やはり人間は真面目に生きるべきではありますが、だからこそお話の中ぐらい悪いことだって楽しみたい。というわけで今回は主人公や周りの人物が悪人ばかりの話をご紹介。死体を処理する父の仕事を手伝う高校生。自分の意志がなく偶然に任せて人を救うこともあれば虐殺もためらわない勇者。変わらない日常の中で精神を蝕まれていく男とそれを見守る謎の存在。森に迷い込んだ少女を容赦なく嬲り者にする魔女。
どの人物も倫理的には褒められた存在ではありませんが、社会の常識やルールを逸脱して生きる彼らの姿には何とも言い難い魅力があるものです。

ピックアップ

普段は高校生。バイトは死体の始末。

  • ★★★ Excellent!!!

掃除人、それは殺人の犠牲者の処理を専門に行う者のこと。血痕を綺麗に洗い流し、死体を解体して闇に葬り去る……本作の主人公・斉藤大志は高校に通う傍ら掃除人である父の仕事を手伝うという二重生活を送っていた。

ある日、日直の仕事をしていた彼は校内で何者かに殺された猫の死体を発見してしまう。それを平然とスルーする大志だったが、その翌日には彼の机の中にハムスターの死体が入れられる。その犯人はクラスメートの牧田で、彼女は大志が普通の人間ではないことに気付いて自分が人を殺すために彼に近づこうとしていたのだった……。

殺人者のために死体の処理をするというヤバい仕事をしていながら、仕事明けにバスケ部の朝練に普通に参加するという倫理観を完全にマヒさせた主人公に、寡黙で何を考えているのかわからない父親、昔から死に惹かれて自分でも人を殺したいと願い始める同級生、そして次々現れる依頼人のシリアルキラーたち……とにかく出て来るキャラがとことん強烈!

異常者たちの異常な言動に振り回されながらも彼らを冷静に見つめる大志の淡々とした語り口が特徴的で、描かれている内容はグロテスクなはずなのに、そこまで嫌悪を感じさせずに読者を引きこむ独特な力がある一作。


(「悪い人たちの物語」4選/文=柿崎 憲)

その勇者には世界を救う力も知恵もあった。ただ感情だけがなかった。

  • ★★★ Excellent!!!

異世界に勇者として召喚された一人の男。新たに降り立った地で、彼は自分を召喚した王族を拷問にかけて皆殺しにしてしまう。なぜか? それは空が晴れていたから……。

本作の主人公であるカゲイ・ソウジには生まれつき自分の意志というものがない。行動の指針は常に出会った相手の願いを叶えるか、それとも願いと正反対の行いをするかの二択。そしてどちらを選ぶかを常に偶然に任せて決めていた。相手の年齢が奇数か偶数か、コインの向きが表か裏か、空が晴れているか曇っているか……。

そんな危険な人間が勇者として強大な力を持ってしまったから、さあ大変。早速国を護ってほしいと頼まれたソウジは、偶然に従ってその願いの反対である国一つを滅ぼす大虐殺を行ってしまう。この出会った人間の願いと偶然の結果によって、命を懸けて人を守ることもあれば、親しくなった者を平然と殺すこともあるというソウジの独自のキャラクターが最大の魅力。偶然によって行動が左右されるために、彼が次にどのように動くのか全くわからないのだ。

またファンタジーのようでありながら、第二話では麻薬が蔓延る街で、彼と彼を追う者、そして街に暗躍する殺人鬼の戦いという、ミステリー要素を含んだ三つ巴の戦いが展開され、非常に読み応えあり!


(「悪い人たちの物語」4選/文=柿崎 憲)

今までとは違う新しい自分。それが本当に意味するは……。

  • ★★★ Excellent!!!

34年間生きてきて、友達もおらず、まともに社会性を築くこともできなかった主人公。ついに精神を病み始め、病院で入院することになるがそこで彼は医者からある薬の治験を勧められる。その薬を飲めばネガティブな性格を変えることができるという。薬の服用後、徐々に主人公の性格は改善されていき、職場に復帰する頃には同僚とも快活に話せるようになり、長年抱えてきたコンプレックスも克服し、やがて彼女もできる。しかし本人の自覚のないところでもっと大きな変化が起き始め……。

冴えない日常を送る主人公が病んでいく様子のディテールがとにかくリアルで読んでいるこちらまで憂鬱な気持ちになって引きずり落とされる劇薬のような作品。主人公がお前と呼びかけられる少し珍しい二人称形式で物語が進むのだが、途中で明らかになる語り手の正体にはゾッとさせられる。冒頭から主人公に浴びせられる冷酷な言葉の数々もちゃんと意味があるとわかるから恐ろしいという極上のサイコホラーだ。

また余談ではありますが、この小説を読んでからしばらくは爪切りを直視できなくなりました……。


(「悪い人たちの物語」4選/文=柿崎 憲)

哀れな少女と邪悪な魔女のひとときの物語

  • ★★★ Excellent!!!

森を訪れた少女を待ち受ける残酷な運命を、彼女の命を奪おうとする魔女の視点から描く短編。

的確な言葉と行動で少女を嬲るように選択肢を奪っていく深層の魔女が実に邪悪で良いキャラをしており、少女を追い詰める様子はどこか官能的な雰囲気も感じられる。

元々は同一タイトルで作品を描こうという企画の中の一作であり、同じタイトルの作品でも作品ごとにさまざまな魔女のキャラクターが登場したり、「毒を飲む」という言葉にいろいろな意味を持たせたりしているのだが、ここまで悪役に振り切った魔女も珍しければ、ストレートに毒薬を飲むというのも珍しい。少女を殺そうとしていたはずの魔女がなぜ毒を飲むかというのは読んでみてのお楽しみ。ラストで軽い捻りも加わっており、すっきり読める短編である。

本作が気に入った方は同タイトルの作品たちも読んで、同じタイトルでありながら各作者の調理の仕方を読み比べてみるのも楽しいかもしれない。


(「悪い人たちの物語」4選/文=柿崎 憲)