第2話 アイドル達を迎えよう

「わたしはアイドル達を迎えるはずだった。ところがやって来たのは石膏像だった。何を言っているのか分からないと思うが、わたしにもよく分からない……」

「ほら、茉莉香君。君の仕事だよ。彼らを台車に乗せてエスコートして」


 茉莉香の精神がその場から現実逃避を計ろうとしていると、校長先生の促す声と肩叩きで呼び戻された。

 茉莉香の前、開かれたトラックの荷台には石膏像が同じような顔をして並んでいる。何だか睨まれていると思った。

 茉莉香は泣きそうな目で校長先生の方を振り返る。


「でも、校長先生……彼らは石膏像ですよ」

「何を言うんだ、茉莉香君。彼らこそが今をときめくスーパーアイドル」

「「「「石膏ボーイズ!!!!」」」」

「…………ですよね」


 声を揃えて言われなくても分かっている。そもそもなぜ石膏像が喋るのだろう。

 分からないことだらけだが、もうなるようになれだ。

 茉莉香は考えることを止めて渋々とだが、自分の仕事をやることにした。

 もう両親や弟にあの学校一可愛いノリミーを破ってスーパーアイドルに近づける権利を手に入れたぞと自慢してしまったのだ。

 特に自分が則美に勝てるとは全く思っていなかった弟にはこれ見よがしに自慢しまくってしまったし、両親は生暖かい慈愛の目でエールを送ってくれた。

 近所にも拡散されたことだろう。今更あとに退けない。


「これも仕事だ。仕方ない」


 茉莉香は覚悟を決めて石膏像に手を伸ばす。

 その石膏像が喋る。


「優しくそーっと包み込むように下ろすんだぞ」

「はいはい」


 もう石膏像が喋ることを気にしない。気にしたら負けだ。そう思うことにする。

 石膏像はさらに喋ってくる。


「言っておくが絶対に落とすんじゃないぞ。絶対だからな」

「これはフリなんかじゃないよ」

「はい、分かってますよ」


 わたしはなぜ石膏像の言う事などを聞いているのだろう。

 そう思いながら、石膏像をどう持とうかと指を彷徨わせていると、すぐ横から細い手が割り込んできた。


「もう、茉莉香にやる気が無いならあたしがやるわよ」


 すぐ傍に慣れ親しんだノリミーの顔があった。

 ああ、この非現実的な光景の中で、知り合いがいるとは何と心強いのだろう。

 今ならもっとノリミーと仲良く出来そうな気がする。

 でも、現実は意識しないといけない。

 仕事を奪われるわけにはいかないのだ。


「駄目よ、ノリミー。これはわたしの仕事なのよ。もう決まってることなの」

「だって、あんた嫌そうだったじゃない」

「嫌でもやるのが仕事なの!」

「嫌ならあたしにやらせてよ!」

「だって、ノリミー、マイクより重い物を持ったことが無いんでしょ!」

「これから持つからいいのよ!」

「ああ、女子高生達が僕達を巡って争っている」

「僕達って罪だね」

「どうでもいいけど、ご飯食べたい」

「もう! 茉莉香の分からず屋!」

「分からず屋はどっちよ! あ」

「あ」

「「「「あ」」」」


 困ったことにノリミーの手に当たって、石膏像の一体が落ちてしまった。


「危なーーーい!」


 校長先生が叫ぶ。

 叫んだだけで動けたわけでは無かったが。

 黙ってスケッチブックにペンを走らせていた美術部員の里もその手を止めてちょっとびっくりしていた。

 みんなの見守る前で石膏像はごとりと気持ちの良い音を立てて地面に転がった。

 荷台に残された石膏像達が騒ぎ出す。


「メディチー!」

「メディチが逝ったー!」

「メディチが死んだぞー!」


 どうやら落ちた石膏像の名前はメディチというらしい。


「茉莉香、あたしどうしたら」


 則美が涙目になって茉莉香を見つめてくる。

 像は彼女の手に当たって落ちた。さすがの則美でも責任を感じているようだった。

 茉莉香にとっては石膏像の一体が落ちたぐらいで何だという気分だったが。壊れた様子も無い。


「ちょっと落としただけだし、これぐらい何とも無いって」


 わざと軽い調子で言うが、則美の強い視線に睨み付けられただけだった。


「何とも無いわけないでしょ。メディチ様はスーパーアイドルなのよ!」

「スーパーアイドルね」


 もうこんな面倒なことになるぐらいなら、則美にスーパーアイドルになってもらってた方がずっと楽だったかもしれない。

 そう思っていると、校長先生が歩み寄ってきた。

 彼は大人びたしっかりとした顔と声で則美に言った。


「こうなったらもう体で払ってもらうしかないね」

「え……」


 絶句する則美。そりゃ驚くだろう。

 茉莉香は軽蔑の眼差しを校長先生に送った。


「校長先生はもう喋らないでください」

「え? 何で」

「それで許されるのなら」

「もう! ノリミーは脱がないでー!」


 何でわたしがノリミーを庇わないといけないのか。

 彼女は敵で、いけ好かない奴だったはずなのに。

 それもこれも落ちた石膏像が悪い。

 茉莉香は足元に転がっている石膏像に目を下ろした。


「もう! メディチさんはいつまでもそこに転がってないで起きてください!」

「やだよ。パンツ見てるのに」

「…………」


 茉莉香の中で何かが切れた。足を振り上げ、下ろす。


「もう、お前は死ねー! 死ねー!」

「うひょおおお!」


 壊してはいけないという意識が命中を避けさせる。

 上がる土煙の中でメディチは転がっていた。

 暴れる茉莉香を則美が背後から羽交い絞めにして止めようとする。


「茉莉香、駄目よ! アイドルは顔が命なのよ!」

「離してノリミー! こいつ殺せない!」

「これが青春か」


 その光景を校長先生は落ち着いた大人の顔で見つめ。


「やはり石膏像は絵になるわ」


 美術部員は黙々とスケッチブックにペンを走らせる。

 トラックの荷台に乗ったスーパーアイドル達は、


「いいぞ、やれやれー!」

「メディチ逃げろー!」

「ひゅうひゅう!」


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