグから、コードがぐるぐる巻かれた半透明のプラスチック容器が取り出される。
花丸型のプラスチック容器……。
プリン?
つまみを「プッチン」と折るプリンの、空き容器?
眼鏡少年は、巻いたコードをぐるぐる伸ばし、プラグをラジカセに接続する。
プリンの容器の中心には穴が開けられ、コードに繋がる小さな機械がセットされている。
コード付きのプリンの容器を、眼鏡少年が筐体の脇に押し当てた。
その位置は確か、ゲームの音が流れ出すスピーカーのあった場所。
最後に眼鏡少年は、人差し指を唇に当てた「しーっ」のポーズをして、ぼくを含めたギャラリーを見渡した。
ラジカセの一時停止ボタンを押してから、再生ボタンと録音ボタンを同時押し。<TET>に五十円玉を渡し、一時停止を解除。
録音開始。
クレジットの投入音。
ゲームスタート。
眼鏡少年の合図を忘れ、危うく「えっ……?」と声を出しそうになった。
<TET>が、弾を撃たない。まったく敵を攻撃しない。
パワーアップカプセルを運んでくれる敵も、そのまま見逃してしまう。
一面の中盤でようやくスピードアップを二回取ったものの、それ以外はミサイルすら取らない。本当に、必要最小限でしか攻撃しようとしない。
襲い来る敵をひたすらかわし続け、一面ラストの火山では画面左上の安全地帯にさっさと避難してしまう。
CDラジカセでの録音……。
極力弾を撃たないプレイ……。
そうか! なるべく効果音の入らない、純粋なゲームミュージックを録音しようとしてるのか!
だとすると、ラジカセから伸びるコードはマイクのはず。
プリンの容器は……手作りの集音器かな。
スピーカーから出る音を、周囲の雑音をカットして録音するための、お手製の機材なんだろう。
確かにプリンの容器の内径って、テーブル筐体のスピーカーに押し当てるにはちょうど良いような気がする。
<TET>は、相変わらずほとんど弾を撃たないまま、二面の後半へ進んでいる。
破壊可能な壁で行き止まりになっているところを除けば、本当に数えるほどしか攻撃しない。
いつも眺めている【グラディウス】とは、まったく方向性の異なるスーパープレイが展開されている。
ほ……欲しいな、この録音テープ。ものすごく欲しい。
周囲の『北』高生がこの場を離れようとしないのも、完成したテープを聞きたいからだ、絶対。
ああ、だけど……!
眼鏡少年は元より、<TET>とも、『北』の三人組とも、ゲーム・パラダイスの誰ともまともに会話したことのないぼくが、貴重なテープをダビングして欲しいなんて頼めるわけがない。
そんなの、いくらなんでも図々しすぎる。
涙を飲みつつ【グラディウス】から離脱。
この悔しさは【スペースハリアー】と……あとは、ようやくクリアへの道が見えて来た【マーブルマッドネス】あたりにぶつけるとしよう。
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※ 余談 ※
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一九八六年七月の時点で、「ビデオ・ゲーム・ミュージック」はレコードとカセットしか販売されていなかった。
だけど、この時期すでに、「ビデオ・ゲーム・ミュージック」AB面と「ザ・リターン・オブ・ビデオ・ゲーム・ミュージック」のA面が収録された、「ザ・ベスト・オブ・ビデオ・ゲーム・ミュージック」というCDがリリースされていた。
「ザ・リターン・オブ~」のB面は、ナムコのサウンドスタッフによるオリジナル楽曲なので、厳密にはビデオ・ゲーム・ミュージック(VGM)とは呼べない。
「ザ・ベスト・オブ~」は、その当時アルバム化されていたVGMをすべて納めた、まさにベスト版と言える。
ぼくがその存在を知ったのは、この夏から一年近くが過ぎてから。
ちょっとした事件が元で、ビデオゲームから距離を置かざるを得なくなっていたぼくは、「あの時もう少し情報収集していれば……!」と、頭を抱えることになった。
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