◆10

 背後から息を呑む音が聞こえた。

 楽しげに振り返れば、そこには、きっと困惑しているのだろう、一丁前に人間のように眉根を寄せた狼の顔がある。

 

「あなたの嫌がる顔が好き」


 作り笑いでは出来ない優しい笑顔に、ウルは牙をむき出しにした。


「怒った顔も、好き」


「……それだけの為に、今まで、三人も殺したのか」


 その問いに「ええ、あなたに殺させたの」と答える銀の双眸は面白そうに細められている。


「だからあんたには何もないんだ」


 ウルの拳が固く握り締められる。

 ルチルはゆっくりとその拳を手に取り、「あるわよ」と呟いた。


「何もなくなんかないわ。あなたが居るもの」


 真剣にそう言ってみせれば、ウルは困ったように背を丸める。


「あの見世物小屋から出られれば、もっと人間らしい生活が出来ると思った。けどそれは間違ってた。あんたは俺を化物に仕立て上げるばかりだ。俺はあんたが、嫌いだ」


 本日二度目の爆弾発言に、ルチルは今度こそ口をへの字にした。

 『化け物』は良くても、流石に『嫌いだ』と言われると、なんとなく心に障る。


「――そう言っても、あなたがあたしの従者なのは一生変わらないのに」


 少なくとも、自分はウルを嫌っていない。

 気に入っている対象に嫌われる事は、幼い女の子にとっては大問題なのだ。

 そんな胸中を知ってか知らずか、ウルは「それはもう諦めてる」と馬鹿正直に応える。


 自分が憎まれている事は、ウルの態度を見ていれば簡単に想像できた。

 しかし、言葉に出されると少々堪える。


 俯き口を固めてしまったルチルの顔は、どう見ても拗ねている子供のソレで。


「……だから、俺は、あんたを人間にしたいと思うんだけど」


 顔が、弾かれたように上った。

 目の前の、自分を嫌いだと言う従者はこちらから少し顔を背け、表情が見られないようにはしていたが、バツ悪く下げられた髭が彼の感情を物語っている。


「俺はあんたみたいな性悪に、遣える気はない。けど、あんたは俺がいいって言う。なら、あんたが変わるしかないって思うんだけど」


 そわそわと揺れる尾に、ウルの動揺が見て取れた。


 それがなんだか可笑しくて、ルチルは小さく吹き出してしまう。


「あなたって、とっても変なヒトなのね」

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