幾度か触れておりますが、わたくし自転車おじさんなのです。
 今日も今日とて自転車で出動し、片道5〜7キロ先の喫茶店で仕事する。365日中350日くらいはそんな生活で、冬が来つつある今もそうしてノパソに諸々の原稿を打ち込んでいるわけですが——ふと気づいたのです。そういえば自転車をテーマにしたことなかったなぁと。
 というわけでっ! 今月のテーマは“自転車”ーっ!
 作品を拝見して選ばせていただいていると、あらためて思うものです。自転車というものは時に移動手段として、時に競うための道具として、時に小さなドラマが演じられる舞台として、いろいろな誰かの生活の中、当たり前に存在するもの。
 自転車に限らず、私たちの周りには同じように在るものがたくさんあります。そうしたものに目を向けてみると、当たり前なのに意外な物語が紡ぎ出されるきっかけが掴めるかもしれませんね。
 ……なにやら偉そうに語ってみましたが、置いておいて。ご紹介を始めさせていただきましょう。

ピックアップ

小さな矜持を全速力で突き抜いて、少女は先へと進む

  • ★★★ Excellent!!!

 やる気のない女子中学生・菜奈にはひとつだけ生きがいがあった。それは自転車通学タイムを少しでも縮めるという挑戦! しかしある日、彼女は見知らぬ黒自転車に抜かれてしまう。しかも同じ中学に通う女子にだ。自らの矜持を取り戻すため、菜奈はリベンジを誓う。

 人にはそれぞれ譲れないものがあるものです。菜奈さんの場合は“通学路最速の誇り”ですが、つまらない毎日というありふれた舞台の中で、見事に輝くのですよ。

 彼女が日々どれだけ努力しているかが端的に、しかし明確に浮き彫られていればこそ、読者もまたその価値と絶望とを理解できる。言い換えれば菜奈さんのキャラクター力がすばらしく高いからこそ納得できるのです。

 そして謎の女子——後に陸上部のエース飯田瑞希さんと知れます——とのバトルもまた、その超キャラ力によって絶妙な距離感を醸し出すのですよ。いいんですよねぇ、少女が張り合うバチバチ。

 本気の勝負を通して菜奈さんは変わります。顛末はどうぞ本編にてお確かめください!


(「駆れよバイシクル!」4選/文=高橋 剛)

あがいてもがいて振り絞り、真っ向勝負でチートをちぎる!

  • ★★★ Excellent!!!

 深山シロウは大学のロードレース競技で名を馳せていたが、勝負に疲れて休部し、競技から去っていた。そして今度はのんびり楽しもうと出場した市民レースで、チームDTAを名乗る者たちに完敗する。DTAはアマチュアレースでは検査されないドーピングで力を増しているらしい。ならば——ドーピングに頼ることなく、奴らを負かしてやろう。シロウと心あるレーサーたちはチームを組み、行動を開始した。

 コミックでも近年大きく盛り上がっているロードレース、その闇と光の対決を描いたお話です。

 おもしろいのは、悪役の行動に合理があって、ドーピングはあくまでルールの中での作戦であることを明確にしているところですね。その正論があればこそ、競技者の正義を貫かんとするシロウさんたちの意気が対比として、それ以上に一途な努力を最後に咲かせる美しさとして光る。少年マンガというジャンルが紡いできたカタルシスをど真ん中に決めてくれる気持ちよさ、最高です。

 細かなレース知識も満載な正々堂々のレースロマン。おすすめです!


(「駆れよバイシクル!」4選/文=高橋 剛)

自転車の後ろに宇宙人を乗せて、少年は夜に駆ける

  • ★★★ Excellent!!!

 高校に入学した新入生が割り当てられたクラスで自己紹介。予定調和で終わるはずだったその場で、佐伯なる女子はかましてのけた。「ピポピポ、ピポパポ」。以来、宇宙人と呼ばれるようになった彼女を高橋は怖れていた。しかし、あるとき思うのだ。知らないから怖いのだと。かくて帰宅する彼女を追った高橋は、意外な真実と遭遇する。

 まず注目したいのは、たった9文字で佐伯さんというキャラをこの上なく立てておられること。それは高橋君じゃなくても気になりますよねぇ。

 そして物語は佐伯さんの正体に迫っていくのですが、高橋君がまた華麗に翻弄される様がリアル! 作者の都合でなぜか心が通い合うようなことなく、高橋君は困ります。翻弄されて困ってわからなくて……惹かれる。

 さらには彼との交流の中で、ミステリアスなばかりだった佐伯さんが徐々に解(ほど)けて女の子になっていく様、これがものすごくドラマチック!

 クライマックスは高橋君と佐伯さんの自転車二人乗り。行き着くラストは——ご一読あれ!


(「駆れよバイシクル!」4選/文=高橋 剛)

先生は綺麗でかわいくて、それだけじゃなくて——僕は恋をした

  • ★★★ Excellent!!!

 口笛にはまった大学生・守山はもっとうまくなりたいと一念発起し、浅草の口笛教室へ通うことを決める。自転車を漕ぎ漕ぎ、いざ行ってみれば、先達は小学生に女子高生。そして先生は音大出の美しい女性で。「アキラ先生」という彼女との交流の中で、守山は彼女に惹かれていき、そしてやがて、彼女が抱えてきた傷と向き合うのだった。

 文字数で言うと短編ですが、内容の濃やかさに驚きます。舞台が設定ではなくドラマの起こる“場”としてしっかりと描写されているのもそうですし、そこに置かれた脇役さんたちが沈むことなく個性を押し出し、守山君やアキラ先生を動かす起爆剤として効いていて。構成とストーリー、どちらもお見事です。

 だからこそ、恋愛ものとしては淡くありながら煮え切らない感はありません。……これは凄いことですよ。恋愛は濃さでカタルシスを押し出すのが普通なのに、淡いまま満足させるなんて。筆力! まさに筆力ですねぇ。

 最後は小学生が持って行く浅草淡恋物語、実に趣深くておもしろいです!


(「駆れよバイシクル!」4選/文=高橋 剛)