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夏の物語には名作が多い。小説でもマンガでもアニメでもドラマや映画でも、話をドラマティックに盛り上げてくれる季節といえば夏だ。夏休みのある学生にとっては普段とは違う特別な日常で、学校では体験できない思い出を作れる。大人になっても、うだるような暑さや騒がしいセミの鳴き声に閉口しつつも、抜けるような青空には私たちの胸をざわめかせて駆け出したくなる何かが宿っている。今回は、そんな夏らしい作品を選んでみました。残り一ヶ月、暑さに負けず、夏を楽しみましょう。
全寮制の中高一貫校・深草学園に入学した男子中学生・仲代悠は、ひょんなことからアウトドアを活動内容とする「野遊び部」に入部する。
休日ごとにハイキングやサイクリング、キャンプ合宿に出かけ、昼は遊んで食べて、夜はテントの中でシュラフに包まって寝る。現地に行ってでしか体験できないたくさんの遊びがロマンに満ちている。
山に行っては野草を摘んで山菜を採り、海に行っては魚を釣って貝を漁り、どこからでも食べられるものを見つけ出して、ちょっとした工夫で美味しいご馳走を作るアウトドア料理が生唾を飲み込む。
大自然がまるごと野趣にあふれる遊び場であり、財宝の隠された宝島のように思わせてくれるストーリーが素敵だ。
そして部員の男子は悠のみで、あとは女子ばかりというのがポイントだろう。さらにその女子たちは普通の人は違う秘密があってと、ただのアウトドア体験記で終わらせないのが期待と興味をかきたてる。
(『夏色の物語』特集/文=愛咲優詩)
みなさんは虫取りをした経験はあるだろうか。チョウに見惚れ、セミの抜け殻を集め、カブトムシに憧れ、これはそんな思い出が忘れられない大人たちの物語だ。
主人公のケイとその妻スミレさんは「虫屋」だ。虫屋といっても虫を売っている人ではなく、虫好きのなかでも特に筋金入りの昆虫マニアをそう呼ぶそうだ。
昆虫の研究者である二人が、標本採集のフィールドワークに出向き、真っ暗な山奥でライトを点けるとセミやカブト、ハチやカメムシ……種類もサイズも様々な虫が集まってきて、昆虫マニアが語りだす。
次はどんな奇妙な虫がやってくるのか、どんな面白い虫の話が聞けるのかと期待や想像が膨らむ。
同じ虫屋仲間のハチ専門のスガルさん、ガ専門のマユさんなども加わり、いい年をした大人たちが虫取り網と籠を持って虫を追いかけて一喜一憂する姿は、なんとも無邪気でクスクス笑ってしまう。
「ヨナグニサンってどれだけ大きいの?」、「ルリジガバチって本当に瑠璃色なの?」、作中に登場する昆虫たちが気になって検索サイトで調べていると、幼い頃に『ファーブル昆虫記』を読んだワクワク感を思い出した。
(『夏色の物語』特集/文=愛咲優詩)
海上保安庁に勤務する五十嵐勝利は、今でこそしがないバツイチ男だが、かつては「海猿」と呼ばれた特殊救難隊にいた元エリート隊員だ。そんな彼がある日、海辺でひとまわりも年下の女性・海音と出会い、恋に落ちる。
さぞかし大人の恋愛が繰り広げられるのだろうと思いきや、海音さんは男らしい五十嵐にベタ惚れだし、五十嵐もずっと年下の彼女にメロメロで、熱々の惚気ぶりにあてられる。
交際を重ねて結婚を考え始めた頃、五十嵐にソマリア沖への海外派遣の話が舞い込む。
日本に帰ってこられるのは早くても一年後。遠距離恋愛は心が離れてしまうかもしれない。バツイチの五十嵐は今度こそ幸せな家庭を築きたい。しかし五十嵐の年齢では最後のチャンスとなるかもしれない。
恋愛と仕事の狭間で悩む五十嵐の背中を押し、海の男の晴れ舞台へと送り出す海音さんの内助の功がぐっと胸にくる。
そして恋人の献身に応えるため、海賊が出没する危険な海域で奮闘する五十嵐の勇姿が実に熱いのだ。
自分の身を捧げて海上の治安を守る海の警察官に敬礼だ。
(『夏色の物語』特集/文=愛咲優詩)
幼い頃に大切な人と過ごした思い出は色褪せることなく残るものだ。これはそんなひと夏の恋の話だ。
その日、入院した祖母の見舞いをすませた主人公・井口雅治は、近所に住む6歳年下の女子小学生・みさきを連れて地元の夏祭りに向かう。
おしゃまな元気少女みさきちゃんに引っ張られ、わたあめ、焼きそば、たこ焼き、かき氷……定番の屋台グルメを食べ歩く。周囲の喧騒と祭囃子が重なり、提灯が照らす情景はロマンチックで、そこだけ切り取ると仲の良い兄妹か、年の差カップルのデートの光景だが、問題が一つ。
それは主人公が、みさきちゃんが淡い恋心を抱く「まさにぃ」の偽物であることだ。
みさきの恋する「まさにぃ」の姿を借りたこの人物はいったい何者なのか。可愛らしい浴衣を着た小学生を騙してわざわざ夏祭りにやってきた目的とは。
こう書くと不気味で怪談めいているが、作品ジャンルがSFとなっているのがヒントだ。
最後にあっと驚く真実と、そしてホロリと切ない結末が待っている。文量こそ短いものの、綺麗に仕上げられたハートフルラブストーリーだ。
(『夏色の物語』特集/文=愛咲優詩)