気温が下がってくるにつれ、近所の用水路(ライニング水路というそうです)に鴨の姿が増えてきます。夏には数羽単位だったのが、数十単位が縁のところにずらーっと並んでいる様を見ると、なんだか冬が近づいてますなーと実感いたします。
と、そんなこともありつつ。
今回はテーマを『季節』として、作品の背景に秋から冬にかけての季節を置いた4作を選ばせていただきました。
季節が醸し出すリリカルさ、そこへそれぞれの筆者さんの個性の彩りが乗っていて、実におもしろく、感慨深く拝読いたしましたよ。そのせいで各レビューのあらすじもちょっとリリカルになってるのはここだけの秘密ですがさておき。
作品の設定季節を秋から冬へ向けて並べさせていただきましたので(ちょっと怪しいですけども)、どうぞリリカル召し上がれ!

ピックアップ

火の金魚へくべられたものはいったい何だったのか?

  • ★★★ Excellent!!!

10月のある日。赤金楓は、空中を泳ぐ、火でできているらしい金魚を発見する。好奇心に駆られて追いかけた彼は、ふとした思いつきを実行することに。果たして相手に渡すつもりのない手紙を金魚へかざしてみると……手紙は燃えてなくなって。その日から同じように金魚を追って手紙を燃やすようになる彼だったが、それを親友である黄海梓に見つかってしまう。

まず、物語への入りがいいんですよねぇ。読者の目をふと引き止めておいて、そのまますらりと楓さんの心情へ入っていく。しかもその心情がまた、現実の光景とうまく折り重ねられているわけですよ! それは印象的な「例え」を表現するばかりでなく、読者へ物語の情景とその裏に潜められた含み――すなわちキャラクターが口にしない/口にできない思いをより明確に、より叙情的に思い描かせることにもなるのですね。短いお話ではあるのですが、実に濃やかで胸打たれまくります。

ファンタジーと人間ドラマが両立した読み応えありありな一作です。


(「季節、秋から冬へ」4選/文=髙橋 剛)

過ぎゆく秋の中、僕は彼女に訊いてみた――

  • ★★★ Excellent!!!

中学3年の青木健也は日課にしている夜のランニングの途中、同じクラスの沢元優美と出遭う。特に近しい仲でもなかったふたりだが、それをきっかけに言葉を交わすようになり、いっしょに走ることとなり、距離が近づいていって――健也は優美へ問うのだ。「秋と冬の境目って、どこにあると思う?」。

ささやかなきっかけから小さな結び目ができて、それが少しずつ大きく育っていく。これを見せるんじゃなく魅せるのは本当に難しいものです。さじ加減を微量に間違うだけで冗長やら単調やらに成り果てますから。

しかしこの作品はそれらに陥ることなく魅力的です。なぜか? 小さな起伏へ健也くんの心情(描写)が極大に効かされているからですよ!

心情というフィルターを通した景色は、その有り様によって形を変えるもの。そして健也くんの想いが重ねられたフィルター越しだからこそ、優美さんは最高に輝くのです。

青々しく香り立つ恋愛物語、すべての方と、特に体と心が寒い方へおすすめいたしますー。


(「季節、秋から冬へ」4選/文=髙橋 剛)

迷い込む魂とそれを迎え入れて送るものたち、その冬の情景

  • ★★★ Excellent!!!

鳥取県東端に位置する若桜町。まさに田舎と言うよりない町の中、わずかに賑わう駅の周辺区画に「和食処 若桜」はある。ただし、その店を切り盛りするのは人間ならず、料理上手な幽霊少女コンと神狐サナ。訪れる客はこの世に思いを残す亡霊たち。そしてコンは彼らの心を癒やす、最高の一品を振る舞うのだ。

若桜町といえば風光明媚が売りの地ですね。なのに棚田映える春秋ではなく、山野青く萌え立つ夏でもなく、あえて冬を選ばれたところに趣を感じますよねぇ。やわらかい筆で綴られていく物語なのですが、死というものにもたらされる確かな重さがある。それだからこそ、この冬の持つ絶対的な静やかさや、それでもやがて訪れる春への期待がいや増す感じもあって。

こうした重いテーマにそれだけじゃない“一条”を匂わせられること、まさに筆者さんのセンスですね。諸手を挙げて、高評価と好評価を贈らせていただきますよ。

冬であればこそのやさしい物語、あったかくしてご一読ください。


(「季節、秋から冬へ」4選/文=髙橋 剛)

そのささやかな出遭いは奇跡の出逢いだった

  • ★★★ Excellent!!!

佐倉幸介は高校生。サンタクロースなどとっくに信じてはいないのだが、しかし。冬の町で彼はミニスカサンタに出遭う。そしてプレゼントをもらうのだ。彼女――シャーロット・クロースがバイトで配っていたティッシュをひとつ。そんなささいな出来事から、幸介とシャーロットの物語は始まる。

まず目を惹かれたのは幸介くんのリアリティ。冷めてはいないけれど斜に構えていて、受け身だけど受けるばかりの状況に不満足。ありがちな男子高校生ならではな有様(ありさま)が容赦なく描き出されていて、「等身大」の主人公像が成立しています。

そして幸介くんがそうだからこそ、シャーロットさんとのあれこれや妹さんとのやりとりの中で動いていく心の有り様(ありよう)に引きつけられるんですよ。

さらには物語へ置かれた伏線がきっちり回収されるカタルシスもあって、まさに文字通りの大団円、最高に気持ちいいのです!

幸介くんへ贈られるクリスマスプレゼントの正体、どうぞみなさまの目でご確認をば。


(「季節、秋から冬へ」4選/文=髙橋 剛)