第9話 アイドル達は仕事に行く

 放課後、授業が終わって茉莉香は帰ろうとしたが、則美に言われて石膏ボーイズを美術室に返しにいくことになった。

 すっかり忘れるところだった。

 このまま教室に置いておいてもいいような気はしたが、やはり返すべき物は返しておくべきなのだろう。

 台車に乗せて美術室に行くと校長先生が待っていた。


「これから仕事に行ってもらうよ」

「仕事?」

「アイドルの仕事さ。地元のテレビ局に行ってもらう」

「テレビ局?」


 と言われても茉莉香は首を傾げてしまう。そもそも地元のテレビ局がどこにあるのか知らない。

 知っている目の前の大人に訊くことにする。


「台車で運んでいくんですか?」

「まさか。もちろん車でだよ」

「車? でも、わたし免許持ってませんよ」


 茉莉香が戸惑っていると、足元の台車に置いた石膏ボーイズが話しかけてきた。


「まーちんは遅れてるね」

「今時の学生は免許も持っていないのかい」

「みなさんは持ってるんですか?」

「俺は大型を」

「僕はクレーン」

「スペースシャトルの運転なら任せて」

「皆さん、凄いです」


 則美は感動して目をうるませている。

 茉莉香としてはどうやって取っているんだか謎は深まるばかりだったが。

 まあ、気にしてもしょうがない。

 今はそれよりも仕事のことだ。


「みなさん免許を持っているなら自分達で運転していってもらえれば」


 茉莉香はそう思うのだが、石膏ボーイズは思わなかったようだ。

 不機嫌そうに言ってきた。


「君は自分の仕事を何だと思っているんだい」

「仕事前のアイドルは多感なのだよ」

「仕事のことを考えないといけないから運転なんかに気を遣う余裕はないんだよ」

「僕は瞑想をしたいんだ」

「はあ、そうですか。では、どうすれば」


 校長先生に訊ねると彼は大人びた態度で答えた。


「運転手は別に雇ってるから大丈夫だよ。君が免許を持っていないことは知っているからね。すぐに来ると思うから外で待っておいて」

「はい」


 もしかして最初に来た時のようにトラックが来るのだろうか。

 茉莉香は言われた通り、石膏ボーイズを乗せた台車を押して外で車を待つことにした。


 隣には則美も一緒だ。

 里は美術室で作業をするからと残った。最近ずっと石膏像に構っていたから他のやりかけの用事が片付いていないらしかった。

 隣に立った則美がぽつりと言う。


「茉莉香、夏休みになったら一緒に免許を取りに行こうね」

「うん」


 なんだろう。誘われることが凄く嬉しい。

 則美の瞳はただ真っ直ぐで、これからのことだけを見つめていた。



 茉莉香は待っていた。

 やがてワゴン車が来た。


「トラックじゃ無いんですね」


 と呟くと、足元の石膏像が答えてきた。


「君は僕達を荷物か何かと勘違いしてない?」

「してませんよ」


 始めに来た時は何だったんだと思ったが、気にしないことにする。

 今はそれよりもこれからの仕事だ。

 そう思うのは何度目だろう。止まったワゴン車を見ていると則美が動いた。

 手早く車のドアを開ける。


「ほら、茉莉香。ドアぐらい開けなさいよ。アイドル様に開けさせるものじゃないわよ」

「ありがとう、ノリミー」

「別にあなたのためじゃないわよ。勘違いしないでよね。さあ、石膏ボーイズ様、どうぞ」


 則美が石膏ボーイズのためにやっていることは分かっている。それでも、茉莉香は彼女がいてくれてありがたいと思ったのだった。

 彼女がいなかったらきっと分からないことや気づかなかったこと、心細いと思ったこともあっただろうから。

 だが、どうぞと言われても石膏像が自分で歩けるわけじゃないだろう。

 茉莉香は石膏像を持ち上げて、一体づつ椅子に置いてシートベルトを締めていった。


「茉莉香って本当に力あるよね」

「別に。ちょっと重いぐらいだから」


 則美に手伝わせるようなことでもない。

 何だか石膏像を運んでいると、アイドルというよりは幼児のお守をしている気分だった。


 乗せ終わり、助手席のドアを開けて運転手に挨拶をすることにする。

 茉莉香はびっくりした。運転手はファンシーな着ぐるみを着た人? だった。

 彼は開口一番に言ってきた。


「言っておくけど、僕の仕事は運転をすることだけだからね。それ以外のことは全部自分でするんだよ」

「はい」


 茉莉香は緊張の面持ちで助手席に座る。

 移動の途中、後ろではずっと則美と石膏ボーイズが楽しそうにトランプをしていた。

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