そろそろ春が来そうですね。社会人の方は年度末でおいそがしく、学生の方は次のステージへ向かうご準備でやっぱりおいそがしいですよね。わたくしというおじさんは、一年通して平日祝日時期状況問わず、ずーっと働いてますけども……。
――さておき! そんないそがしい時期なのに新規ご投稿作がたくさんあって、本当にありがたい限りです! ということでわたくしも気合を入れました。テーマはいつもどおりに「新しい出逢い」ということで、ぜひみなさまに出逢っていただきたい作品を選ばせていただきました。
通勤通学の傍らやひと息ついたそのときなどに、ふとページを開いていただけましたら幸いですー。

ピックアップ

あたたかくてやわらかい、マクガフィンにくるまれた叙情

  • ★★★ Excellent!!!

料理人をしている川島洋介は、仕事を終えてたどりついた荻窪駅のホームで恋人と再会する――1年前に死んだはずの如月結衣と。いや、実際に彼女は死んでいた。
そこにいた彼女は化けて出たのでも蘇ったのでもない、結衣の姿と記憶を映した宇宙人だった。

そんなきっかけで洋介さんは、結衣さんじゃない結衣さんが問題を解決して宇宙へ帰還するまでつきあうことになります。
これだけならどこかで見たお話なんですよ。でも、オムレツっていうマクガフィンが、物語をそこで終わらせないんです。

絶対に忘れたくない思い出があって、でも忘れることにも意味があって……オムレツを通して綴られる登場人物の思いが洋介さんや結衣さんに大切なことを気づかせてくれるんですよ。このマクガフィンの効きがあってこそ、ふたりの迎えるけして甘々じゃないハッピーエンドに希望が見えるんです。

こういう叙情を噛み締める感じ、実にいいですねぇ。ドラマが読みたい方には特におすすめです!

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=髙橋 剛)

氷を砕き、化物を裂く必殺のツルハシ!

  • ★★★ Excellent!!!

すべてが氷の内に閉じ込められた世界。氷鉱夫はツルハシを振るって氷を砕き、依頼人の生活必需品を掘り出してやる職業人だ。
その仕事に就いた少年マインは18歳となり、あることを知らされる。この凍りついた世界には“守護者”なるモンスターがいて、18歳となった氷鉱夫はその討伐に参加する必要があるのだと。
守護者を倒せる唯一の武器、ツルハシを携えて――!

まず感心させられるのは、まっすぐ極太な設定が余さず使い切られていることです。一作完結の作品の場合はいろいろ回収しきれずに終わってしまいがちなものですが、それが一切ありません。

そして「必殺技」の勢いのすごさもすばらしい! 
武器が武器なだけにパワフルなのは当然なんですが、ちゃんと人によって個性が出るあたりに王道のおもしろさがあります。

マイン君の戦いはまだ始まったばかりですが、思いきりがよくてわかりやすい、でも外連味たっぷりな豪腕ツルハシ戦記、爽快感は保証させていただきますよー。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=髙橋 剛)

泥棒と少女の奇妙で熾烈な推理物語

  • ★★★ Excellent!!!

泥棒稼業に精を出すサラリーマンがいた。ただし欲しいのは金や物ではなく、スリル。それを求めて彼は目をつけていたアパートの一室に忍び込み、女の他殺死体と、彼女の娘である盲目の少女を発見する。
彼は少女を騙すために警察官を名乗り、本物の警察が来るまでの間、女の死の理由を探ることとなった。

探偵役は泥棒。情報源は小さな女の子だけ。タイムリミットはあとわずか。
そんな設定で開始する推理ものですが、舞台の作り方がうまいですねぇ。下手に逃げれば女の子の口から警察に伝えられるかも――という逃げ道のなさが、後ろ暗い主人公を自然に探偵として仕立て上げてるんですよ。

しかもその立場が女の子との交流の中でも生かされてて、苦いんだけど甘みもしっかり感じさせるドラマを実現してます。
さらには最後のオチで、それまで積み上げてきたものを全部ひっくり返す構成。短編ミステリの醍醐味はこれですね!

さらっと読めて鮮烈な読後感が得られる一作です。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=髙橋 剛)

カリフォルニアから届けられる新しい家族の形と歩み

  • ★★★ Excellent!!!

タイ系アメリカ人の夫が突如、自分がトランスジェンダー(性同一性障害者)だとカミングアウト! その妻が「10年後にも大切な出来事を忘れないため」に書き綴る備忘録。

というわけでこちら、“女性”である夫と共に家族そろって生きることを決めた著者さんのエッセイになります。

最初に夫がトランスジェンダーだと知った彼女の心情、本当に日本人らしい感じなんですよ。こうしたものに慣れてない、極々普通人で。
募りゆく不安――夫を失うのではないか――の過程と知らされた後の衝撃、さらには憤りまでもがていねい且つ赤裸々に綴られていて、胸が詰まります。でも、著者さんはそこから2年をかけて、“アリッサ”になった夫と向き合うことを決めるんです。

そして紐解かれていく夫の目覚めの話も実に深い。だって、カミングアウトってそれまでの自分と他人との関係性を全部引っ繰り返すものですから。
著者さんの覚悟とアリッサさんの覚悟、このふたつがもたらした新しい家族の形。いっしょに追いかけていきましょう!

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=髙橋 剛)