第九話 「そろそろ限界かもしれないわね」 二
「うん、まあ、そうかな」
私はそう言いながら苦笑した。駅前から少し離れたところにある個人経営の書店なんて、初売りをやっても大してお客さんは来ない。
昔からのお馴染みさんが同じようなテレビ放送に飽きて、なんとなくやって来るぐらいなものであるから、仙台市内のような戦争状態にはならない。
加奈ちゃんも別にその話題に思い入れがあったわけではなかったらしく、話は別の話題に移った。
「ところでさ、美代ちゃんが初詣の時に会った宮城第一高校の子は、結局何が聞きたかったの?」
というより、どうもこちらの話題のほうが本命臭い。
「それなんだけどね――」
私は思い出して眉を顰める。
*
北条さんの登場で、場が一気に和やかになっていたところに、当の北条さんが爆弾を投下した。
「ところで岸谷、どうしてお前がここにいる? 竹駒神社の時から阿部さんを追かけているのか?」
「やめてくださいよ、先輩。それじゃあまるで僕がストーカーみたいじゃないですか。ただの偶然ですよ」
岸谷君は軽く顔をしかめながら、やんわりとした声で明確に否定した。
「ふうん。だってお前、あの時ものすごく阿部さんのことを気にしていたじゃないか」
「だから、言い方が不十分ですよ。僕はあの時、阿部さんの離れが凄いといっただけじゃありませんか」
「お前がそんなことを言うこと自体、珍しいんだよ」
「仕方ないでしょう。それだけ凄かったんだから。あんな見事な離れは今まで見たことがないんです、僕は」
私を置き去りにして私の話をされている上に、なんだか最大級の褒め言葉まで頂いていることに耐えられなくなった私は、
「あのう、どういうことでしょうか……」
と、顔を赤くしながら口を挟む。
途端に、岸谷君も自分が本人を目の前にして褒めちぎっていたことに気がついたらしく、
「あ、あの、いえ、そういうことでして。どういうことかというとですね、その、奉納大会の最後の一射がとても素晴らしかったものですから――」
完全に舞い上がってしまった。つられて私まで舞い上がる。
「ええと、あの、有り難うございます。そうなんですか? 私、自分ではよく分かっていなくて」
「いや、凄かったんです、本当に。だからですね、あの時、どんなことを考えながら弓を引いていたのかなと思いまして」
「あ、ごめんなさい。それは、別に――別に何も考えていませんでした」
途端に岸谷君が硬直した。
「あの、私、何か不味いことでも言いましたか?」
「あの、今『別に何も考えていなかった』とおっしゃいましたか?」
「あの、はい。言いました」
「うーん」
そして、岸谷君は腕を組んで考え込んでしまった。
その様子を北条さんはにこにこしながら眺めている。
「阿部さん、変な後輩の変な話につき合わせてすみませんでした。お参りの途中ですよね。引き止めてしまってすみません。それから――」
北条さんは私の後ろのほうを眺める。
「いろいろ後が大変そうですね。そっちもすみません。先に謝っておきます」
「へっ?」
私は思わず変な声を出してしまった。咄嗟に北条さんが何を言っているのか分からなかったからだ。
慌てて後ろを振り向くと――そこには五人の乙女が期待に瞳を輝かせている。
「うわ、北条さん、また今年も宜しくお願いします。岸谷さん、御神籤の件、有り難うございました」
私は焦って加奈ちゃんたちのところに戻る。
*
その後姿を見送りながら、岸谷は元のぼんやりとした彼に戻っていた。
「北条先輩」
「どうした岸谷、何か分かったのか」
「いえ、逆です。分からなくなりました。練習した結果があの射ならば分かります。でも、彼女は別に何も考えていなかったと言った。何者ですか、彼女は?」
「そうだなあ――」
北条はにこやな表情のままだったが、目の奥が笑っていない。
「――魔女が見込んだ最高の素質を持つ魔女の卵、かな」
岸谷は思わず北条のほうを見た。
「北条先輩――自分で言ってて恥ずかしくないですか、その台詞」
*
「ごめんなさい、お待たせしました」
「いえいえ、もう少しお待ちしても良かったのですわよ」
早苗ちゃんがおかしな言葉遣いで、怖い笑みを浮かべる。
「それで美代ちゃん、彼はいったいどういう関係なのかな」
加奈ちゃんがわざとらしいあどけなさを装って訊ねる。
「あの子、竹駒神社の大会で西條先輩が順位決定戦をやってた時、美代ちゃんをじっと見つめていた男の子二人組の片方だよね」
かおりちゃんが年の初めから最大級の爆弾を投下する。しかも、主体が違っていることを訂正する暇もない。
理穂ちゃん、早苗ちゃん、加奈ちゃんの声が揃った。
「「「神様のご加護かよ!!」」」
いえ、お待ち下さい、皆様。
私にとってはどちらかというと、御神籤のお告げ通りのような気が――
Q.D.B. 第二章 新たな段階へ 阿井上夫 @Aiueo
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