終わらない【魔界村】のこと

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一九八六年 七月十二日(土)

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 一学期の期末試験が終わって、はや三日。

 戻って来た答案は、すべて自己採点ぴったりか、それ以上の点数。

 試験前にいくつかトラブルもあったけど、終わってみれば上々の結果だった。


 懸念点としては、今回クラスメイトの平均点も結構上がってそうなことかな。

 クラスで何度か開催した勉強会は、参加者全員に等しく成果があったみたいだ。

 みんなの点数も上がった分、順位はそれほど変わらないかもしれない。


 ま、別にいいんだけどね。

 今以上に成績が落ちない限り、入寮だの生活調査だのって話にはならないはず。

 ゲームセンターに通い続けることができるなら、ぼくにとってはそれで十分。



 そんな、ぼくの「勉強をがんばる理由」であるゲーム・パラダイス。

 半日授業の終了後、教室でパンを食べてから顔を出してみると、【戦場の狼】の隣に新しいゲームがお目見えしていた。

 タイトルは【魔界村】。

【戦場の狼】と同じく、カプコンという会社のゲームだ。


【戦場の狼】が地面を上から見下ろした構図なのに対し、こちらは真横から見た構図。

 主人公は鎧姿の騎士。

 レバーの左右で地面を移動、上下でハシゴの上り下り。二個のボタンは攻撃とジャンプ。

 ゾンビやゴーストが湧き出す危険な「魔界村」を突破して、大魔王にさらわれたお姫様を救い出すのが目的。


 正直なところ、ぼくはホラー系の作品があまり得意じゃない。

 だけど、ゲームのキャラクターまで怖がるほど繊細なわけでもない。

【戦場の狼】はお気に入りのゲームだし、試しに遊んでみることにする。


 ゲームは、主人公とお姫様が、夜の屋外でくつろいでいる場面から始まった。

 一見平和な光景ながら、遠くの山嶺には不気味な城館がそびえ立っている。

 そしてBGMの盛り上がりと共に、城館の方から悪魔が飛来。

 主人公の元からお姫様をさらい、空中に消え去る。

 全身鎧フルアーマーをまとい、騎士の装いとなって後を追う主人公。


 短いながら、良くまとまったオープニングだと思う。

 なぜ主人公が危険な魔界村に挑むのか、なぜ画面の右側へ進まなければならないのか――もちろん、その方角に悪魔の城館があるからだ――、ゲームの背景をわずか数秒で説明しきっている。


 主人公が夜の屋外でパンツ一枚になり、お姫様となにをしていたのかは、あえて考えるまい。


 ゲーム開始の舞台は、お姫様がさらわれた夜の屋外。

 前方からは、さっそく複数のゾンビが騎士へと迫って来た。

 ……って、良く見るとここ、墓場じゃないか。

 こんなとこにお姫様を連れ込んで、本当になにやってたんだ、主人公。


 心の中で主人公を問い詰めつつ、攻撃ボタンを押す。

 騎士の投げた槍が水平に飛んで、ゾンビを直撃。効果音と共にゾンビが砕け散る。


 形状的に、主人公が持ってるのは「馬上槍ランス」で、投げるための武器じゃないと思うんだけど……いやいや、さすがにこれは無粋な指摘か。

 大きな槍で次々とゾンビをなぎ倒していく騎士の姿は、なかなか迫力があってカッコいい。

 鎧に槍と重装備なのに、移動、攻撃、ジャンプ、すべての動作がキビキビしていて操作感も気持ちいいし。

 見た目も動きも良くて、遊んでいて面白いんだったら、現実と比べてあーだこーだ言うのは意味が無い。

 これは、テレビゲーム。面白さこそ最優先。


 ただ、その……。

 面白いことは面白いんだけど、このゲーム、むちゃくちゃ難易度が高い。


 ゾンビ、湧きすぎ!

 カラス、イヤなタイミングで飛んで来すぎ!

 お化け植物、イヤな角度で弾を撃って来すぎ!


 極めつけは、ようやく墓場を抜けた先にふてぶてしく座り込んでいた、赤い悪魔。

 こっちの攻撃をジャンプで避けるわ、空中に飛び上がって弾を吐いてくるわ、おまけに倒しきれないと逃げにかかったら、どこまでもどこまでも追ってくるわ……。


 なにこいつー!

 まだ一面の半分しか来てないはずなのに、なんでこんなに強い敵が配置されてるのー!?


 攻撃を食らって鎧をはぎ取られ、パンツ一枚にされる。

 そこへもう一撃攻撃を食らい、無残に白骨化する。

 それを三回繰り返して、ゲームオーバー。



 ぐぬぬぬ……。

 難しい。【戦場の狼】並に……いや、もしかするとそれ以上に難しい。

 救いを求めて別の武器、「たいまつ」を取ってみたら、飛距離は短くなるわ、連射も効かなくなるわで、余計に難しくなっちゃったし。


 ぼくの腕だと、このゲーム、一面クリアするだけでもかなり苦労しそう。

 でも……あの赤い悪魔に勝ち誇らせたままというのは、なんだか腹が立つ。

 せめて一矢報いたい。

 一面クリアが無理だとしても、せめてあの悪魔ぐらいは倒してやりたい。


 よし、やるか。

 打倒悪魔を目標に、がんばってみるか。


 もちろん、成績に悪影響の出ない範囲でだけどね。



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一九八六年 八月一日(金)

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 夏休みに入ったせいだろうか。

 最近、ゲーム・パラダイスの中に見慣れない顔が目立つ。

 久しぶりに【戦場の狼】に座った直後、後を追うように隣の【魔界村】へ腰を下ろしたのも、初めて見るお客さんだった。


 ぴしっとアイロンのかかった白いワイシャツに、黒いズボン。

 耳にも眉にもかからないよう、きちんと切りそろえられたショートヘア。

 胸ポケットに刺繍されてる校章は、確か、隣の市にある私立高校のものだ。偏差値も高ければスポーツ面でも優秀と言う、バランス型の進学校。

 そんな高校に通う、いかにも真面目そうな優等生が、こんな遠くのゲームセンターまで遊びに来るとはなあ。

 自分自身のことは棚に上げての感想だけど、ちょっと意外。


 向こうは向こうで、ぼくの『南』の制服が気になるらしい。

 さっきから、何度もちらちら視線を向けられている。

 なんだか居心地が悪いけど、座ったばかりのテーブル筐体からプレイもせずに立ち去るのも気が引ける。

 五十円玉を投入して、スタートボタンを押下。

 ヘリコプターから主人公が降り立ち、戦場を駆け始める。


 少し遅れて、隣の筐体からも【魔界村】の音楽が響き始めた。


 ん……この優等生、うまい。

 戦闘の最中に他の筐体を覗き込む余裕なんて無いけれど、音だけでも騎士が墓場を快走しているのがわかる。

 ……うわ、今あっさり倒したの、もしかして赤い悪魔?

 ぼくも最近になってようやく倒し方のコツがつかめたけど、出会い頭にいきなり倒す方法なんて知らないぞ?

 惜しいなあ。赤い悪魔の倒し方、ちゃんと見ておきたかったなあ。


 隣の優等生は、ぼくが一面ラストで戦っている最中に二面目へ突入。

 そこでもまったくミスすることなく、三面へと進む。


 ぼくの方は、うっかり手榴弾の爆風に巻き込まれてしまい、一面の途中からやり直し。

 ようやくクリアして、デモ画面の合間に、ふと【魔界村】の方に目を向ける。


 隣の優等生と目が合った。

 フッ……と、得意そうな笑みを浮かべられた。


 再び【戦場の狼】に視線を戻しつつ、なんとなく面白くない。

 あのね、このゲーム・パラダイスには、もっとすごいプレイヤーが何人もいるからね。

<TET>とか<SPC>さんとか、普通に二週目もクリアするからね。

 ぼくに比べれば確かにうまいけど、でも、たった二面クリアで得意顔をされたって、こっちは反応に困るからね。


 そんなことを胸の内でグチグチつぶやいているうち、不意に違和感を覚えた。


 隣の優等生……ひょっとして、先に進んでない?

 ずっと三面の入り口付近で敵を倒し続けている?

 一体なにやってるんだろう。点数稼ぎだろうか?


 やがて、曲が変わった。

 不気味で、しかし迫力のある曲調から、警告音のような短いジングルの繰り返しになった。

 あー、もうタイムオーバーが近いんだな。

 これから先に進んでも三面クリアには間に合わないだろうし、ここで一ミスだね。

 ほら、今鳴ったの、騎士が白骨になった音だ。


 …………え?


 騎士がやられた効果音は、確かに鳴った。

 タイムオーバーでミスになった。

 そのはずなのに……ゲームが継続してる?

 ミスにならないまま、三面が続いてる?


 混乱して、【戦場の狼】への集中が乱れた。

 ジープに轢かれ、ロケットランチャーを食らい、三人やられてゲームオーバー。

 ハイスコアネームの入力もそっちのけで、【魔界村】の画面を確認する。


 騎士の画像が壊れていた。

 なんだか良くわからない記号の集まりとなり、それでも左右にナイフを投げて敵を倒し続けていた。

 残り時間はどうなったのかとタイム表示を見れば、そこにも数字ではなく、でたらめな記号が並んでいた。


 な……なんだこれ?

【魔界村】が壊れた?


 呆然としていたら、再び優等生がぼくを見た。

 そして、今度はよりあからさまに、「どうだ、すごいだろう」とでも言いたげな笑みを浮かべた。



 その後ろに、エプロン姿のお姉さんが立っていた。



 思わず呼吸が止まった。

 お姉さんは、相変わらずの無表情ながら、これまでに見たことが無い凄みを帯びた目で、テーブル筐体に座る優等生を見下ろしていた。


「ひっ……!」


 ぼくの視線を追って後ろを振り返った優等生が、情けない声を上げた。

 そして、プレイ中の【魔界村】をほったらかし、慌てて筐体から逃げ出してしまう。

 そのままガラス扉へ走る優等生にはもう興味を示さず、お姉さんはその場にしゃがみこんで、ぶちんと筐体のスイッチを切った。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 駅前でバスを待ちながら、考える。

 あの現象は、なんだったのか。

 お姉さんは、どうしてあんなに怒ったのか。


 あの時、確かにタイムオーバーの警告音は鳴り続けていた。

 その後で、騎士が白骨になるミス音も聞いた。

 それなのに……タイムオーバーは起きなかった。

 画像は一部おかしくなってたけど、残機が減ることも、シーンが巻き戻ることもなく、ゲームはそのまま継続していた。


 あのままゲームを続けたら、どうなっていたんだろう?

 いずれは再びタイムオーバーになったんだろうか?

 それとも、いつまで経っても同じ場所で、点数稼ぎを続けることが……。


 あっ! もしかして、あれが……。



「永久パターン、ってやつなのかな……?」



 永久パターン。

 特定の操作により、ゲームが終わらなくなってしまう現象……らしい。

 ベーマガで時々見かける言葉だけど、具体的にはどういう現象なのか、今ひとつピンと来なかった。

 だけど、さっきの【魔界村】が永久パターンの状態だとすると、色々理解できる。

 タイムオーバーを無効化して、安全にずっと点数稼ぎを続けることが可能になるなら、「永久パターン発覚によりハイスコア集計打ち切り」の告知だって納得できる。


 もうひとつわかったことがある。

 ゲーム・パラダイスにおいて、永久パターンは絶対に使用禁止。


 タイムオーバー間近で「特定の操作」をすれば、あの優等生がやった永久パターンは再現可能なはず。

 だけど、そのやり方がわかったとしても、ゲーム・パラダイスではやっちゃいけない。

 お姉さんのあの目が自分に向けられるのは、怖すぎる。

 ホラー作品なんか比べ物にならないぐらい、怖すぎる。


 君子危うきに近寄らず。

 今後も永久パターンなど使うことなく、真っ当にゲームを楽しんで行くことにしよう。

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