今月から先月の倍くらい忙しくなりました! 故にかなり深刻に追い詰められつつある在宅ワークおじさんのわたくしですが、みなさまは健やかにお過ごしいただけておりましょうか? どうかわたくしの分まで愉快に暮らしてくださいませね……
なんてことはさておいて。今回も「下読みが平身低頭してお願いするご留意いただきたいポイント」のお話をば。
地の文を置かずに複数キャラのセリフを連ねるタイプの会話劇、とても流行しておりますね。ここでぜひともご確認いただきたいのは、「キャラ名が明記されない状態できちんと誰がしゃべっているかを示せているか?」、そして「地の文を使って説明と描写をしないだけの意味が会話だけで表せているか?」の2点です。
すべてを完璧に理解している作者さんと違い、読む側の理解度は大きく劣ります。ですので初見の他人でも見分けられるキャラ立てができているか、そのチェックは必須です。
そして会話劇がただしゃべっているだけになっていないかも重要です。賑やかな感じが出せる会話劇ですが、油断した途端、内容がない虚無の塊と成り果ててしまいますから。キャラ同士の関係性を示すだとか状況に対してその人ならではの反応を見せるだとか、とにかくそこへ加わったキャラのなにかを表せるよう考えてください。そこで尽くしてくださった死力の量こそが、モブ悪役よろしく擦れきった下読みのハートをノックアウトします故ね。
はい! お願いも無事済みましたので、今月の新作レビュー行ってみましょうー。
激務明けの深夜2時、警察官の“俺”は空腹を抱えてコンビニへと向かう。と、たまに見かける人――真冬だというのにアイスを買っていく女性がいて。彼はつい彼女と同じアイスを買ってしまう。特にしたいこともなりたいものもない、これからもただ続いていくだけの毎日がほんの少し変わるかもしれない。そんな期待を抱きながら。
おふたりの書き手さんによって綴られるひとつのお話、その“俺”こと赤城さんパートがこちら。高卒で警察官になって8年、26歳という年齢よりも仕事歴的に若いと言い切れなくなりつつある年代の無力感、噛み締めさせられますよねぇ。
リアルの重みあればこそ、ささやかなきっかけがこの上なく際立ちます。胸の奥底に積み重ねられてきた靄めきが爆発し、それが小さな一歩という形を得る。ここです! 転機が正しく物語を加速させている構成の妙、わたくしここにこそ注目していただきたいのです!
ふたりの行方はもちろんですが。各話でアイスが務める役どころもお見逃しなくー!
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
深夜2時のコンビニ、同じアイスを手にした眼鏡男はコンビニのアイス売り場でよく見る人だった。ともあれ一人暮らしの部屋へ帰ってきた彼女は自身のことを思い起こす。ヤングケアラーとして追い立てられた半生と、自由となった後も目標を持てずにただ生きている現状を。そんな中、ふと思うのだ。彼にアイスがどんな存在か訊いてみようか。
前述の“俺”さん視点の奇数回に対し、こちらは件の女性である“私”、江崎さんパートです。
祖母の介護を必死でこなすよりなかった学生時代を経て、なんの余裕もないまま手で憶えた介護の道へ逃げ込んだ彼女。26歳になっても現状を変えられなくて。
“私”さんは凄まじいまでの脱力感に苛まれ、前へ進めずにいる人。綴られるその重い心情は本当に細やかで、濃やかで。それが際立たせるのですよね。ふと思い立った彼女の一歩の大きさを。静もよし、動もよしなキャラの完成度、ここに注目ですよ!
ストーリーも大きく動き出した本作、ぜひ追いかけていただきたく!
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
「付き合ってください。」駅の改札前、長谷川蛍は秋山湊人へ唐突に告白した。そうして付き合うことになったのだが、自分から告白したはずの蛍は湊人に対してどうにも煮え切らない。親友の萩野唯華にツッコまれた彼女は湊人とデートへ行くことにしたのだが……その最中、湊人が涙を流し始めて。ついにふたりが胸に秘めていた真実が明かされる。
唐突な告白から始まる冒頭はキャッチーで、この後の盛り上がりを予感させるわけですが! 裏切られますよ、いい方向に!
告白したきり彼氏放置気味な蛍さんとデート中に泣き出す湊人くん、物語が進行してふたりの心情がつまびらかになるにつれ蛍さんの「好き」から始まった物語が思いがけない方向へ転がります。そして辿り着くのですよ、ある意味真逆のエンディングへ。そこでふたりが見せる剥き出しの心情、これが実に読者の心を滅茶苦茶に掻き毟ってくれるわけです!
思春期ならではな残酷さと切なさを存分に吸収できる、ほろ苦くも瑞々しい恋愛劇です。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)
シャンプーマン。それは美容院を訪れるお客様の髪をカットするのでなく洗う、言わばアシスタントである。だがしかし! 主に新人が担うこの任を最高の誇りをもって請け負い、最高の技術をもって遂行する“わたし”がいた! これはシャンプーを極めんと日々務め、努める戦士の手記である。
シャンプーで指名が入るレベルの達人級シャンプーマンの奮闘記、“調子”がまさに絶妙なのですよ。歯切れのいい状況描写にからっとした心情描写を添えて、たんたんたん、畳みかけるように記された文章はまさに名調子!
しかもそれが一本調子じゃないのです。シャンプーへの尽きない情熱あり、シャンプーの重要性を誰より理解しているからこその苦しみや苛立ちあり、シャンプーを通して心を通わせたお客様との一幕あり……いろいろな角度からまるで焦点をずらすことなく語り上げられた「シャンプーマン」の姿、ハードボイルドみすら感じてしまいました。
理容院好きの方も、本作を読めば一度は美容院へ行ってみたくなること間違いなしですよ!
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)