第6話 茉莉香はアイドル達のお世話係

 次の日の朝。茉莉香はいつもより早めに起きた。

 理由はもちろんアイドル達の世話をするためだ。

 面倒だったが、自分が立候補して任された仕事だから仕方が無かった。

 何だか最初に予想していたアイドル達に付く仕事というよりは、飼育係になった気分だった。

 そんな気分で、リビングでパンを食べながらコーヒーを飲んでいると、弟や母親が話しかけてきた。


「姉ちゃん、アイドルってどんな人だったの?」

「ちょっと変わった人? だったかなあ」

「失礼の無いようにするのよ」

「は~い」


 むしろ失礼なのは向こうの方なのだが。

 そう言いたい気はしたが、口論するようなことでもない。適当に話を合わせておく。


「行ってきます」


 茉莉香は準備を整えて家を出た。


 

 玄関から出て茉莉香は驚いた。

 そこで則美が待っていた。

 茉莉香が着たら平凡な制服も、顔は可愛い彼女が着ていると妙に引き立って見えた。

 いつから待っていたのか知らないが、則美は待ち時間を気にさせないそぶりで近づいてきた。


「おはよう、茉莉香」


 爽やかな朝の挨拶ではあるが、則美がそんな爽やかな奴でないことを茉莉香はよく知っている。

 クラスメイトではあるが親友というほど近いわけでもない彼女が家に来たのには、何か理由があるはずだった。

 茉莉香は気を落ち着けるよう意識しながら訊ねた。


「何でいるの?」

「石膏ボーイズ様のお世話をするんでしょ? 一緒に行こうと思ったのよ」

「そうだけど。学校の方で待ってればいいのに」


 待ち合わせなら家まで来なくても、学校で待っていればいい。

 茉莉香はそう思ったのだが、則美は不満そうに目線を強めて頬を膨らませた。


「茉莉香はアイドルの何たるかを全く分かってないよね。昨日も石膏ボーイズ様に失礼な態度ばかり取っていたし。だから、学校に着く前にあたしが教えてあげないといけないと思ったのよ」

「ええー」


 失礼なのは自分か石膏ボーイズかはたまた他の誰かだったか。

 自分だけではないと茉莉香は思ったが、則美は思わなかったようだ。

 一方的に茉莉香が悪いと決めつけていた。

 茉莉香はどうしようかと思ったが、その時後ろでドアが開いた。

 弟が見慣れた包みを持って顔を出した。


「姉ちゃん、良かった、まだここにいた。弁当忘れてるぞ」

「ああうん」


 どうやら石膏ボーイズの世話をすることに気を取られていて忘れてしまっていたようだ。

 茉莉香は受け取り、弟は前にいる人物に気が付いたようだ。その顔が赤くなって口を噤んでしまった。

 則美は笑顔になった。茉莉香の久しぶりに見る彼女のアイドルスマイルだった。

 朝からきらめくようなオーラをまき散らしながら、彼女は声を掛ける。


「おはよう、孝二君」

「お、おはようございます。ノリミーさん。今日はどうしてここへ」

「お姉さんと今回学校にいらしたアイドルグループのことで話があって来たのよ。お姉さんを連れていくわね」

「は、はい。どうぞごゆっくり」


 弟は思春期の少年特有の照れと戸惑いを見せながらドアを閉めて引っ込んだ。

 見届けて則美は笑顔を引っ込めて自慢げな顔になった。


「見た? 茉莉香。これがアイドルとそれを応援する人の態度というものよ」


 どうでもいいけど、うちの弟で遊ぶのは止めて欲しかった。


 

 登校の途中、則美からアイドルについての話をたっぷり聞かされてしまった。

 則美は基本的に石膏ボーイズ以外のアイドルを見下しているが、アイドルというものの役割や社会的な立場というものはとても尊重しているらしい。

 だからこそ憧れと同時に不満もあるのだろうが。

 茉莉香にとってはマニアの意見など情報過多なので適当に受け流すことにする。則美は話しているだけで楽しそうだった。

 やっぱり則美はアイドルのことを話している時が一番輝いて見える。

 そんな彼女に茉莉香は気になったことを訊いてみた。


「アイドルが凄いのは分かったけどさ。則美はもうアイドルを目指す気はないの?」

「うーん、あれほど凄い人達を見てしまうとね。自信無くしちゃうなあ」


 輝くノリミーさんが柄にもなく落ち込んでおられる。

 そんなに凄いんだろうか石膏ボーイズ。茉莉香にはとてもそうは見えないけれど。


「わたしは則美のこともアイドルだって応援しているから」


 ついそんな言葉が口をついて出てしまう。


「ありがとう」


 素直な礼の言葉に胸が高鳴ってしまう。

 この感情は何だろう。

 茉莉香は空を見上げることにした。

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