壺中天
久保田弥代
――壷中天――
奇妙な
高さは
形だけなら、
蓋が在る
だが骨壺に把手が付いている
家に帰ると、
玄関の
「お出掛けなさるおつもりでしたら、予め言って
書斎は、蒸し暑かった。
窓を開け放して出れば良かったかとも一瞬考えたが、窓を開け放して外出は出来ぬ。近頃、
とまれ、部屋の暑さには閉口した。
窓と戸を開け放した。
奇妙な壷だ。
何の壷だろうか。
書き掛けの原稿も気になるが、
十時になっていた。
何に使う事にするか。
しかしどうしてか把手は付いている。
不思議な壷だ。
不思議な壷と言えば、確か
私はくすくすと嗤った。
ふと思い立ち、壷を高く
……。
虫が、
* * * *
壷は、まだ書斎に
結局の
置物の鏡の様な存在である。何しろあの日以来、一度も手を触れてさえいないのである。
そしてどれ程の時が
時計を見た。
廊下がみしりと鳴った。
誰であろう?
妻ではない。一緒になって
「叔父さん、ご本を書いてらっしゃるの?」
「うん、まあ、そうだよ」
本ではなく本に
からかわれたと思ったのかも知れぬ。
姪から目を
「叔父さん、
「……何だね」
「
「ええ?」
姪は目を大きく
姪は
「
姪はそう言った。どう
「あっ、御菓子!」
私は
壷は
私は壷を
風が、
――声がしない。
虫が鳴かない。
窓の外の光景は止まっている。風が無い。木々の
止まっている。
喪失感――此の喪失感。そうなのか。
私は、世界を
夢想が、空想が、目の前に在る。
在るのだ。
だから現実は此処には無い。
無い。
世界は壷に封じられた。
壷の中の魔物に。
魔界に閉じ込められたのだ。
否、其れは世界か?
私の方が魔界に
では此処に居る私は何者だ。
私、
私こそ、一体何者なのだ。
私こそが異物か。
狩られるべき異端か。
あるいは壷が。
壷。
壷は壷ではなかった。
白い、
蓋が、
ぬめるように、
輝いて、
あの蓋を開ければ、
――取り戻さねば
* * * *
「あなた、干菓子の代わりをお持ちしましたよ。あなた、……開けますわよ」
……。
「あら、散歩にでもお出掛けかしら。……まあ其れなら善いわ。又あの壷に入れて於けば、文さんに呉れた位なのだから、菓子が在る事位、直ぐに気付くでしょう。……本当、此れは入れた物が温まらなくて、菓子入れに丁度良い事。茶の間に置かせて呉れない物かしら……」
……。
「……嫌だ、柱時計が止まっているわ。又、おかしくなったのね。此の前修繕に出した時にも、そろそろ寿命だと言われたんだったわ、すっかり忘れてた……あの人に、言って於いたかしら……?」
……。
「でも……」
……。
「どうしたのかしら……」
……い。
「珍しいわ、窓を開け放して……あら煙草も吸いかけ。……眼鏡まで置き放して、一体何処へ行かれたのかしら……」
……おぉい。
《 了 》
壺中天 久保田弥代 @plummet_846
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