That's lifeという言い回しがある。日本語にすると「しょうがない」にあたるらしい。
肩をすくめながら、ため息をつきながら、はたまた苦笑いしつつ「That's life」と話す。
それが人生。
この言い回しは各国で見られる。フランスでは「セラヴィ」になるし、アフリカだと「ドゥニア」(この世、世界)になる。
人生がままならない認識は世界共通らしい。
カート・ヴォネガットの代表作「スローターハウス5」でも、そういうものだ(so it goes)という表現が百回を超えて繰り返される。
同作は彼自身が過去に経験した捕虜の立場、またはドレスデン爆撃の体験が大きく影響している。
体験から二十年近くを練り直しに充て、作品としてブラッシュアップし続けた。世界的ヒット作となったが、彼は「割に合わない」と返している。
割に合うとか合わないとか、そういう次元の話ではなかったのだろう。
人生について考えると疲れる。コスパもタイパも悪い。
スタートからゴールへと走っていたい(少なくとも走った感は出したい)わけで、そこで延々とじっと立ったまま、スタートがどうだのゴールがどうだの、そもそも競争がどうだの……なんて、こう書くだけで嫌になる。
長々と考えた挙句、自分の無力さや虚しさを噛みしめるだけだと分かってるから、尚のこと嫌になる。
「それもまた人生」と言われたら、返す言葉もないのだけれども。