美女の野獣

琴あるむ

◆1

――なんて情けのない声。


 秋の朝空に、いつまでもぽっかりと残っている月のような銀色の瞳を、ルチルは不快に細める。


「ほら、鳴け、鳴くんだ!」


 観衆の笑いや囁き、気味が悪いと蔑むその中心にある、小さな四角い檻の中で、彼は鳴いていた。


 黒と白の毛に覆われた身体。

 手足には錆びた枷が嵌められている。

 人間の倍は裂けた口とそこから覗く、黄色く変色した小さな牙。

 大きな黒い鼻。満月色の眼。


 四つんばいになる姿は狼の子供そのものなのだが、どことなく、山にいるソレらとは様子が違う。

 毛や爪が生えていても、手の形や骨格が、人間と同じなのだ。


 観衆側に立つ男が、笑っているのか怒っているのか分からない曖昧な笑みを浮べた。


「どうですか、皆様! こちらは世にも珍しい、狼と人間の混種、狼人間です! 立って歩く事も出来ればお手玉も出来ますし、化け物の分際で、寝台で寝ようともします!」


 と、男が織り交ぜたジョークに観衆がどっと沸く。

 ルチルの右隣に座る父親も、下卑た笑い声を上げていた。


「国王様。気に入られたのならば、すぐにでも城へ献上させますが」


 父親の隣に立つ男が、父親に言った。


「愚かな。あのような化け物、城に置いておけるものか。正気の沙汰ではない」


 愚かなのは自ら好んで見世物小屋へ来るお前だ、とルチルは冷ややかな目を向ける。

 檻の中からは「オウオウオ~ウ」と、吠えているのか鳴いているのかも分からない狼の声。


 何もかもが不快だった。

 中でも特に気に入らないのは、全てを諦めたかのような感情を宿す、金色の眼だ。

 

 そうよ、あんたもあたしも、強者に縛られて生きてくしかないのよ。

 諦めなければ。


 それはまるで、悪王の娘になった自分に向けて言っているような。


 ふと、ルチルの目と狼の眼が合った。


 どうせあんたも、ふんじばられて死んでいくんでしょう?


 通じるはずもないだろうが、ルチルは嘲るように目を細めた。


 すると力を失っていたはずの眼に金色の炎が宿った。


 その輝く満月に、どうしようもなく惹かれてしまう。

「いつかここにいる全ての人間を噛み殺してやる」

 そう決心しているかのような気がしたから。


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