こないだ、ヤンデレに関する思いの丈をぶちまけた。
とりあえずでキャラ病ませるのやめようぜ?
https://kakuyomu.jp/works/16818093075003657062 本文の序盤に書いてある通り、ヤンデレというジャンルは好きであるし、ちゃんとキャラを描ける人はスゴいと思う。
ただそのまま享受するには違和感があって、それを記したものだ。
ヤンデレという属性は良くも悪くも主張が強い。トッピング「にんにく」だ。ある程度の知名度があり、特有の猛烈な引力もある。
だが、食べているこちらですら「これ以上はヤバいのでは……?」と思ってしまうことがある。それがタイトルに書いた「かわいそうだろうが。」の真意だった。
属性がキャラを上書きしてしまう。キャラの過程や性格がすべて無視され、刺激をもたらす道具になってしまうというか。
これはヤンデレに限らない。
サイコパスもそうだし、奴隷少女もそうだし、チート能力もそう。これらの共通項はすべて「状態」であるという点だ。
ツンデレやクーデレといった個人の性格由来のものでなく、外部的に与えられたもの。「(普通ならダメだけど)そういう行為をしていい」という「免罪符」としての属性。
だから、ヤンデレやサイコパスは人を傷つけてもいいし、奴隷少女は主人となった青年にべったりだし、チート能力は常識をぶっ壊していい。過程も伏線もなく、最初からやって良い。(が、そのために他の全てを捨てさせられたとも言える)
そういうことになっている。そういう需要がある。
何度も繰り返すが、俺はそんな属性が好きだし、それを与えてくれる作者の方々に深く感謝したい。
でもそれらはいわばスパイスだったはずなのだ。
だから、時折、俺は何しにここに来たんだって思う時がある。ラーメンを食べるはずがスパイスを貪り食っているような気がしてくる。
ヤンデレを味わう時、俺はキャラの中身を見ていない。俺はそのキャラの情報を味わっているだけだ。
一つの用途のためだけのキャラとは、なんとも罪深さを覚える。
が、人気が出るのも頷けるし、自分も没頭している……