【短編怪談】縁喰い神社

久保

縁喰い神社

私、この神社の宮司を務めております────理玄、と申します。


当社は有難いことに、いわゆる「縁切神社」として知られておりまして。

「悪縁を断ち、良縁と結ばれたい」と願われて参拝に来られる方が、今も後を絶ちません。




ところで…「縁切寺」と「縁切神社」の違いはご存じでいらっしゃいますかな?



もともと「縁切寺」言いますのは、江戸時代の「駆け込み寺」のことですわ。


飲んだくれの亭主や、暴力を振るうような、今だと「DV」なんて呼んだりしますけれども、

そういった非道な夫から逃れられない妻たちを保護するための施設だったんです。


なのでどちらかというと「制度的」な側面が強いですわな。



それに対して「縁切神社」は、「信仰的」な側面が強いんです。


先ほど申し上げました、「悪縁を断ち、良縁を呼び込む」という民間信仰。


こちらが広がりまして、神々に願うことで悪縁を断とうとする信仰的な風習が根付いたものとされております。





─────ただ、当社は少々、成り立ちが異なりましてな。


「祟り封じ」によって生まれた、とされております。


「祟り封じ」言うのはですね、怨霊やもののけなど、人に災いをもたらす存在を、

儀式によって鎮め、封じ、あるいは祀り上げることで御座います。


太宰府天満宮における菅原道真公の御霊鎮めなどは、有名な例で御座いますな。





実は────当社にも、古くから伝わる因縁があるんです。


時は江戸の初め。

この一帯は、今よりずっと深い山あいの小さな村でして。


その村ではある頃から、“理に合わぬ縁切れ”が立て続けに起こったそうなんです。


仲睦まじかった夫婦が、何の兆しもなく別れ去る。

毎日のように遊んでいた子ども同士が、ある日を境に互いの名すら呼ばなくなる。

そして────息子や娘が、まるで靄に呑まれるように忽然と姿を消す。


しまいには、隣村の者たちが、一夜にして、まとめて姿を消したとさえ記録に残っております。




さすがに見過ごせぬと、村長はついに修験僧・慶忍を呼び寄せ、

異変の究明を命じました。


慶忍は山に籠り、昼夜を問わず祈祷を続けたといいます。



そしてある夜────


深い闇の底から、黒い獣のような霊が現れました。



それは、慶忍に告げたと伝わります。


「我は、人が切り捨てし縁の“残滓”を喰らう化生。

 乱れた縁を断てば断つほど、我は肥え、膨れ上がる。」



その存在は、村に渦巻く歪んだ縁を喰らい続け、

やがて隣村すら飲み込まんとするほどに膨張していたというのです。




やがて、裏に潜む事の次第も明らかになりました。


表向きは睦まじき夫婦も、互いに不貞の影を抱え、

子どもらの仲睦まじさの裏では、集団でのいじめがあった。

姿を消した子どもたちは、日々虐待に晒されており、

隣村との間では、水と土地を巡る争いが燻り続けていた。




─────すべてが“乱れた縁”の積み重ねであったわけです。



慶忍は命を懸け、ついにその化生を封じました。


そして、この地に社を建て、

「二度と人の縁が乱されぬよう」祈りの場と定めた──


当社の始まりは、そのように記されております。






…皮肉な話で御座いますな。


あの化生は、封じられた今もなお、


縁を断ちたいと願う人々を引き寄せ、

積み重なる縁を喰らい続けている。


…恐ろしいことで御座います。


ゆえに当社では、軽い気持ちでの縁切り参拝を、

決しておすすめしてはおりません。




それともう一つ。


参拝時の注意事項はよく読まれましたかな。




当社では「三縁以上を同時に祈る」ことも、お控えいただいているんです。




私も参拝にいらっしゃった方々とお話をすることがあるんですけれども。


よく、こういった方がいらっしゃるんです。



元恋人との縁を切りたい。


母親との縁も切りたい。


上司も、友人も──と。




そういった方々にはですね、必ずこう申し伝えております。



「数か月後、必ず結果を報告にいらしてください」と。


実際にどの程度縁切りの効果があったのか、私もこの目で確かめたいものですから。





…しかしですな。


これまでにそのようにお伝えした方々、

非常にたくさんいらっしゃいましたけれども────────




報告に来られた方は、ただの一人としておりません。







ここからは、私の想像に過ぎませんが。





一つや二つに留まらず。


もし、多くの縁を切りたいと願う者がいるとすれば。




その縁の乱れの“中心”にいるのは、他ならぬ、その本人でありましょう。




そして。


化生にとっては、縁を断てば断つほど肥え、膨れ上がる身。





であれば。


ほうが、より多くの、乱れた縁を喰らえる。





────あの化生が、そう考えても。

不思議では御座いませんやろ?





失礼、少々長く引き留めてしまいましたな。




あなたも────そのご様子では、

きっと多くの縁切りを願われたのでしょう。






どうか。


数か月後、必ず結果を報告にいらしてくださいね。

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