先日将棋界では藤井聡太竜王名人が八冠を達成するという大ニュースが。つい数年前は新人だった若者が今では誰もが認める絶対王者に(まだ全然若者なのだけれど……)。
それと同様に最近カクヨムに発表されたばかりの新作が、数年後にはベストセラーとして書店に並んでいるというケースもあるのです。
そういったわけで今回は新作特集。虐げられたヒロインの壮絶な運命を描いたものから、勇者の死体を巡る殺し屋たちの争奪戦、歴史的事件を大胆に改編したSF、怪談を巡るWEBの反応をリアリティたっぷりに描いたホラーと様々なジャンルを取り揃えました。ひょっとすると次の大ヒット作がここから生まれるかもしれませんよ!

ピックアップ

虐げられた公爵令嬢の壮絶すぎる幸せへの道

  • ★★★ Excellent!!!

 ドアマットヒロイン。それはドアマットのように周囲から虐げられ踏みつけられてもじっと黙っているヒロインのことで、もともとは女性向け恋愛小説を扱うハーレクイン・ロマンスが発祥とのこと。

 本作のヒロイン、テッテリアもそんなドアマットヒロインの一人。公爵であるホーリーバリア家に生まれながら、家族からは過酷な仕事を押し付けられ、食事も粗末な物しか与えられず、風呂にも入れてもらえない。さらに学校への初登校の日にスラムの住人に襲われ死にかけるはめに。

 そんな彼女の状況を大きく変えるのが泡沫貴族の嫡男アギト・カラサワ。路地裏で倒れていたヒロインを助けるという、物語的にいかにも王子様ポジションな彼だが、その性格は非常に軽薄で、犯罪行為にもためらいがないというなかなかの問題児。しかし、このアギトとの出会いが、テッテリアに眠っていた恐ろしい才能と性格を目覚めさせる……。

「頑張って幸せになる話」というタイトルに偽りはないのだが、その頑張る内容は読者の想像を斜め上に超える過激なもの。これは虐げられたヒロインが素敵な王子様と出会って幸せになるシンデレラストーリー……という甘いお話ではなく、生まれ育った環境によって倫理観が壊れた少女が、世界そのものに反旗を翻す壮大な復讐劇にして歪な救済の物語なのだ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

バラバラになった勇者の遺体を巡り殺し屋たちがド派手に争う!

  • ★★★ Excellent!!!

魔王との戦いに勝利した勇者は王家に裏切られ暗殺されてしまう。その後勇者の遺体はバラバラにされてしまうが、その遺体の一つ一つには強大な力が秘められていた……時は流れ60年後、すっかり文明化された世界で、殺し屋、聖騎士、チンピラ、魔族……力を求めるあらゆる人々が《勇者の欠片》を求めて殺し合いを繰り広げる!

 勇者や魔王といういかにもファンタジー的な設定が根幹にあるが、作中の文明が現代日本と変わらないレベルまで発展している本作はそれに付け加えて車も銃も携帯電話も存在する。かくして描かれるのは剣に銃火器、魔法にカーアクションが入り乱れる独特のバトルアクション!

 これを演じるキャラクターも、勇者パーティの唯一の生き残りで、肉体は若いが中身は老人の暗殺者ヴァンダ、物腰は丁寧だが色々と無茶振りもする勇者の娘エレンシア、元車上荒らしでガトリングガンを搭載した改造バイクで標的を追いまわす夜盗ロクシー……といった具合に魅力的な曲者が次から次へと登場し、殺し合いの最中にもハリウッド映画の如く気の利いた会話を交わしていく姿がめちゃくちゃカッコいいのだ! バトルやアクション好きな人は是非ご一読を!


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

ありえたかもしれないもう一つのフランス革命がここに!

  • ★★★ Excellent!!!

ヴァレンヌ逃亡事件とは、フランス革命の最中にルイ16世と王妃マリー・アントワネットの一家がパリを脱出し、オーストリアへ逃亡しようとするもヴァレンヌで捕まってしまったという18世紀末に実際に起きた事件。

本作はそのルイ16世一家が捕まったのではなく見事に逃げおおせた世界を描いている。現実とは違うありえたかもしれない架空の歴史、まさにSFらしい題材だ。

しかし、本作のありえ方は一味違う。だってルイ16世が逃亡に使った馬に超蒸気機関を取り付けて、パリどころか太陽系から逃げ出しちゃうんだもの……。

宇宙には酸素がない、馬が光速を超えられるはずない、そもそも馬車は宇宙にはいけない。そんな科学的な問題を全て「気合が入っていたから大丈夫」で片付けるおそろしきストロングスタイル。そうしてケプラー138eに無事辿り着いたルイ御一行が第二のフランスを樹立するという壮大な与太話にげらげら笑っていると、突然読者に刃を突き付けてくる予想外のラスト。

 SFというジャンルの魅力は色々ありますが、個人的には、「とことん大風呂敷を広げてみせる」部分こそがSFの醍醐味だと思います。そして本作は決して長くない分量の中にセンスオブワンダーをみっちみちに詰め込んだ怪作。少し変わった小説が読みたいという人にはまちがいなくオススメな一作です。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

ある日Webに出現した怪談の正体は……

  • ★★★ Excellent!!!

オカルト系Webライターがブログに書き記した怪談『ミルナの怪』。本作はそれに対するWeb上の反応を時系列順にまとめたモキュメンタリー調のフィクションです。

まず、『ミルナの怪』の中に出てくる「違法アップロードされた動画の中に出現する幽霊」という設定がいかにも今風でいい。「私は違法動画を毎日見ています」とおおっぴらに言う人はいないでしょうが、「違法動画なんて一度も見たことありません」って断言できる人もなかなかいませんからね。そんな人間の小さな罪悪感を突いてくる設定が良い。

 ですが、本作の真骨頂は怪談を紹介した後に描かれる世間の反応。SNSではポジティブな形で話題になる一方で、匿名掲示板では怪談の内容だけでなく、ライターの素性まで調べられて叩かれるという落差。この両極端なネットの書き込みの描写がめっちゃ上手い。さらに言うなら、記事がバズったことでライターが調子に乗るそれっぽさも凄い。

こうした生々しいWeb上の書き込みを通して怪談の外堀を埋めていく構成が実に絶妙で、話が進むにつれて『ミルナの怪』に隠された真実が二転三転していく展開はミステリーのようでもあります。そして秘密が明らかになった後でもまだ残る不可解な物、それこそがホラーなのでしょう。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)