レバー操作のこと
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一九八六年 七月十日(木)
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期末試験が終わった翌日。
昨日はクラスメイトと試験の打ち上げをやったため、寄り道の時間が無くなってしまった。
でも、今日は大丈夫。
塾へ向かう委員長たちと駅前で別れ、みんなが見えなくなるまで待ってから、こっそり裏通りのゲームセンターへ向かう。
久しぶりのゲーム・パラダイス。
店内に満ちる電子音の響きが心地良い。
それにやっぱり、心配事が無くなってからの方がテレビゲームは楽しい。
誘惑に負けて、試験期間中にも一度来ちゃったけれど、ああいうのは自重しよう。本当。
気持ちの軽さが操作にも現れたのか、【マーブルマッドネス】は初めて三面をクリア、【スペースハリアー】は、これまでの限界だった九面を超えて、いきなり十二面まで到達できた。
【戦場の狼】だけ、これまでと同じく二面の途中でゲームオーバー。
くやしくて、もう一度挑戦。
その途中、レバーを持った左手に鈍痛が走る。
見ると、レバーの金属部分でこすれ、指の間の皮がすりむけてしまっていた。
ぼくは、テーブルゲームのレバーを中指と薬指の間に挟み、ボールの部分を下から握り込んで操作している。
だけど、こんな場所に物を挟み込む機会なんて、日常生活においてほとんど無い。
普段使わない場所に、汗ばむほどの力で金属の棒をゴリゴリ押しつけていたら、そりゃ皮の一枚もむけちゃうか……。
応急処置として、生徒手帳に挟んでおいた絆創膏を貼る。
でも、さすがに今日のゲームはここで打ち止め。
そろそろバスが来る時間だしね。
そうそう、帰りに本屋さんへ寄るのも忘れないようにしないと。
手持ちの小説の続刊を補充するのも、試験期間中はずっと我慢していたんだから。
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一九八六年 七月十一日(金)
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始業前、クラスメイトと朝の挨拶を交わしている時。
指の間に貼った絆創膏に、三つ編みお下げのクラス委員長が心配そうな視線を向けて来た。
一学期の始めに比べると、ずいぶん距離が接近した感のある委員長だけど、まさかこんな絆創膏一枚に気が付くとは思わなかった。
ほんの少しうれしさを覚えるも、優等生ぞろいの『南』高、その中でもトップクラスの成績と真面目さを誇る委員長に、「ゲーム機のレバーですりむいた」なんて言えるわけがない。
とっさに「帰り道で足を滑らせ、近くのツタをつかんですりむいた」と口走った。
疑う様子もなく、委員長は「気を付けてね」と言ってくれた。
委員長にとっては、普通にありそうな話だったらしい。
いくらぼくの地元でも、自宅からバス停までの道はアスファルトで舗装されてるから、そうそう足を滑らせることは無いんだけど……。
周囲にツタが生い茂ってるわけでも無いし……。
委員長の中で、ぼくは普段、どんな山道を歩いてることになってるんだろう。
いやまあ、ちょっと脇道にそれれば、それこそ大木に巻き付いたツタにつかまりながらでないとまともに歩けないような場所も、確かにあるんだけどね。
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野球選手は、ピッチャーなら指、バッターなら手のひらにマメを作り、それがつぶれることを繰り返して「野球選手の手」ができあがって行くそうだ。
確かに、野球に卓球にバドミントン、スポーツをやっている友だちの手には、みんな特徴的な皮膚のこわばりがあった。
スポーツに限った話ではなく、小説家や漫画家の人は、みんなペンダコというものがあるらしいし。
そうなるとやっぱり、テレビゲームがうまい人は、指の間の皮が硬くなってるんだろうか。
マメを作ったり、皮をすりむいたりしながら、ゲームが上達して行ったんだろうか。
わかりやすい「ゲームプレイヤーの手」になっちゃうと、ぼくの場合、困るんだけど……。
その疑問は、【グラディウス】を遊ぶ<TET>を見た瞬間、あっさり氷解した。
レバーの持ち方が違う。
ぼくがボールの部分を下から握り込んでいるのに対し、<TET>は上から手のひらをかぶせてレバーを操作していた。
【フェアリーランドストーリー】を遊んでいる<SPC>さんも同じ。
【戦場の狼】に挑戦中の<MOR>は、ぼくと同じく指の間にレバーを挟み込むスタイルだけど、店内の様子を観察する限り、レバーは「かぶせ持ち」で操作する人の方が多いようだ。
<MOR>のプレイが終わるのを待って、【戦場の狼】に移動する。五十円玉を投入し、レバーに付いたボールの部分に左手をかぶせ、ゲームを開始する。
操作方法が変わると、やっぱりプレイの感覚が変わる。
主人公の進行方法が微妙に狂う時がある。
ボールの持ち方を色々と変えてみながら、プレイ続行。
どうやらぼくには、手のひらではなく、親指・人差し指・中指の三本でボールをつまむ方法が合っているようだ。
一面ラストでゲームオーバーになっちゃったけど、すかさずプレイのやり直し。
今度は最初から三本の指でレバー操作を行う。
うん、なかなか良い感じ。
なにより、このスタイルなら指の間を怪我することが無い。
次にゲームオーバーを迎えたのは二面のラスト。スコアもこれまでの記録と大体同じ。
【スペースハリアー】を始めとする大型ゲーム機も楽しいけど、種類が多いのはやっぱりテーブルゲーム。
これで、指を怪我したり「ゲームだこ」ができる心配もなく、たくさんのテレビゲームを楽しめるようになったわけで、今日の収穫はなかなか大きいと思う。
……いや、別に、たこができるほどテレビゲームにはまるつもりは無いんだけどね。
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