【ディグダグ】と【おじさんは速かった】のこと
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一九八六年 七月十四日(月)
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マイコンBASICマガジンを発行している「電波新聞社」は、ゲームソフトの開発と販売も行っている。
主に「ナムコ」という会社のゲームを、PCとかFMとかX1とか色々なパソコン用に移植していて、昨日デパートの屋上で見た【ゼビウス】もラインナップに含まれている。
ゲームセンターのゲームが家でも遊べるというのは魅力的だ。
しかし我が家にパソコンは無いし、高校一年生が気軽に買える代物でもない。
複数のメーカーから発売されているMSXというシリーズには、貯金を下ろせば手が届く機種もあるけど……。
画面写真を見る限り、「ゲームセンターのゲーム」には程遠いなあ。
これならむしろ、最近話題のファミリーコンピューターという家庭用ゲーム機を買った方が良さそうな……。
……いやいや、なに言ってんだ、ぼくは。
ぼくがテレビゲームに興味を持っていることは、親にも学校にも秘密。
「プログラムの勉強」という言い訳が残されているパソコンならまだしも、ゲームしか遊べない家庭用ゲーム機なんて、家に持ち込めるわけがない。
そんなわけで、今日もぼくは広告のページを眺めるのみ。
【ギャラクシアン】、【パックマン】、【マッピー】、【ドルアーガの塔】……。
どれも、ゲーム・パラダイスに並ぶ最新ゲームとは比較にならないぐらい地味な画面だ。
それでも、こうして見ていると実際に遊んでみたくなる。どんどん魅力的なゲームに思えてくる。
こうしてパソコンに移植されている以上、本当にどれも面白いゲームなんだろう。
ゲームセンター以外の場所でも遊んでみたいという希望が多くて、移植すれば売れると判断されたからこそ、こうして商品化されているんだろう。
確か……【ギャラクシアン】と【パックマン】は、デパートの屋上にあったはずだ。
明日はゲーム・パラダイスじゃなくて、屋上プレイランドに寄ってみようかな。
この前遊べなかった【ゼビウス】も、一度は挑戦してみたいしね。
それにしても……。
広告の中に一本、どうしても違和感の消えないタイトルがある。
【ディグダグ】。
地面の中を掘り進み、モンスターを空気入れで破裂させたり、大岩で押し潰したりして倒すゲーム。
言葉にすると、なんだか陰惨。
でも、実際の画面はポップで明るい雰囲気。キャラクターもかわいい。
たくさんのパソコン、それからファミリーコンピューターにも移植されていることから、人気の高さがうかがい知れる。
ただ……このゲーム、こんな画面だったっけ?
そもそも【ディグダグ】なんてタイトルだったっけ?
このゲームは、小学校の近くの駄菓子屋さんで見たことがある。
その頃はテレビゲームに興味が無かったから、お店に出入りする時ちらっと眺めた程度でしかないけど、確かにこんな、穴を掘ってモンスターを倒すゲームだった。
それなのに、広告写真と頭の中の記憶に微妙な食い違いを感じる。
画面だけじゃない。弟たちは、このゲームのことを、全然別の名前で呼んでいた気がする。
どんな名前で呼んでいたかは思い出せないけれど……少なくとも、【ディグダグ】という響きに聞き覚えは無い。
画面の雰囲気が違うのは、パソコンの性能のせいかもしれない。
広告写真の中でも、MZ-700用やPC-8001用は、まるで別のゲームみたいだし。
だけど、タイトルまで記憶と違ってるのは、気になるなあ……。
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一九八六年 七月二十日(日)
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夏休みの一日目は日曜日。
今日ぐらい朝寝坊したって誰にも文句は言われないのに、ふと目が覚めて時計を見ると、いつもと同じ朝五時だった。
薄手の毛布をお腹にかけ直し、もう一度目を閉じてみるものの、なんだか気持ちが高ぶっていて眠れない。
夏休みに興奮して眠れないなんて、まるで小学生みたいだ。
自分の意外な子供っぽさに苦笑いを浮かべつつ、寝るのをあきらめて起き上がる。
カーテンを開けると、未だに梅雨が明けきれていない曇り空。今年は本当に梅雨明けが遅い。
でも、すぐに降り出すことも無さそうだな。
だったらいかにも夏休みらしく、朝のお散歩としゃれ込むか。
どうせあと数時間は、朝ごはんも出て来ないだろうしね。
朝もやの中、いつものバス停とは反対方向に歩いていると、ゲートボールをしていた近所のお年寄りに捕まった。
しばらく世間話に付き合わされていると、今度は連れ立って歩いて来た子どもたちにしがみつかれ、小学校の校庭まで連行された。
先生たちにも快く迎え入れられ、一緒にラジオ体操をすることになる。
良くも悪くも人間関係が濃密な田舎町。
駅前と違って、一人気ままに散策するなんて贅沢はなかなか難しい。
これはこれで、温かく、居心地のいい空間ではあるんだけれど……。
年少組の中に一人だけ混じり、ラジオ体操を第二まで完遂するのは、予想以上に気恥ずかしいものがあった。
子どもたちが「ラジオ体操カード」にハンコを押してもらって、朝の集まりは解散。
……のつもりだったのに、夏休みと、ぼくという珍しい来訪者の相乗効果で舞い上がった子どもたちは、それを許さない。
ぼくの両腕を引っぱって向かった先は、近くの駄菓子屋さん。
中学校卒業まで長年お世話になって来たおばあさんは、半年前の日常と何ら変わりなく、まだ七時にもならないのにお店を開けていた。
朝ごはん前から駄菓子を買い食いしようとする子どもたちを、年長者として止めようとはしたんだけれど、ぼくでは貫禄が足りないのか、まったく聞く耳持たれない。
そうこうしているうちに、男の子の一人が「ばあちゃん、ゲーム点けて!」と声を上げた。
思わず息を飲み、入り口近くに並ぶゲーム筐体を見つめる。
ここにテーブル筐体は無い。
あるのはデパートの屋上にあったものより一回り小さい、小型の立って遊ぶ筐体――アップライト筐体と言うらしい――が三台のみ。
おばあさんが、曲がった腰をさらにかがめてコンセントを入れると、筐体のブラウン管が三台同時に明るくなる。
パドルが付いている筐体には【ブロック崩し】が。
その隣には【スペースインベーダー】が……いや、【スペースウォー】? 見た目は「インベーダー」だけど、タイトルが「インベーダー」じゃない?
その隣は【ZIGZAG】…………「ジグザグ」!?
【ディグダグ】とはタイトルが違う。
画面の色合いが違う。
広告の写真には無かったツルハシらしきアイテムがある。
メーカーも「ナムコ」ではなく、「LAX」らしい。
「俺、【おじさんは速かった】!」
「ずるい! 今日は俺が【おじさんは速かった】やる!」
ちょ……ちょっと君たち。
今、このゲームのこと、なんて呼んだ?
ああ……少しずつ、思い出して来た……。
【おじさんは速かった】。
弟たちも、この駄菓子屋で同じ言葉を口にしていた。
うちの小学校の生徒は、みんなこのゲームのことを【おじさんは速かった】と呼んでいた。
元のタイトルの面影など皆無。名詞にすらなってないこの呼び名。
響きだけは、ぼくの記憶にも残っていた。
しかしなんで【おじさんは速かった】?
「おじさん」って誰?
「速かった」って、なんで過去形?
今のガキ大将的存在らしい五年生が、周囲の抗議を無視して十円玉を三枚投入。ちなみに今年、地元の小学校に六年生はいない。
スタートボタンを押下。
微妙に音程を外したようなBGMと共に、画面左上から主人公が登場。穴を掘って地中に潜り、画面中央に達してゲームスタート。
なんだかキャラの動きがぎこちないけど、昔のゲームなんだし、こんなものだろうか。
敵は二種類。
ゴーグルを付けた風船みたいな謎の生き物と、炎を吐く緑の怪獣。
主人公も含め、キャラクターは【ディグダグ】とほとんど同じ。
ガキ大将君の操る主人公は、追いすがる敵に何度かモリを打ち込むものの、破裂させるまでは攻撃せず、岩へ向かって縦穴を伸ばしている。
どうやら敵を逃げ場の無い縦穴におびき寄せ、まとめて岩で押し潰す作戦のようだ。
狙いは悪くないと思うけど、運か、テクニックか、もしくはその両方が足りなかった。
モンスター四体を引き連れて岩の真下まで穴を掘り、すかさずその脇に抜ける。
しかしゴーグル風船二体は主人公に追いすがったまま危険地帯を脱し、残った敵もすぐさま回避行動を取った。
岩が落ちるまで、わずかに猶予時間がある。
残念。せっかくがんばって誘導したのに、岩に潰されたのは緑の怪獣一体のみだった。
主人公の背後に二体のゴーグル風船が迫る。このままでは追い付かれる。
ガキ大将君は「ツルハシ」を目指した。
ツルハシに触れた瞬間、主人公がスピードアップ!
背後すぐまで迫っていたゴーグル風船を引き離す!
……が。
加速状態は、あっと言う間に終了した。
時間にして、わずか一秒ちょっとのスピードアップだった。
ゴーグル風船が主人公を捉え、一ミス。
「速かった」……。
【おじさんは速かった】……。
なんだかすごく納得した。
主人公の動きのぎこちなさから、「おじさん」。
スピードアップしたと思ったらもう終わってるから、「速かった」。
小学生のセンスって、時に年長者の考えを凌駕するね。
このネーミングは、ぼくの頭をどう捻っても絶対に出て来ない。
しかしこのゲーム、一体なんなんだろう?
【ディグダグ】にそっくりなのに、【ディグダグ】じゃない。
隣の【スペースウォー】も、【スペースインベーダー】のようで【スペースインベーダー】じゃない。
ひょっとして【ブロック崩し】も、正規品の【ブロック崩し】じゃないのでは……。
……と、そこまで考えたところで時間切れ。
帰りが遅いと探しに来たガキ大将君のお母さんに見つかり、その場の全員、お説教を食らってしまった。
良くも悪くも人間関係が濃密な田舎町。
叱られる時は立場も年齢も関係なく、連帯責任、一蓮托生なんである。
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