白肌
捻手赤子
白肌
白肌
捻手赤子(Hineride Akago)
「白い肌、細い四肢、病的なか弱さ」この三つの合言葉で女学園にある少女たちのモダンは出来上がっていた。
少女達は日々、三つの合言葉を自分の身から失くさないよう必死であった。
白い肌を保つために移動には日傘を必ず持ち、肌がなるべく日に当たらないようにいつだって冬の制服を着ている。細い手足を叶うために学園内の食事では少しの洋菓子と朝晩あわせて二杯の紅茶を一日のルーチンとし、女子寮で出される朝晩の食事は厨夫に頼んで少女二人で一つを分け合って食べていた。
少女達の中では病的なか弱さが一番に重要視されていて、それが上手に表現されている身体は非常にカワイイものだとされていた。少女達はそのカワイイを実現するため、寮の自室で腕の内側を剃刀で割くように切り、その傷跡の上から包帯をギュギュッと巻くことでカワイイを表現するようになった。そうすることで腕の皮膚は薄く、青白く変化し、キツく巻いた包帯で腕も白く細く見えるようになる。それがいつのまにか少女達の病的なか弱さの中でも特にカワイイとみなされるようになっていった。
「御姉様の四肢は細くて肌理細やかで、滑らかな妖艶さがあって良いですね」
「あなたこそ、真っ白くて透けるような肌と大きな瞳の艶が麗しいじゃない」
「でも、病的な感じを上手に出せないのです。お姉さまは、儚げな睫毛や薄い唇が柔弱さをモダンに出していて美しいです。」
少女達はそのようにして細かく気を遣った自分たちのモダンな「カワイイ」を自身らの花園で毎日のように咲かせるのであった。
同じように流行に魅せられた少女がいた。少女は固い髪のおかっぱ頭で、頬も身体もふっくらとしており、赤が透けるような幼い肌を持っていた。
今の少女達の流行であるカワイイとは対照的であるおかっぱの全身では、教室に咲いている少女達の花園に存在することが難しかった。周りの少女を羨む感情が胸裏で蠢いているだけで、うまく言葉も出ないために、おかっぱは自らその美しい花園を避けていた。
おかっぱは花園にいるような少女達と違って、剃刀や包帯を十分に買えるほど裕福でもなかった。そのためおかっぱの剃刀は錆びて切れ味も悪くなったものを何度も使っており、腕の裂け目はガタガタで、包帯で隠すとはいえ醜いものであった。そんな傷を隠す包帯も、剃刀より交換する頻度は高いがやはり何日も同じものを使うので、元々真っ白だったモノが醜い傷から染み出る体液によって、全体が黄色く、ところどころが酸化した黒になっていた。おかっぱは不器用でもあったため、包帯を上手く巻くこともできずに、腕は決して清潔ともカワイイとも言えない状態であった。
裕福な少女達であれば、剃刀も包帯も毎日交換することができる。剃刀の持ち手のデザインだって選ぶこともあるし、包帯は古ぼけた薬屋にある埃を被った余り物でなく、新品でより白い包帯を選ぶことだってできる。
そんな裕福で器用な少女の花園ばかりが存在しているので、おかっぱは自分が何も持っていないように感じられた。貧乏で不器用なうえ、周りが持つ素の姿より醜い姿。おかっぱはカワイイを叶うことのないまま生きていくのだろうと悲観的に日々を傍観していた。
だが、流行りのカワイイを捨てて生きるほど強くもなかったし、自分自身の持つ素のカワイイをじっと見つめられるほどおかっぱの精神は大人でもなかった。
おかっぱがいつものように部屋でルーチンをこなそうと包帯と剃刀の用意をし、三日ほど使い続けて中で体液の固まった包帯を皮膚からギリベリと剥した時であった。
何か小さく、白いものが包帯の剥れた部分からポロポロと落ち、床にパタタと細かい音を鳴らした。不思議に思って床に顔を近づけて見てみると、白いそれはムニウニと蠢きだした。散らばっていたのは蛆虫で、おかっぱは反射的に声にならない叫びを上げながら後ずさりした。
蛆虫から遠ざかって腕をみると、まだ落下していない蛆虫が腕の裂け目で活発に動いていた。暴れてしまって床に散らすわけにもいかないので、本来瘡蓋を綺麗に剥すために用意していたピンセットを使って、蛆虫を一匹一匹腕から摘み出し、逃げてしまわないように部屋の中にあった瓶へ丁寧に落としてやった。包帯をまた剥すと、また腕から蛆虫がどんどん出てくるので、全てを丁寧に瓶の中に摘み落とした。
包帯を剥し、落ちた蛆虫を摘む。腕の中に居る蛆虫を摘む
長い時間を掛けてやっと全ての蛆虫を瓶の中に封じ込め、一匹も外に出ないように蓋をした。おかっぱは、ほっとしてその日はいつもより長い時間をかけて丁寧にギュッと包帯を巻き、その日は瓶の中で蠢き続けている蛆虫と共に眠ることになった。
次の日、普段通りに寮で朝食を摂ろうと思ったのだが、昨日の蛆虫がどうも頭に過ってしまい、香りの良い紅茶を三口喉に流すのが精いっぱいだった。残すのも厨夫に悪かっが、おかっぱは隣に座っていた同じ色のリボンをした仲睦まじい少女二人に話しかけた。
「すみません、お二人で私の食事を少しいただいてくれないかしら……手も口も付けていないわ。どうしても食欲が出ないのだけど、厨夫さんに悪い気がして言い出せなくて……紅茶を三口がやっとなの。」
「お隣の教室の……そう、具合が悪いのね。お食事は私達で分けて食べますからお気になさらずにね。」
「顔色も悪いように見えるわ。少し病的で美しくもあるけど……なんて、いけませんわね。具合が悪い方にこのようなことを言うだなんて私ったら」
「いいえ、お二人とも有難う御座います。普段からお食事に気を遣っていらしているのに、申し訳ない」
「よろしいのよ、どうかお大事にね」
少女達に頭を下げてフラフラと部屋に戻る。食事を摂れなくとも学園に行かなければならない。いつもより栄養が不足している身体でゆっくりと準備をして学園に向かった。
学園ではいつものように、おかっぱ以外の少女が花園を作って寄り合い、楽しそうにカワイイを魅せ合っている。具合の悪いこともあり、花園から目を逸らしていつもより小さく椅子に座っていた。調子が悪いと、いつもよりも一層醜い姿を周りに見せているのではないかと思えてしまい、なるべく目立たないように過ごしたかったのだ。
おかっぱがわざわざそうしているにも関わらず、花園から一輪だけはぐれてこちらに話しかける少女が出た。
「貴女、なんだかいつもと様子が違うように思えるわ。今日は頬が少しほっそりとして、肌も白くて美しいわね」
その言葉に注目した花園の少女達が少しずつおかっぱの周りに集まってきた。
「確かに、いつもふっくらとして愛らしい雰囲気なのに、今日はなんだかモダンで良いわね」
「急に雰囲気が変わるだなんて不思議ね、一体どのようにしたら上手にその病的な感じを出すことができるの?」
「朝の食堂でも、隣の教室の方にお食事を分けていらしたのを見かけたわ。あんなに欲を抑えられるだなんて」
一輪の少女が少し言葉を掛けただけで、おかっぱを中心とした花園が咲き始めた。おかっぱはいつも他の少女がやっているように、カワイイのコツをみんなと分かち合いたいと思った。だが、食欲がなくて青ざめてほっそりと弱ってしまったのは蛆虫のせいだとわかっていたために、そのような醜い方法で弱くなっているとは誰にも知られたくなかった。
「ただ、具合が悪くて食欲も血色もないだけなんです。だから、元気になってしまったら元の通りに頬も四肢もふっくらとなってしまうんです。ずっとカワイイ姿を保たれている皆様こそ、どのように過ごされているのですか」
一瞬でも花園の中心に成れた喜びを秘めて、有頂天にならぬよう、波風のたたぬようゆっくりと言葉を選んで学園での一日を過ごした。
授業も全て終わって、寮に帰ってもやはり食事は満足に摂れず、朝とはまた違う少女に頼み込んで食事を食べてもらった。
やっと全てが終わって、自室に帰り今日の不調の原因となった蛆虫たちを眺める。蓋を閉めて大分と経つのに、まだ元気に瓶の底で彼らは蠢いていた。
包帯を解きながらおかっぱは今日のことを思い出していた。
血色のない肌やこけて細くなった頬、少しでも花園の中心に存在できたこと、花園で掛けられた言葉達。気持ちの悪い蛆虫を瓶ごと捨ててしまいたい気持ちもあったが、それよりも蛆虫のせいで手に入ったカワイイが少女を魅了し、おかっぱが持つカワイイへの執着はどうしようにも止められぬものとなってしまっていた。
包帯を解いたおかっぱの腕には、昨日蛆虫に肉を喰われた跡が穴になって残っていた。このまま傷跡が治ってしまったら、今日みたいに花園に存在することはできず、今までのような、貧乏で不器用なカワイイとは程遠い存在になってしまう。
おかっぱは手を震わせながら蛆虫が居る瓶に手を伸ばした。ピンセットで一匹一匹摘まみ上げて、腕に空いた穴にもう一度詰めなおす。顔をしかめてしまうような痛みが腕に流れたが、構わずに詰められるだけの蛆虫を丁寧に詰め直した。
解いた包帯をもう一度、蛆虫が落ちないように、けれども蛆虫が潰れて死んでしまわぬようにゆっくりとキツく、一周ごとに「明日はカワイイが増えていますように」と願いを込めて巻いた。
蛆虫を傷口に詰めてからのおかっぱの生活は、表では前より少し華やかに、裏では徐々に醜く腐るような生活になっていった。
毎日気持ち悪い感触が腕の中にあるので、食事はほとんど取ることができずに朝晩少しの紅茶とたまに洋菓子を一切れ口に含むだけになっていた。そのような生活をしているせいで、ふっくらとしていた四肢や頬は今や見る影もなく、肉感のない薄い身体になっていた。また、腕の痒みや痛みで夜もしっかり眠れる日がほとんど無くなってしまい、くるりとした目の周りには濃い隈ができて、肌に柔らかく浮かんでいた血色もどんどん失われていった。
おかっぱの身体は女学校に通うことがやっとの状態にまでなってしまっていたが、それでもおかっぱは構わなかった。周りの少女達は、どんどんネガティブに変化していくおかっぱの身体を、それが正解かという程にポジティブに褒め称えることが日常になった。
「お早う御座います。あら、また細くなりましたか?私にはその病的なか弱さを演出できないので、羨ましく感じますね」
「あら、本日は一層白いお肌をしていますね。貴女のような肌を叶う為にはどんな努力が必要なのでしょうか、私には想像できません」
「本日も朝食を摂らずにおられましたか?それでいてキチンと学園にいらしているのだから、凄く丈夫な方なのね。それなのに、このか弱さを併せて持っているなんて不思議だわ」
おかっぱはそれほど褒められた経験もないので、最近の少女達の言葉に快楽を覚えるようになってしまった。薄い身体や濃い隈も、青白い肌やうつろになった眼も、全部が私の身体に存在して、一番醜い蛆虫だって見えなければただカワイイだけの存在になりえると、心の奥のほうで有頂天になっていた。
しかし、少女達の前でカワイイ振舞いをしていたとしても、蛆虫による痛みや痒みが治まることは無かった。おかっぱは人目を盗んでは誰にも見られない場所へ逃げ隠れをし、包帯の上から構わずゴシゴシゴシゴシと爪を立て、勢いよく引掻いて気を紛らわしていた。上から引搔いたために皺が寄り、解けかかった包帯をまた丁寧にギュッと巻いて花園に返り咲くように戻るのだ。
おかっぱは決して、誰にも恨まれないように、かといって褒められる声が止まぬように気を遣って言葉を選び、花園の中心として会話を続けていた。学園でも止まぬ痒みと痛みに耐えながら、少女達の求める言葉を探りこの生活を続ける為に自身が思い付くできる限りの事をやっていた。
学園での生活を無事に終え、寮に帰るも、おかっぱの食欲は一日で戻ることは無く、やはり食後に飲むはずの紅茶を二三口ほど味わったら満足してしまう。そのまま部屋に戻り、一日我慢していた分の行動を解放する。
キツく巻いていた包帯を剥す時の痛みなどは気にせずに勢いよくビビと全て解き、おかぱの本能のままに裂けた傷の上から搔毟り、手を動かすたびに蛆虫がバタタバタと床に落ちるのが聞こえる。化膿した白が手に付いて腕に広がることも、瘡蓋と血液が混じった赤黒い液体がカーペットに染み付くのも、引掻く爪の中に間違えて巻き込んだ小さい蛆虫も、部屋に還ったおかっぱに気にする余裕など到底なかった。
ひとしきり気の済むまで暴れるように搔毟った後は、床に落ちて何匹かは零れた血液まで付いている蛆虫を初めての時と同じようにゆっくりと、丁寧にピンセットで摘み上げ、すっかり体液も皮膚も瘡蓋もぐちゃぐちゃに混じった腕の混沌に一匹一匹落としていく。
ついさっき本能の満足するまでに腕をボロボロにしたはずなのに、蛆虫が腕の中に増えて動きを活発にさせるほどに、昼間感じていたような痛みと痒みが沸き立ってくる。
それでもおかっぱは、昼間感じた花園の中心に成れている時のひっそりとした高鳴りや、鏡を眺める度に変化していく自分の容姿への愉悦、それらが全てモダンなカワイイに当てはまっているという状態から離れられる気がしなかった。
カワイイと離れた蛆虫の存在さえ知られなければ、このモダンが廃れるまで辛抱すれば、自分の内側で歪み育った自尊心を保ったままでいられる。一度でもそう感じてしまうと、本能の嫌悪よりもカワイイの維持を優先するようになってしまうのだ。
その狂気はおかっぱにも、ほかの少女達も同じように秘めているものである。カワイイの呪いは、女学校という小さな世界の中で大きな欲求として、永久的に存在しているのだ。
蛆虫がおかっぱの腕に住んでしばらくの時が経った。蛆虫が腕の上で肉を食う状態は過ぎ、腕に空いた穴はより一層深くなっていて傷のついていない場所の裏側に到達していた。蛆虫達は皮膚の上からでもわかるくらいの深さに住んでおり、腕の表面を撫でると体内で蛆虫達が休むことなく、活発に蠢いていることが指先から脈打つように伝わる。
おかっぱの状態は、学園内でも一番に細く、白く、病的に変化しきっていた。
モノをろくに口にもしないのに、どんどん肉を食われてしまうせいでおかっぱの身体はやせ細り、蛆虫を住まわせている腕はもちろん、脚や首までもが人体模型のような細さになっていた。大きい関節は飛び出るように目立ち、首は筋と皮だけが残るように老けてしまった。
そうやってやせ細ってしまうと、今度は外出することや生活することがままならなくなった。日差しに怯えながら持てるギリギリの重さの日傘を持って歩き、休日は外に出るような気力が残っていないために部屋の中でたったの数歩を過ごすような生活になった。
急激に変化したおかっぱの身体は、誰の目から見ても「病的」であった。誰も実現し得ないその姿は学園ですれ違う人々皆に注目され、おかっぱが歩いた先ではどこにでも花園が生まれるようになった。
かつてモダンから遠い存在にいた一人の少女が、モダンを手に入れ、モダンの中心になっている。
そのような栄光の裏でも蛆虫達は動きを止めることなく、おかっぱの肉体だけでなく精神までもどんどん蝕んでいった。
痛みや痒みは慣れることはなく、本能が鳴らす警報を無視することの苦痛は酷いものだった。人目の無い場所で腕を引掻き、落ちた蛆虫を片し、何事もなかったかのように花園に戻る。しかし本能を鎮めることができるのはほんの少しの間で、またすぐに花園を離れて人目の無い場所まで棒のような足で小さく走る。
本能を抑えている状態も、同時に人目を常に意識しなければいけない状態も、全身の神経をピンと張り巡らせているようで心の休まる瞬間さえおかっぱには残されていなかった。
「いつも一人でどこに行ってらっしゃるのかしら。」
「カワイイを保つためのお色直しを頻繁に行っているんじゃないかしら。ついていったらカワイイのコツが垣間見えるかもしれませんよ。」
「でも、お色直しを覗こうだなんて、はしたないことをしてはいけませんよ。」
「でも、私もあの御方みたいにカワイイを持ちたいわ。少しだけ、ほんの少しだけ一緒にいかが。」
後ろから花園の少女達が連なっているのにおかっぱも気が付いてはいなかった。小走りで人目を避けるおかっぱの姿を見たことで少女達の好奇心はより一層深まり、カワイイに対する期待も高まっていた。
人の居ない裏庭に到着したおかっぱは、人の目が無いか確認し、蛆虫でぎゅうぎゅうに詰まった包帯を勢いよく剥した。
その瞬間に、大量に落ちて重なりあう真っ白い蛆虫達。おかっぱの腕はもはや肌の部分より蛆虫の見える部分のほうが多いまでになっていた。グジュグジュに、肉と液と蛆虫とが混じりあってでこぼこの腕だったようなものがそこにあった。
最初少女らはその姿を遠目からじっと見ていただけだったが、不意に気が付いてしまった少女が叫び声をあげてしまった。
「蛆虫よ、蛆虫だわ。見て、あれ全部が蛆虫なのよ。動いているわ、腕の中も地面の上も包帯にも。怖いわ、怖い」
その叫び声を聞いて、おかっぱは少女達に気が付いてしまった。
隠していたカワイイとは違うもの。でも、カワイイに必要だったもの。花園に入れてはならないもの、花園に存在するために必要だったもの。
混乱したおかっぱはフラフラと声の聞こえるほうから後ずさりをした。地面に落ちた蛆虫がおかっぱのローファーに踏みつぶされてニチャとした音を立てる。
「あんなものを持って私達と話してたの。あの腕で、食事をしてたの。信じられないわ」
「ああ、中があんな姿だなんて思わなかった。なんて恐ろしくて悍ましい姿なんでしょう」
おかっぱの中で全てが崩れていく。ぐちゃぐちゃの腕を伝うように、花園に存在できなくなる恐怖と悲しみが痛みとして全身に流れる。
激しい痛みの中で、おかっぱは離れようとする少女達に何とか近づこうとした。
「違うんです。そんな気持ちにさせたい訳じゃないんです。ただ私は、貴方達のようにカワイイを手に入れたかっただけなんです。毎日花園を作り、カワイイを魅せ合いたかっただけなんです」
一歩一歩近づく度に落とされる蛆虫は少女達の悲鳴を呼び、おかっぱに投げられる視線と言葉は一層厳しいものになり少女達は立ちすくむ者、逃げる者、いつまでも落ちる蛆虫の集合に耐えることができず胃にあるものを吐き出してしまう者もいた。
おかっぱが逃げる少女達に手を伸ばした時であった。
「痛い、痛い痛い痛い」
今までに感じたことのない酷い痛みが、腕の付け根から肩や胸にも波のように流れ始めた。それは、内側に住んでいただけであった蛆虫が、肉を喰って皮を破って外に顔を出し始めた合図であった。
おかっぱの知らぬところで蛆虫達は肉の中で動き、全身を巡っていたのだった。そうしてたった今行き先を無くした蛆虫達が全身の表皮を食い破り始めたのだった。
身体の全てから発せられる本能の嫌悪。
痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痛み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痒み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痛み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痒み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痒み痒み痒み痛み痒み痒み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痛み痒み痒み痒み痛み痛み痒み痛み痒み痒み痒み痛み痛み。
「助けて」
不快が全身を駆け巡る・一心不乱、本能のままに全身を搔き毟った。おかっぱの髪を振り乱し、涙を流しながら叫んで必死に苦しみから逃れようとした。
いくら搔き毟っても地面に音を立てる蛆虫、爪の間が血で染まってしまっても治まらない痒み、肉を引き裂くように爪を立てるために弱まることのない痛み。おかっぱの守っていたカワイイはすっかり全て壊れてしまって、見えることのないようにしていた醜い全てが露呈している。
カワイイを無くした絶望と共に、腕を動かすことも脚を動かすこともままならなくなって、蛆虫だらけの地面に倒れこみ、おかっぱはただ静かに喰われていくだけになった。
すべてのカワイイを喰いつくされたおかっぱは、腹を満たしてもなお動き続ける真っ白い蛆虫の中で静止したまま存在していた。
「怖いわあ、近づかないようにしましょうね」
「やりすぎだと思っていたのよ」
「変な身体だと思っていたわ、変なことしてたのね」
「あんなのカワイイとは違うわよ」
おかっぱの少女は、一人カワイイの抜け殻となり「真っ白」で「細い」動きの「病的な」醜い存在と共に花園を作っていた。
白肌 捻手赤子 @32_kete
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