「14」へ行く本のこと
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一九八六年 九月十二日(金)
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二学期最初の実力試験、終了。
夏休み中も欠かさず特別授業に参加していたおかげで、自己採点の結果はまずまずと言ったところ。
ただ、委員長たちを始め、塾の夏期講習を選んだ同級生の伸び率が気にかかる。
講義の内容を聞いてみたところ、一学期の内容を徹底的に総復習したうえ、二学期の予習も相当深いところまでやり込んだらしい。
予習をやるには、当然それ以前の知識が必須となるから、「徹底的に総復習」という言葉に誇張は無いだろう。
「まずまず」の結果しか期待できないぼくが相対的にランクダウンするのは、覚悟しておいた方が良いかもしれない。
そもそも進学校である『南』高生の最終目標は、志望大学への合格。
特に国公立大学を志望するのであれば、前哨戦である共通一次試験、そして志望校の本試験の両方で、ライバルたちより一点でも高いスコアを稼ぎ出す必要がある。
この先はぼくも、授業と独習以外の勉強方法を考える必要があるのかも。
周囲の成長に置いて行かれるようじゃ、自分でもちょっとどうかと思う「現状維持」という目標すら達成できなくなるし……。
そんなことを考えつつも、帰りのバスの中で取り出したのは教科書でも参考書でもなく、本屋さんの紙袋に入ったままの
多少の後ろめたさは感じるけれど、買ったばかりの本の誘惑には抗いがたい。
いつものように、まずは冊子後半のスーパーソフトコーナーへ。パソコンゲームの広告をぱらぱらと眺めてから、ゲームタイトルごとの紹介記事をじっくりと読み進める。
先月号に続いて大きく取り上げられていたのは、ナムコの新作【ザ・リターン・オブ・イシター】。
マップや呪文、モンスターの種類など膨大な情報がまとめられており、非常に奥の深いゲームであることが伺える。
ただ、あまりにも内容が複雑すぎて、ぼくのようなゲーム初心者にはかなり敷居が高い。
もしゲーム・パラダイスに入荷されたとしても、しばらくは様子見になりそう。
ゲームの紹介記事が一区切りついたところに「ペーパー・アドベンチャー」が掲載されていた。
最近、このペーパー・アドベンチャー・コーナーが結構楽しみ。
今月のタイトルは『怪盗ポパンからダイヤを守れ!』。
ストーリーは、怪盗ポパンの予告状が届いたところから始まる。
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1 「これが、その予告状だ」。
見る→18 読む→31 裏返す→7
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「見る」と「読む」はどう違うんだと思ったら、
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18 なにか字が書いてあるぞ。→1
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本当に「見る」だけで一行目に戻ってしまった。
なんの意味もない選択肢に思わず苦笑してしまったけど、内容は意外と難しい。
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16 ポパンにダイヤを盗まれてしまったのだ。ゲーム・オーバー
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36 ポパンがすりかえていったのだ。ゲーム・オーバー
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111 いつのまにか眠ってしまったらしい。ダイヤがなくなっていた。ゲーム・オーバー
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何度も何度もゲームオーバーを迎え、その都度やり直して正解の選択肢を探し続ける。
挑戦すること約十分。ようやく120行目、ハッピーエンドにたどり着けた。
選択肢を選び、「→」の先の番号に進んでハッピーエンドを目指すペーパー・アドベンチャー。
「読む」だけでなく「遊ぶ」ことのできる物語との出会いは、ぼくの「読書」感を揺るがした。
自分の選択で展開の変わる物語。
自分自身が主人公になれる物語。
これって、従来の小説や映画とは一線を画する大発明なんじゃないだろうか。
たった二ページ、百行ちょっとのボリュームだから、色々と物足りないのも確かだけれど。
毎月楽しませてもらってるとは言え、できればもう少し歯応えのある作品も遊んでみたいなあ。
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一九八六年 九月十三日(土)
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あったよ、歯応えのありそうなペーパー・アドベンチャー。
「ひょっとしたら……」と淡い期待を抱いて本屋さんの棚を注視してみたら、「アドベンチャー・ブック」「アドベンチャーゲームブック」「スーパーアドベンチャーゲーム」等と冠されたタイトルを何冊も発見できた。
内容を確認すると、どの本にも行番号らしき数字と、「東へ行くならXX番へ」のような選択肢がある。
短編集ではなく一冊丸々使った大ボリュームの作品ばかりで、期待以上にやり応えがありそうだ。
ちょっと残念だったのは、シリーズ一作目の作品がかなりの割合で売り切れだったこと。
本格的な西洋ファンタジーっぽくてかなり気になる「ファイティング・ファンタジー」と「ソーサリー」も、二巻目以降しか置いてない。
やっぱりシリーズ物は最初から楽しみたいので、ここは断念、代わりのタイトルを探す。
数分間あれこれ迷って、ぼくはようやく一冊の新書をレジへと運んだ。
タイトルは【暗黒城の魔術師】。「ドラゴン・ファンタジー」というシリーズの一作目。
文庫よりお高めの新書を買ってしまったので、今日のゲーム・パラダイスは一回休みにしておこう。
帰りのバスの中で、さっそくページを開く。
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さあ、じっと坐っているんだ……これから魔法をかけるんだから。
そわそわするんじゃない! そわそわされるとわしの心が乱れるのは知っているはずだぞ。
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さて、この魔法にかかるといったいどうなるか……? まず、おまえの頭をいまいる場所、いまという時代から連れ去ってしまうんだ。ところが、おまえの身体は残っているから、たとえ両親が覗きにきても、連れ去られたことには気づかないという寸法さ。わしの時代へやってくるんだからな。おまえの頭がわしの時代へたどりついたら、ひとつ別な身体を進呈しよう。
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うん、面白いな。普通の小説とは一風変わった導入部でわくわくする。
ぼくはこれから魔術師マーリンの魔法にかけられて、頭の中だけアーサー王の時代に旅立つ。
その旅には、サイコロと筆記用具が必要とのこと。
筆記用具はともかく、サイコロなんて持ち歩いてないけど、これは各ページの右上と左上に書かれた数字で代用できるそうだ。
旅立ち前に決める自分の「生命点」は、サイコロを二個振って四倍した数。
ぱらぱらっと適当にページをめくった結果、ぼくの生命点は九×四で三十六。
こんな感じで
これは本当に筆記用具がいる。メモしておくべきことがたくさんだ。
カバンからノートと筆箱を取り出し、まずは生命点三十六を走り書きして、本の世界に舞い戻った。
最初にサイコロが必要となった場面は、ぼくより三つ年上の「意地悪ジェイク」との殴り合い。
気合を入れて、ぱらぱらっとページをめくる。
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14 死んでしまった。棺桶の釘のように死んでいる。
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思わず天を仰ぐ。
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この冒険に旅立った人の大半は、遅かれ早かれ最初の何回かは死ぬ。そう落胆するんじゃない。置き去りにされた森の入口へ戻ってやりなおすことだ。
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「意地悪ジェイク」を撃退し、魔術師マーリンやアーサー王と邂逅を果たして、ようやく本当の冒険が始まって早々。
ぼくは「森の入口」からほんの少し進んだだけで、狼にのどを食いちぎられ死んでしまった。
……いや、これはサイコロのせいだ。
三から六が出れば大丈夫だったのに、めくったページに「1」なんて書いてあるのが悪い。
無事だったことにしようかな……という思いもよぎるけど、最初からインチキをするのもなんだか気が引けて、素直にスタート地点へ。
幸い、最初に渡されたたくさんのアイテム類は未使用のままだ。ルールに従っても、生命点を決め直すだけの手間ですむ。
今度の生命点は、最初よりも増えて四十。
よし、この数字なら、戦いになってもそう簡単には死なないはず……。
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14 死んでしまった。棺桶の釘のように死んでいる。
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目的地の暗黒城に到着したと思ったら、百羽のニワトリに襲われ、数百のカマキリ兵に矢を射掛けられ、落とし穴に二回連続で落ちて、再び「14」行きとなった。
……いや、今回は自分の行動もまずかった。
落とし穴は避けられないとしても、敵の本拠地で軽はずみな選択を採りすぎた。無駄に生命点を失いすぎた。
次の生命点は十二。
ちょっと低すぎるので、「三回まではやり直して良い」というマーリンの言葉に甘えさせてもらう。振り直しの結果は、生命点二十四。
三回振っても平均値以下。治療薬や「眠り」のシステムを使えば、この数値でもなんとかなるかな……?
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14 死んでしまった。棺桶の釘のように死んでいる。
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キャベツの化け物に敗北した。
サイコロ運は良い方だったし、マーリンにもらった魔法の剣と革の防具も充分に効果を発揮してくれたけど、生命点の低さはどうしようもなかった。
そろそろ停留所だ。慌てて降車ボタンを押し、カバンに荷物一式を仕舞い込む。
部屋に戻ったら生命点を決めるところからやり直しだ。
おっと、その前にサイコロも探さないと。確かお正月のスゴロクで使ったのがどこかにあったはず。
まだまだ冒険は始まったばかり。
アーサー王の世界だけでなく、現実世界でもきっちり装備を整えて臨むんだ!
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や、やっと終わった……。
布団の中でうつ伏せになったまま、枕に顔を埋め、大きく伸びをする。
何度も何度も「14」へ連行され、その度にもう少し、あと一回と挑戦を続け、さすがに寝なきゃと横になってからも結局枕元のスタンドを点けて暗黒城へ舞い戻り、そろそろ日付も変わりそうな時間になって、ついに悪の魔術師アンサロムを倒すことができた。
心地よい達成感!
……と言うには、最後に一発「意地悪ジェイク」へ
でも、面白かった。期待以上の歯応えと冒険感があった。
サイコロを振っての戦闘も、地図を描きながらの探索も、時折り出てくる謎解きも(謎を解かないと部屋を出られない仕掛けには焦った)、そして全編を通して語りかけて来る魔術師マーリンのシニカルな言動も、とにかく新鮮で楽しかった。
クリアはした。
だけど、まだ入ってない部屋もあるし、初めて描いたゲームの地図もぐちゃぐちゃだ。
明日になったらもう一度マーリンの魔法にかかって、暗黒城の完全攻略を目指してみよう。
いつもはとっくに熟睡してる時間だから、さすがに眠い。明日が日曜日で良かった。
ぼくは枕元のスタンドを消して、今度こそ両目を閉じた。
――敵と戦って、迷宮を探索して、経験点やアイテムで強くなって、謎を解いて…………。
――それって、『アドベンチャーゲーム』より、『ロールプレイングゲーム』に近いような…………。
静かな闇の中、断片的におぼろげな思考が頭をよぎったけれど、それも束の間、ぼくはずるずる「夢時間」へと落ちて行った。
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※本章の執筆にあたり、以下の書籍より引用を行いました。
岩脇隆之「怪盗ポパンからダイヤを守れ!」
電波新聞社 月刊マイコンBASICマガジン 1986年10月号
J・H・ブレナン著/真崎義博訳「ドラゴン・ファンタジー1 暗黒城の魔術師」
二見書房 昭和60年8月30日 3版
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VIDEO GAME PIECES つくま @Tsukuma
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