屋上プレイランドと【ゼビウス】のこと

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一九八六年 七月十三日(日)

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 久しぶりに家族が起き出すまで朝寝を堪能した日曜日。

 朝食の席で、母がいきなりデパートへ行くと言い出した。

 半年前ならいざ知らず、今はそのデパートの前が通学路のぼく。

 日曜日ぐらい部屋でのんびり読書でも……と思っていたのに、たまには家族との時間も大事にしなさいという母の意見に押し切られ、父の車で駅前に向かうこととなった。


 先月、大雨のせいで落石が発生した県道は、今も道路工事で通行止め。

 普段この道を使っていない父は、迂回路が良くわからないようなので、ぼくが後部席からバスの臨時路線をナビゲートする。

 地元に住んでる父ですらこうなんだから、観光で来る人たちはもっと困るだろう。

 もうすぐ夏休みだと言うのに、観光そのものを取りやめる人が出るんじゃないかと心配だ。

 それほど大した名所があるわけじゃないけど、きれいな谷川や静かな山林は、「夏休み」というボーナスタイムにおいては、それだけで十分な価値を発揮する。

 おみやげ屋さんや飲食店を始め、この時期の人出に期待を寄せるご近所さんは多い。

 毎日の通学時間が延びるのも地味につらいし、早く工事が終わってくれないかな。



 ただ……道路が復旧したらしたで、頭痛の種もひとつ。


 お休みの時期になると、うちの地元にも暴走族の人たちがやって来る。

 明るいうちにドライブやツーリングに来る人たちはいいんだ。むしろ大歓迎。

 だけど、法律とか、マナーとか、地元住人の迷惑ってものを考えるつもりも無い人たちは、本当に困る。

 夜中にけたたましくエンジンやクラクションを鳴らすし、空き缶とかタバコの吸い殻とかそこら中にまき散らすし、他のチームとケンカを始めるし、標識やガードレールにぶつかって壊しちゃうし。


 それに……。

 時には、見たくもない悲惨な光景を見せつけられたりもするし……。


 この辺りの道が制限速度低めなのは、ちゃんと理由があるんだよ……。

 急カーブが多いし、街灯もそれほど多くないし、スリルを味わうにも場所を考えようよ、本当……。


 ぼくが【ハングオン】や【ロードブラスター】に今ひとつ食指が動かないのは、明らかにあの人たちが原因だ。

 もちろん、ゲームに罪が無いことは、十分にわかっているんだけれど。



 家を出て一時間と十五分後、駅前のデパートに到着。

 例によって「お一人様一点限り」の商品にあれこれ並ばされ、荷物を一旦車に運んでから、お昼まで遊んで来なさいと一時解放。


 とは言えまさか、家族がすぐ近くにいる時にゲーム・パラダイスへ出向くリスクは冒せない。

 それなら……久しぶりに屋上プレイランドへ行ってみようかな。

 もしかしたら、ゲーム・パラダイスには無い面白そうなゲームが、なにかあるかもしれないし。


 そう期待して訪れた屋上のラインナップは、残念ながら、以前に来た時とあまり変わっていなかった。


 一番目立つ位置にあるのは、相変わらず【UFOキャッチャー】。

 でも、この前に比べると、明らかに遊ぶ人の数が減っている。

 いくら機械が新しくても、中に入っている景品は他のクレーンゲームと同じ、カプセルに入った小さいオモチャだからなあ。

 ケースが大きくて中身が良く見える分、遊ぶ必要無しと見極めを付けられるのも早いんじゃないだろうか。

 せっかく新しい機械なんだから、中身も新しくしちゃえばいいのに。

 この【UFOキャッチャー】なら、これまでのクレーンゲームと違って、もっと大きい景品だって扱えるはず。

 目立つ景品さえ入れられれば、お客さんの注目を集めることは十分可能だと思うんだけど。


【UFOキャッチャー】の周囲には、メダルが当たるルーレット、「すすむ」と「もどる」ボタンで操作する山登りのゲーム、モグラ叩き、コインを入れるとしばらくその場で動き続ける飛行機や特撮ヒーローなんかが並んでいる。

 買い物中の大人たちが、子供を「しばらくここで遊んでいなさい」と置いて行くのが、大体この辺りのエリア。


 その奥が、ぼくの目的であるテレビゲームのエリア。

 ゲーム・パラダイスには置いてない、立って遊ぶタイプのゲーム機が多い。

 でも、このタイプのゲーム機に入っているのは、どれもずいぶん古いタイトルのようだ。

 有名な【ギャラクシアン】や【パックマン】は、まだ新しい方。

「ブロック崩し」こと【ブレイクアウト】、「風船割り」こと【サーカス】。

 その他、【スペースインベーダー】だの【ギャラクシーウォーズ】だの【バルーンボンバー】だの、歴史を感じさせるモノクロのゲームが、未だに現役でがんばっている。


 興味はそそられるものの、貴重なお小遣いを投入するにはちょっとためらいを感じる。

 最新作とまでは言わなくても、もう少し新しいゲームが遊びたい。

 そうなるとやっぱり、テーブルゲームのエリアかな……?


「あれ……?」


 テーブルゲームの一台を、数人のギャラリーが取り囲んでいた。

 その中心に座っている小柄な姿は、間違いなく<TET>。


 ゲーム・パラダイスでも名うてのハイスコアラーがなにを遊んでいるのか気になって、ぼくも後ろから画面を覗き込ませてもらった。

 そこに映っていたのは、十二角形の巨大な要塞。

 立ち向かう戦闘機の前方には、地上を狙い撃つための十字の照準が表示されている。


 ――【ゼビウス】。


 これ、BASICマガジンベーマガで見た【ゼビウス】だ。

 移植版の広告が毎月大きく載っているし、その他のページでもちょくちょくタイトルを見かけていたけど、ようやく実物を目にすることができた。

 ゲームの基本ルールは、前に見た【ツインビー】や【ハレーズコメット】と同じ。

 ……と言うか、画面が縦に流れて行くタイプのシューティングゲームは、この【ゼビウス】が元祖だとか。

 にも関わらず、まったく古臭さを感じない。

 未来的なデザインのメカニック。短く神秘的なフレーズが繰り返されるBGM。

 なるほど、名作と謳われているのも納得だ。

 発売から数年が経っているはずなのに、今でも十分にプレイヤーを引き寄せる魅力がある。


<TET>が、巨大な要塞を沈黙させた。

 それでも敵の攻撃がやむことは無い。

【ゼビウス】には、ボスを倒してステージクリア、ボーナスが入って次のステージという、明確な区切りは無いらしい。

 それにしたって、巨大な敵を倒したばかりなんだから、もう少し敵の攻撃が弱まってもいいんじゃないの……?


 そんなことを考えていると、<TET>の操る戦闘機の前に、くるくる回る二つの物体が現れた。

 どうやら敵では無いらしく、攻撃して来ない。それだけでなく、他の敵もまったく現れなくなる。

<TET>は小さく息をつき、筐体から手を離して、椅子に座ったまま大きく伸びをした。


「あ……」


 後ろに反り返った<TET>と目が合った。

 ぼくは、いつもと違って『南』の制服を着ていない。でも、<TET>はすぐ、真後ろに立っているのが誰か気付いたようだ。

<TET>は、少し恥ずかしそうに、だけどすごく得意そうに、唇の両端をつり上げてニカッと笑った。

 ゲーム画面に向き直り、レバーとボタンに両手をセットする。

 回転していた二つの四角錐がドッキングして正立方体となり、戦闘機の前から飛び去って行く。

 戦闘再開。

 さっき倒したばかりの巨大要塞が、またも戦闘機の前に立ちはだかった。


 ……家族との待ち合わせまで、まだ時間がある。

 ぼくは、<TET>の背後の特等席で、名作【ゼビウス】のスーパープレイを堪能させてもらった。



 それから車でデパートを離れ、帰り道の途中にあるレストランでお昼を食べた。

 そこで母が、財布が無いと騒ぎ出した。

 デパートに電話すると、幸いにして落とし物の届け出があったそうだ。父の財布で会計をすませ、再びデパートに逆戻り。

 財布の引き渡しにはいくつか手続きが必要ということなので、ぼくはその間に、もう一度屋上プレイランドへ向かってみた。


<TET>はまだ【ゼビウス】のプレイ中だった。


 ……いや、待って。

 あれから、もう二時間近く経ってるよ?

 しかもあの時点で、もうかなりの時間プレイしていたでしょ? スコアの桁数、とんでもないことになってたでしょ?


 テレビゲームって、その気になればこんなに長い間遊んでいられるものなのか。

 でも、たった五十円で何時間も遊ばれたんじゃ、お店としては困るんじゃないかなあ……。

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