横並びの幽霊 ~新聞部シリーズ~

乃木口正

横並びの幽霊

匣中はこなかは幽霊の話、聞いた?」


 夏休みも後半に入ったある日、ともに新聞部に所属している古泉道花こいずみみちかからケータイにメッセージが届いた。


「何だよ、幽霊って?」

「やっぱり知らないか。じゃあ、明日教えるね。」

「明日?」

「登校日でしょ、明日。」


  そうだった。指摘され、人生のバカンスである夏休みに無粋な登校日なるものが存在していたことを思い出す。

 オレは溜息を吐きながら、翌日に備えて早々に眠ることにした。


     ※


 翌日。全く衰えることを知らない夏の太陽の容赦ない陽射しを浴びながら学校に続く坂道を上っていると、前方に見慣れた小学生のような後姿が見える。


「おはよう、」

 声をかけると、小さな女の子は振り返る。短い髪はざんばらで、額には玉のような汗。

「おはよう、」

 汗をぬぐいながら、彼女は挨拶を返す。彼女の名前は戸倉とくらまくら。オレや古泉が所属する新聞部の部長であり、オレの幼馴染。


「読んだ?」

 相変わらず脈絡のない言葉だが、昨日の出来事なのですぐに思い至る。

「古泉の話か?」

「うん。」

「詳しくは何も、」

「またお化け、」


 言われてみれば以前にも幽霊が出るとか何とか騒ぎを持ち込んできたことがあった。結局、その時は幽霊ではなく、別の原因が騒動を引き起こしていた。

  坂道を上りながら、以前の事件を思い返し、旧校舎を見上げようとするが、積み重なる石垣が視界を塞ぐ。立地的には石垣の上にグラウンドがあり、奥に体育館と旧校舎があるのだが、高い垣根が壁となり、坂の上の学校は死角となっていた。


「サッカー部の奴等の所為で、グラウンドが荒れてて直すのが大変だったんだよ。」

「あっ、すごい日焼けしてる。」

「イメチェンして、夏休みデビューかよ。」

「野球部にありもしない因縁つけられて、サッカー部が困っているんだってよ。」

「高校野球で旭って一年が話題になって、うちのババァが何かにつけて引き合いに出してうざいんだよな。」

「え、マジでマジで。あのあと告ったの?」


 校門をくぐると、賑やかな生徒の声があちこちから飛んでくる。若いエネルギーを持て余した高校生は夏の陽射しに負けることがないようだが、インドア派のオレとまくらは坂を上ることに体力を使い、言葉を交わすのも億劫になっていた。


「じゃあ、放課後な、」

「うん。」


 上履きに履き替え、それぞれのクラスに向かうために別れ、約一ヵ月ぶりの教室に足を踏み入れる。


「あ、遅い。」

 迎え入れたのは、かまびすしい女子の声だった。

「昨日メッセージ送ったでしょう、今日話すって。なのに何で早く登校しないの?」

 細く背の高い、モデルのような整ったボディラインをしたその女子は、昨夜オレのケータイに連絡をよこした古泉道花だ。


 吊り目気味の瞳をより一層強め、彼女はオレを睨んでくる。

 いやいや、早く来いなんて一言もなかっただろう。喉まで出かかった言葉を、オレは寸でで飲み込む。


「途中でまくらと一緒になって、だらだらと会話をしていたら遅くなった。」

 まあ、それが原因ではないが。

「ふーん、仲良いね、」

「幼馴染だからな。」

「知ってる。」

 ぶっきらぼうに言い、古泉はリップを塗った唇を窄める。誤魔化しがバレているのか、彼女の機嫌はよろしくないようだ。


「で、幽霊ってなんだよ。」

  オレは話題を昨日のものに戻す。

「おとといの夜、友達が学校前の坂を歩いていたら、校庭に幽霊がいるのを見たんだって。」


「校庭に?」

 オレは先ほど久しぶりに上った坂を思い出しつつ、首を捻る。

「あの坂からだと、角度的にグラウンドは見えないだろう?」

「ええ。石垣が高くて、坂の途中では校内を見ることが出来ない。でも、その子は角度的に校舎も隠してしまう石垣の先に、人の上半身が浮いているのを見たの。それも一つではなく、何人もの人間の上半身が横一列に並んで浮いていたの。」

 確かに夜の校庭で、いくつもの上半身が宙に浮いていたら怖い。


「何でその子は夜に学校前を歩いていたんだ?」

「花火を見るために急いでいたから、坂道を上っていたんだって。」

「花火?」

「おとといの晩、花火大会が行われていたの。彼女は住んでいるマンションの屋上から、それを見るつもりだったの。」


 なるほど、そしたら別の夏の風物詩を目撃してしまったわけか。申し訳ないが、冗談のような話だ。


「それで話は全部なのか?」

「ううん、まだ。」古泉は首を振り、長い髪を揺らす。「複数の浮遊する半身を見た時、その子は驚いて声をあげちゃったんだって。そしたら、並んだ身体が一斉に彼女のほうを向き、次の瞬間パッと消えちゃったそうなの。それで幽霊だと思って、慌てて逃げたんだって。」


「まあ、逃げ出すな、それは。」

「うん。それで相談されたの。本当にそれが幽霊だったのか。どう、何か分かりそう?」

 期待の眼差しで見詰められるが、オレにはそれが本物の幽霊なのか、それとも何かの見間違いなのか、皆目見当もつかない。


「残念だけど、この手の問題はまくらの領域だよ。」

「やっぱりそうか、」

 古泉は溜息を吐き、小さく頷いた。


    ※


 放課後、オレたち新聞部の部員は部室に集まり、改めて古泉の話を聞いていた。


「どうかな?」

 話を終えた古泉はオレとまくら、そして九十九清武つくもきよむを順々に見回す。

 九十九はいつものように笑みを浮かべながら、深々と頷く。

「たしかに、それは怖いね。」

「でしょ、」

「うん。でも、僕もさっぱりだ。」

「そっか、」


 自然と皆の視線は部長のまくらに集まる。


「他には何もない?」

 中空を見上げ、思索に耽っていた彼女は何かを思いついたのか質問を投げかける。

「私が聞いたのは、これだけ。」

「違う。」少女は短い髪を跳ねさせながら、首を左右に振る。「別の出来事は校庭でなかった?」


「別の出来事?」

 オウム返ししながら、古泉は首を傾げる。オレも何も思い当たることがない。

「関係があるか分からないけれども、」前置きをして、九十九が答える。「野球部とサッカー部がグラウンドの使い方でケンカをしているって聞いたよ。なんでも、サッカー部がゴールを校庭の真ん中に動かしたまま直さないで放置したとか。でも、サッカー部はそんなことはしていないと主張して、双方睨み合いの状態が昨日から起きているらしい。」


 我ら新聞部一の情報通だけあり、九十九は即座にデータを提出する。しかし、昨日の出来事では、おとといの幽霊とは関係なさそうだ。

 そう思っていたのだが――


「幽霊の正体、分かった。」

きっぱりとした口調で、まくらは宣言した。


    ※


「何、正体って?」


 探偵の言葉に、古泉は飛びつくように質問をする。


「順番に話す。」

  まくらは答え、一度虚空を見上げる。おそらく、思考を整理しているのだろう。

「まず、幽霊の正体は、誰か分からないけれども複数の生徒たち。」


「でも、どうして石垣の上の校庭の生徒が見えたの?」

 古泉の疑問はもっともだ。坂道から高い石垣の上のグラウンドが角度的に見えないのは、偶然今朝確認している。


「普通に立っていたら、見えない。けど、高い場所にいたら?」

 高校のグラウンドには、小学校のそれと違い遊具の類はない。では、まくらの言う高い場所とは何処なのか。

「ゴールポストの上。」


「あっ、」


 確かに、サッカーゴールの上に座れば、高さ的に上半身だけが坂道から覗け、問題はクリアできそうだ。でも、目撃した人間の話だと、横一列に並んでいたというが、何故ゴールポストの上に並んで座っていたのか疑問は残る。


「その日は花火大会だった。」

 端的なまくらの言葉は、オレの脳裏にありありとその情景を思い起こさせる。

  花火をよりよく見るために高い場所に上がり、並んでいる生徒の姿。ゴールの位置も都合の良い場所に移動させたのだろう。そして、翌日そのまま放置されたゴールを見て、野球部がサッカー部の行いと思い抗議をした。おそらく、そんなところだろう。


「これは根拠のないことだけれども、」まくらは最後に自身の推測を付け加える。「花火を見ていた生徒たちはお酒を飲んでいたんだと思う。だから人に見つかって、慌ててゴールから飛び降りて逃げた。」


 だとすると、いくら調べても口を割る人間はいないだろう。もしもそのことが露見すれば、そいつらは幽霊のように学校から消えてしまうことになるのだから。


                             了

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