家で仕事をするようになって結構経ちますが、それでも3、4日に一度出かけるようにしています。7キロほど離れた繁華街にある喫茶店さんまで行き、季節問わずアイスコーヒーを頼んで仕事をする。出かけることのメリットはまさに出かけるというだけで気分転換になる点ですね。デメリットは結局仕事しかしていないので別に心身共休まらない――溜まり込んだ疲弊はもれなく残留――という点。カフェなどで執筆されておられる方も多いのではないかなと思うのですが、体力と気力は意外に損なわれるものですからご注意くださいね。わたくしと同じように年波を感じられている方は特に……
さて、今月は残暑に効く本格ミステリーをテーマに4作品を選ばせていただきました。夜まで抜けない暑さには気持ちを昂ぶらせるより静めるほうが対抗しやすいですから。4作4様の緊迫と切迫で心身に思索の涼を吹き込んでいただけましたら。何卒よろしくお願いいたします。
幸引ロンドは娘のメライとバルカのふたりを連れ、国際指名手配されて行方知れずとなった妻を探していた。各国で起こる妻が犯人かも知れない事件を追う父娘は、その事件関係者に力を貸し、解決へと導いていく――妻が犯人ではないことが知れた途端、事件から手を引くことを条件にして。
幸引一家の職業は探偵ならぬ事件コンサルタント。そう、解決へ導くだけで、解決そのものは仕事ではない、そこが肝なのです。いやいやミステリーで事件解決しないお話が成り立つものかと私も始めは思っておりました。成り立つのですよねぇ。ロンドさんや娘さんたちの鋭い推理と芯の太い論理が依頼者を解決の直前まで誘えばこそ。
そして解決まで語られない物語は、地の文と台詞とが溶け合う実に個性的な文章構造と相まって、本格ミステリーが本来持つ峻厳さをふうわりと和らげます。このやわらかさが読者の心になんとも言えない余韻をもたらしてくれるわけですね。
個性、ドラマ性、ストーリー、まとめて楽しめる新感覚なミステリー作品です。
(「残暑に効く本格ミステリー」4選/文=髙橋剛)
「僕って、優しいんですよ」。自分は人を殺してしまったと渋谷警察署へ自首してきた志村卓也はそうと語ったものだ。彼の言動は常識外れであり、刑事たちは困惑するよりなかったが……彼が関与したものと思われる殺人事件現場へ向かった刑事がその有様に感じた違和感をきっかけに、彼らは志村卓也というサイコパスと真に向き合わされるのだ。
人間の浮き彫りかた、真っ先に目を奪われたのはそれでした。
プロローグが憎いほど効いているのですよね。ひとりの少年――実は彼が卓也さんであるかは不明なのですが――の異常性を細やかに解き、濃やかに説くことで、美しく澄んでいながら歪み果てた有り様を明かして証す。だからこそですよ。本章で卓也さんが発する第一声からその異常性で読者の目を奪うのは。
そして彼の異常性は真っ当な刑事たちによってより明確化されていきます。その致命的なズレが本編の中でさらに際立てられ、あげく解くべき謎が煙に巻かれていくこの構成、本当に凄まじい。
とにもかくにも卓也さんに目を奪われてしまうサイコミステリー、ぜひご一読を!
(「残暑に効く本格ミステリー」4選/文=髙橋剛)
“私は殺された。本当の真実を暴いてほしい”。ニューヨーク市警に届いたその手紙の差出人は5日前に水死したエドワード・アシュクロフト。しかしてこの事件を追うこととなった刑事ネイサン・カーターは、馴染みのカフェで奇妙な若者ジャスパー・ハロウェイに出遭い、告げられたのだ。「今日の午後2時頃、ウェスト47丁目を歩くと、あなたは死ぬ」。
被害者が死後に書いたと思しき手紙から始まる事件は予言により、まさに出鼻の部分でねじ曲がります。死者の言葉というミステリー的な謎へ思わぬ角度から思わぬ不思議が混入され、産み落とされる混沌! こうした仕掛けは普通なら飛び道具で終わるところですが、本作は違います。不思議を担うジャスパーさんが自身の抱える秘密を隠さず明かし、謎を追うネイサンさんはそれを真っ向から受け止め助力を乞う。主要人物ふたりも構成ももったいぶっていないんですよ。だからこそ、どれほど転じようとふたりと物語とは真相へ向けてまっすぐ進んでいくのですね。
さて、肝心の顛末ですが――こちらはどうぞ本編でお楽しみあれ。
(「残暑に効く本格ミステリー」4選/文=髙橋剛)
この世界では死者が24時間の間話すことができる。しかも意図的に嘘がつけないという不文律つきで。“警視庁死後証言捜査室”はそんな死者の言葉を聞き取り事件や裁判の証言を得る部署であり、聴取官として捜査室に勤務する御影冬花は「生者は嘘をつく。死者だけが真実を話す」を信条に職務へ当たっていたが……
少し不思議な設定を敷いたこの物語、ひと言で表すならば「対峙」の一作と言えましょう。
死者と対峙した冬花さんはすなわち死者の言葉と対峙することとなります。それは会話劇として綴られるわけなのですが、前提として死者は嘘がつけない。でも、主観である以上は剥き出したからといって真実であるかは知れない。冬花さんの信条は揺るぎないもののように見えてその実酷く脆いものです。でも、彼女はそれをしかと理解していて、故に死者と対峙し続けている。この事実がわかると会話劇に映されたものの真価が見えて、ぐっと作品に惹き込まれてしまうのですよ。
剥き出されることで包み隠される嘘のない言葉。それが語り切られる最終話で見出される真実とは?
(「残暑に効く本格ミステリー」4選/文=髙橋剛)