気がつけばもう年末ですよ! 今年を顧みれば「働いたわー」という言葉しか出てこないわたくしですが、来年末も同じように思えたらいいですねぇ。
 ……そういえば12月半ばから、通勤定期で喫茶店へ通うようになりました。定期が切れるまでの3ヶ月、自転車おじさんから電車おじさんとしてがんばりますよー。
 と、関係ない前置きはこのくらいにしまして。
 今月は『行く年と来る年と』をテーマにした4作をご紹介させていただきます。こうしてレビューを書かせていただきますと、やはり日本の「年末年始」には情感が詰まっているものだと再認識しますね。これは年が変わるという、穏やかなのに大きな「移ろい」があればこその感慨なのでしょう。
 みなさまもどうぞよい年末年始をお過ごしください。今年をしっかりと締めくくって、続く来年を力いっぱい生き抜かれるために!

ピックアップ

なんでもない寒さの奥からほろりと滲み出す、あたたかさ

  • ★★★ Excellent!!!

 名前と反して冬に散歩をするのが好きだという冬樹の先輩、春香。それがいいものだなんて思えないと否定するにはまず実行してみなければと思い立ち、冬樹は年の瀬の世へと出かけてみた。かくて意外な心地よさや思いがけない侘しさを感じる中、彼は散歩中の春香に出遭い、つい誘ってしまうのだ。「ところで、初詣、いっしょに行きませんか」。

 冬樹くんにとって春香さんはただの先輩じゃなく、なにより気になる女子です。冒頭の独白からそれが明示されていることで、読む側は彼女との出遭いに「来た!」と盛り上がらせられるわけですよ。この構成、絶妙ですねぇ。

 そして本作最大の魅力は、セリフがある意味で“トドメ”になっていることですね。冬樹くんのセリフには最小限の情報しかありません。でも、地の文で綴られる濃やかな心情があるからこそ、そのひと言はフィニッシュブロウさながらの極上な甘やかさを表すのです。

 さて、先輩後輩の関係は年を越えることでどのように変じるものか? ご自身の目でご確認いただきたく。

(「行く年と来る年と」4選/文=高橋 剛)

恋人が語り合うだけの、これ以上ない恋愛劇

  • ★★★ Excellent!!!

 大晦日の夜、美沙とその恋人である裕一は、ふたりで鍋をつつきながらとりとめない言葉を交わす。ふたりは話しながら時を過ごし、やがて年を越して。嫌な初夢を見たという裕一の話をきっかけに、美沙は新年の決意を表明するのだ。

 ちょっとラフな感じで弁が立つ裕一さんはツッコミ兼フリ担当、のんびりとした感覚派な美沙さんはボケ兼オチ担当。裕一さんが撃ち出す言葉の弾丸を美沙さんがふんわり曲げたりすかしたりして、それにまた裕一さんがツッコんでいく会話形式は、言うなれば練れた漫才の美しさがあって実にすばらしいのですよ。しかもふたりの強い関係性がセリフの真ん中から匂い立って、実に微笑ましい。

 ふたりを眺めているだけでほっこりするのですが——ラストがですね、最高! 美沙さんが導くオチには落語的なカタルシスがあって、「もうええわ」とぶった切らせない、なんとも心地よい余韻を魅せてくれるのです。

 できることなら炬燵でじっくり読んでいただきたい、愛と笑いに満ち満ちた一作です。

(「行く年と来る年と」4選/文=高橋 剛)

新年最初の時、気になる年下男子と過ごします

  • ★★★ Excellent!!!

 並み居る医者たちの誘いをもれなく断り続け、後輩から心配されている看護師長、千佳。そんな彼女が冬服を全部引っぱり出し、一着を選び抜いた果てに向かった先は——弟の友人である歳下男子、森下正樹との初詣だった。正樹へは友人以上の思いを感じている。彼との時間に思うところも多々あった。彼女は揺らぐ心の奥で、そっと決意する。

 気になる人というものは、恋人でも他人でもない存在ですね。だからこその距離感があって、千佳さんはあれこれと思い悩むわけです。

 師長さんといえばけして若い女子ではありませんし、それこそ相手が弟の友人ですし。本作はこのあたりの「微妙さ」がすごく濃やかに描かれていて、だからこそ彼女の今ひとつ踏み出しきれない心情がこの上なくリアル。言い換えるなら、切なさになりきれない心の靄めきとなりましょうか。その叙情、乙女心にビンと突き刺さります! ええ、わたくしはおじさんですけどね!

 ひとりの女性を等身大そのままに綴る恋愛未満劇、悶えるご用意を済ませてからお読みください。


(「行く年と来る年と」4選/文=高橋 剛)

ダメな奴だからダメな奴のダメじゃないところがわかるんだ

  • ★★★ Excellent!!!

 諸々あって2回も留年した末、なんとか卒業までこぎ着けた大学生の“俺”は、元同級生で現在ニートな友人、三好と『マイムクラフト』なるゲームを、あろうことか大晦日の夜に並んでプレイしている。唐突に我に返る彼。しかし状況が一変することはなく、彼と三好は自分を顧みて、薄暗い予感しかない先を思うのだが——その絶望は鮮やかに一変する!

 弱者男子がやるせない年末を過ごすだけのお話? ちがいます。ひと言で言ってしまえば最高の友情ドラマです!

 登場人物であるふたりは共に、自分がダメな奴だと自覚しています。大晦日というその年最後の特別な日だからこそ、ことさらに噛み締めるわけですね。その有様を綴るだけでもドラマになるところを、著者さんは転じるのですよ。自分のダメさに沈む三好くんを、“俺”くんが最悪なダメさを爆発させながら蹴り起こすという急展開で。

 ダメなのに熱い、熱いのにリリカルな読後感をくれる本作、きっと今年の心残りを抱えるあなたを許し、先へ向かわせてくれますよ!


(「行く年と来る年と」4選/文=高橋 剛)