第10話 アイドル達に捧げ物を

 石膏ボーイズは順調に仕事をこなしていった。

 地元の小さなテレビ局だったが、そこは夢と希望と活気に溢れていて、則美は瞳を輝かせ、茉莉香は満足に仕事を見届けた。


「石膏ボーイズ様、今日も素敵でした」

「俺達なら当然だな」

「ここは小さな職場だけど、僕達はプロだからね」

「プロ魂ってやつを見せつけてやらないとね」

「小さな山でもお山の大将を気取らないと」

「みなさん、お疲れさまでした」


 そんな仕事も順調に進んでいたある日、


「チョコを作ろうと思うの」


 則美が突然そんなことを言いだしてきた。


「チョコ?」


 茉莉香は首をひねる。


「でも、まだバレンタインじゃないよね」


 それどころか夏休みすらまだだった。いくら何でも気が早すぎると茉莉香は思ったのだが、則美は子供のように急かしてきた。


「だって、それまで待てないじゃない。茉莉香、チョコを作ったことあるんでしょ。教えてよ」


 それって小学生の頃のことで、子供でも出来る簡単なことしかしなかったのだが。

 則美からの誘いを断ることもない。OKすることにしたのだった。



 家に則美を連れてくると弟の孝二が何だか慌てていた。

 則美は他人を見下すことが多いが、お邪魔する家でその家族を見下したり、下級生に無礼を働くほど、大人げなくも礼儀知らずでもなかった。

 にこやかに挨拶した。

 きらめく笑顔に孝二はあっさりと翻弄されていた。

 有象無象に分類されなくて幸せなのか、本性を知らなくて不幸なのか茉莉香にはよく分からなかった。


 チョコは昔取った杵柄で簡単に作れる程度の物にしたが、則美にとっては一大仕事のようだった。

 出来たチョコをラッピングに包んで、台所を片づけ、茉莉香と則美は美術室に向かった。


 部屋に入ると、里が色んな物をテーブルの上に乗せてスケッチしていた。

 中心にあるのは見慣れた四体の石膏像だ。

 彼女は彼女で石膏ボーイズの色んな描き方を模索しているようだった。

 里は二人の持ってきた物に目を向けた。


「何を持ってきたの?」


 彼女の瞳は場を飾れるような物を求めていたが、あいにくと茉莉香達の持ってきた物はそういう物では無かった。

 則美が答える。


「チョコよ。石膏ボーイズ様にあげるために作ってきたの」

「花山さん、先生の分はあるかね?」


 校長先生はとても物欲しそうにしている。茉莉香も則美も声を掛けられて、始めて彼がいたことに気が付いた。

 茉莉香はため息をついた。

 則美が戸惑っている。ここは助けてやらないといけない。


「先生の分はわたしが作ってきましたから」


 自分のチョコなら別に石膏ボーイズにあげなくても問題無い。もともと則美のつきそいでついでに作っただけの物だからだ。

 だが、校長先生は視線を横に向けた。


「花山さんのが良いなあ」

「ノリミーのは石膏ボーイズの物だから。はい、これ食べてね」


 茉莉香はむっとしながらも校長先生に無理やりチョコを押し付け、そのまま彼を教室の隅まで押していった。

 友達の心意気に則美は礼を言った。


「ありがとう、茉莉香。石膏ボーイズ様、これチョコです。まだバレンタインじゃないけど一生懸命作ってきました」


 恥ずかしがりながら差し出す彼女のチョコを石膏ボーイズは好意的に受け取った。


「愛の神は感動したよ!」

「チョコをもらうなんて何年ぶりだろう」

「アイドルなのにまだ僕達こういうの無いよね」

「今年こそきっとあるはずさ」


 石膏ボーイズは盛り上がり、則美も笑顔だった。

 里も良い絵が描けそうだと笑みを浮かべた。

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