いざ小説を書こうと思って、なかなか魅力的なアイデアが思い浮かばない。あるいは、良いアイデアが思いついたけど、一つの作品にするには少し物足りない。小説を書く人間の間ではよくあることですが、そうした物足りないアイデアを磨き上げるコツの一つに、複数のアイデアを掛け合わせるというものがあります。たとえば過去にタイムスリップするSFを書きたいのであれば、タイムスリップの際に別の条件も加える。クローズドサークルで起きる殺人事件を書きたいのであれば、少し特殊な人たちを集める。そうやって複数のアイデアを掛け合わせることで思いもよらない作品が仕上がったりもします。そこで今回は、複数のアイデアを上手に組み合わせた5作品をご紹介させていただきました。

ピックアップ

姿を見せぬ悪を裁くべく、一人の少年は顔を持たぬ正義の味方へ変わる。

  • ★★★ Excellent!!!

武術を学んでいる高校生・憂井道哉。
ある日彼は同級生がいじめられている現場に遭遇したのをきっかけに、正体を隠した正義の味方として活動することを決意する。

初めは学校の不良退治という身近な問題からスタートするが、話が進むにつれ、暴力団やコリアン・マフィア、政治団体などが絡んだ事件に遭遇し、どんどん物語のスケールは大きくなっていくからたまりません。

ただの高校生が、そんな大規模な犯罪組織を相手に戦うなんて、一歩間違えれば単なる荒唐無稽な与太話になりかねませんが、本作はドローンやARといったガジェットを使って、2020年代の東京という舞台にリアリティを与え、さらに道哉の相棒である紅子による、
犯行を防ぐためのハッキング描写なども丁寧に書きこみ、この物語に確かなリアリティを与えることに成功しています。

そして何より一番重要なことですが、黒い包帯で顔を隠して悪と戦う、ブギーマンが超カッコいい! 
ヒーローものが好きな読者は決して見逃してはならない一作です。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)

そのハンドルネーム、決して明かしてはいけません。

  • ★★★ Excellent!!!

ストロベリーやラズベリーといった、ベリーにちなんだハンドルネームを持つ男女が集まったSNSグループ『ミックスベリー』。
その内の12人のメンバーがペンションに集まり初のオフ会を開くことになったのだが、しかし、そこで幹事役であったストロベリーが何者かに殺されてしまう。
さらにペンションと外界をつなぐ橋が落とされて外部からの助けを呼ぶこともできなくなってしまい……。

つまり、本作はミステリーの有名な形式・クローズド・サークルを扱ったもの。
事件は12人の参加者の思惑がそれぞれ絡み合うことで思いもよらない形に事件が進んでいくのはまさに王道の展開だが、それに加えて、本作が面白いのはハンドルネームの扱い方。
この事件では犯人が特定のハンドルネームの持ち主をターゲットにしているため、参加者たちは皆自分のハンドルネームを隠すことになります。

この仕掛けによって「いったいこの中の誰が犯人なのか?」だけではなく、「この人物の本当のハンドルネームは何なのか?」という点を推理して楽しむことができるのがこの作品の大きな特徴。
また全ての解決後に、グループチャットのシーンなどを読み返すと、思わぬ伏線に気付かされるでしょう。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)

3つの「TS」が奏でる、SF青春ストーリー。

  • ★★★ Excellent!!!

仕事をクビになり、家族や友人とも上手くいかず、30歳にして最悪なニートライフを送っていた時生翔。ある日彼は夜中に訪れた神社で、突然発生した謎の光に巻き込まれ意識を失ってしまう。
そして目を覚ますと、なんとそこは16年前の1999年だった。
それだけでも驚きなのに、なぜか翔は少女の姿になっており、さらに自宅に変えれば中学生時代の自分がいた! どうにかこの時代の翔と家族に事情を説明して、「翔子」としてこの時代で暮らすことに。

未来から来た翔は見かけは少女だけど、その中身は30歳のメンタルを持つふてぶてしいおっさん。
一方当時の翔は、自分の将来や人間関係に悩みを募らせるナイーブな中学生。
同一人物でありながら、全く正反対な性格の二人のやり取りが読んでいて非常に楽しく、しかも紆余曲折を経てこの時代の翔が、翔子に恋をしてしまうのだからますます面白い。

奇を衒った設定ばかり目立ってしまいますが、自分の失敗を翔に繰り返させないよう翔子が悪戦苦闘したり、過去にできなかった自分の心情をさらけ出して周囲にぶつかっていく姿はまさに王道の青春もの。
タイムスリップ、トランスセクシャル、そしてティーンエイジ・サマーと三つのTSが重なりあう、青春SF好きは要チェックな一作です。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)

団地に入居した姉妹を待ち受けるものは……。

  • ★★★ Excellent!!!

両親の離婚によって、とある団地に住むことになった真子・由美子の二人の姉妹。
広さのわりには大変家賃が安いその部屋は、かつて火事でとある一家全員が焼死したいわくつきの部屋でした……。

いざ入居して見れば、部屋の中を転がる赤いボール、空き部屋のはずの上の部屋から聞こえる子供の足音、浴槽の曇りガラスの向こうに佇む黒い人影……と次々に起こる不気味な出来事が丁寧な筆致で描写されており、これだけでも充分に怖い!

しかし、本作でさらに恐ろしいのは、この部屋ばかりではなくここに住むことになった真子と由美子にも一筋縄ではいかない事情が存在するということ。

このワケありな部屋とワケあり姉妹が交わることでこの団地にどのような変化がもたらされるのか。
一年近く更新が停止していた作品でしたが、今年に入って更新も再開されたので、作者には是非この気になる続きを書いていただきたい!

ホラーが苦手じゃないという方には、寝苦しい夏の夜のお供にどうぞ。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)