石膏ボーイズのいる高校生活

けろよん

第1話 アイドル達がやってくる

 ごく普通の高校に人気のアイドルユニットが転校してくることになった。

 高校生というのは誰でもアイドルに興味津々だと石田茉莉香(いしだ まりか)は思っていたのだが、案外そうでもないらしい。

 学校のホームルームで人気のアイドル達のお世話係になりたい人は手を挙げて~と言われても、挙手をしたのは自分と幼い頃からアイドルを目指していると自負しているクラスメイトの花山則美(はなやま のりみ)ぐらいだったからだ。

 それからたいして興味の無さそうなクラスの相談とそれを容易く蹴散らす先生の一存によって、自称未来のビッグスターを名乗る則美を容易く撃破した茉莉香は、校長先生と一緒に本物のビッグスター達が来るのを待っていた。

 何故か場所は美術室で。

 静かに椅子に座る茉莉香の横で、大きく机を叩く音がした。


「どうして茉莉香がお世話係なんですか! アイドルに一番近いのはこのノリミーであるというのに!」


 朝からノリミーこと則美が煩かった。今は放課後だが、放課後になっても煩かった。

 校長先生は優しかったが、美術室で黙って瓶のスケッチをしている物静かな美術部員、月見里(つきみ さと)さんの眉が迷惑そうにピクリと動いていたのを茉莉香は見逃してはいなかった。

 校長先生は優しい眼差しをしたまま則美に言う。


「だって花山さんはマイクより重い物を持ったことがないんでしょう?」

「それはアイドルですもの!」

「それに世間のアイドル達を見下してらっしゃる」

「あたしより冴えない奴らが大きな顔をしているんだもの。当然じゃない」

「この世で一番優れたアイドルは?」

「あ、た、し!」

「じゃあ、茉莉香君。よろしく頼むよ」

「はいは~い」

「んもう!」


 不満たっぷりに頬を膨らませる則美を茉莉香は優越感に浸って見つめ返す。

 負け組を見るのって気持ちいい。それが則美のような顔だけは可愛い奴なら尚更だ。


「茉莉香にアイドルなんて絶対務まらないわ」

「はいはい、負け犬の遠吠えね」

「やってもらうのはアイドルのお世話係なんだけど」

「先生」


 言い合っているといつの間にか美術部員の月見里さんが近づいてきていた。彼女は感情のよく見えない静かな瞳をしたまま言った。


「例の物の準備はどうなっていますか?」

「例の物?」


 茉莉香と則美は小首を傾げる。校長先生は訳知り顔でうなづいた。


「それも順調に進行中さ。同時にね。まさに妙手って奴だ」

「例の物って何ですか?」


 茉莉香が訊ねると、校長先生は優しく、里はため息をついて教えてくれた。


「石膏像だよ」

「普通の学校にはある物なんだけど、この学校には無いの。まったく瓶なんて描いてても画力は上がらないわ」

「ふーん」


 茉莉香にとっては興味のないことだが、則美はオーバーリアクションに手を振って反応していた。


「石膏像なんていらないじゃない! ここにこんなに美しいあたしがいるんだから!」

「じゃあ、じっとしてて」

「んむ」


 美術部員様の指示を受けてじっとする則美。


「口を閉じてて」

「……」


 口を閉じる。


「脱いで」

「…………」


 ノリミーさんは動かなかった。茉莉香は手を動かすことにした。


「アイドル様の、かっこいいとこ見てみたい♪」

「って、脱げるかい!」


 茉莉香が調子のいい手拍子を送ってやると、自称未来のビッグスター様は動いた反応を見せてくれた。

 里はため息をついた。


「使えないわね、人間は」

「むう~」


 則美がぶーたれた顔をしていると、校長先生が真面目な大人の顔をして言った。


「花山さんの裸、見たかったな」

「校長先生……」


 聞こえていないようだった則美に代わって、茉莉香が蔑んだ視線を送っていると、外でトラックの止まる音がした。

 校長先生は気分の変わる華やいだ声を上げた。


「到着したぞ、今をときめくビッグアイドル達が!」


 その声にお世話係と未来のビッグアイドルはそれぞれに顔を引き締め、美術部員は黙って筆を置いた。



 茉莉香達は校庭に出る。そこに確かな存在感を持って大きなトラックが止まっていた。

 遠く部活に励む部員達の声を聞きながら、茉莉香と則美は緊張に息を呑んだ。


「ここに今をときめくビッグアイドル達が……?」

「ふん、どうせたいしたことないんだろうけど、見てやろうじゃない」


 美術部員の里は静かに見つめている。


「校長先生、わたしの石膏像は……?」


 彼女も少しは緊張しているようだ。校長先生はさすがに落ち着いていた。

 大人の貫禄ある笑みと余裕を見せていた。


「まあ見ていなさい。まさに妙手ってやつをね」

「妙手?」

「それにしても花山さんの裸、見たかったな」

「まだ言っているんですか!」


 茉莉香は女性として食ってかかるが、則美にその気は無いらしかった。


「そんなに見たい……?」


 なぜか照れている。


「その気になってるんじゃないわよ!」

「あ、当たり前じゃない! アイドルの裸は安くはないのよ!」


 言い合っていると、トラックの荷台がゴン! と叩かれる音がした。

 取っ組みあいを仕掛けていた茉莉香と則美は手を止めてそっちを見て、里も静かにそちらを見た。

 校長先生はポンと手を打った。


「そうだった、そうだった。アイドル達をお迎えしなければ。それじゃあ、茉莉香さん。お願いするよ」


 そう言って茉莉香に渡されたのは台車だった。ハンドルが持ちやすく、物を運ぶのに便利そうだ。


「あの、校長先生?」


 だが、なぜそんな物を渡されたのか茉莉香には理解出来ない。校長先生は大らかな大人の笑みを浮かべるだけだ。


「それじゃあ、アイドル達を迎えて。どうぞ」

「???」


 茉莉香は校長先生に促されるままに、首を傾げながらトラックのコンテナのドアに近づく。

 振り返ると、則美が無言で応援のエールを送ってくれていた。

 喧嘩ばかりしていた友達でも、こんな時はいてくれて心強い。

 覚悟を決めてトラックの荷台の鉄のストッパーを外してドアを開けると、

 とたんに浴びせかけられる怒声。その勢いに茉莉香はひっくり返りそうになってしまった。


「いつまで待たせるんだ! このすっとこどっこい!」

「僕達はアイドルなの。その自覚はある?」

「僕もう疲れたよー」

「飯にしようぜ。飯―」


 茉莉香は絶句した。そこにいたのはアイドルなんかじゃなかった。

 ただの石膏像だった。


「ほら、茉莉香君。おもてなしして」

「ええー」


 校長先生が無慈悲にも背中を押してくる。

 石膏像が睨んできた。気がした。


「早くしろよ。このノロマ」

「僕達は疲れているんだよ。それが分からない?」

「賢人は拙速を尊ぶものだよ」

「ご飯食べたい」


 気がするだけじゃない。絶対に睨まれている。茉莉香は涙目になって友達に助けを求めた。


「則美~」

「茉莉香、どうしたの? アイドル達は? はっ!」


 さすがの則美も驚いた顔を見せた。その手がわなわなと震えている。

 茉莉香は言ってやれと未来のビッグスター様を応援した。

 則美は頭を下げて、地に膝を落とした。


「これが本物のアイドル……負けた」

「いや、そうじゃないでしょ! 現実を見てよ、ノリミー!」


 そこに美術部員様もやってくる。


「石膏像」


 頬を赤らめた。


「いや、だからそうじゃないでしょ! 人気のアイドルグループが来るって話はどこに行ったのよ!?」

「俺達がそうさ!」

「え!?」


 茉莉香はぎこちなく振り返る。石膏像は喋った。そして、高らかに宣言する。


「知らないなら聞かせてやろう!」

「田舎者の君にも分かるようにさ!」

「そう、僕達こそが今をときめくビッグなアイドルグループ!」

「「「「石膏ボーイズ!!!!」」」」

「えええーーーー!」


 声を揃えて言われても茉莉香には到底受け入れることは出来ない。

 それを


「ようこそ、我が校へ。石膏ボーイズの皆さん!」


 校長先生は喜んで迎え入れ、


「石膏ボーイズ様……」


 則美は恋する乙女の顔で見つめ、


「石膏像来た」


 里はペンを片手にガッツポーズしていた。

 茉莉香はただ叫ぶことぐらいしか出来なかった。


「もう、誰か正気に戻ってよー!」


 ともあれ、平和な我が校に石膏ボーイズ達がやってきた。

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