呼び声
春野訪花
呼び声
定期検診のため、病院へ向かった。
受付は随分前から機械で行っている。そこに診察券を投入して待っていると、「ハナゾノチエさーん」と声が聞こえてきた。病院では看護師が患者を呼ぶなど茶飯事なので、さして気に留めず受付を終えて待合室へ移動する。
待合室は混んでいた。少々げんなりしながら椅子に座った。
「ハナゾノチエさーん」
また。
さっき聞こえてきてから、数分しか経っていない。
こんな偶然、起こるだろうか。
まあ……受付してすぐにここに来れば、なくもない。
そう思い、診察を待つ。
――呼ばれたのは1時間も経ってからだった。診察自体はものの数分で終わり、会計するために一階へ向かう。エスカレーターに乗り込もうとした時、
「ハナゾノチエさーん」
聞こえてきた。
思わず振り返り、ハナゾノチエを探す。しかし、呼ばれたらしき人もいなければ、呼んだ人すら見当たらない。全員、通りすがりに移動したり椅子に座っているばかりだ。
そそくさとエスカレーターに乗り込む。降る最中、さっきいたフロアから「ハナゾノチエさーん」と声がした。
早く帰りたいが、受付もまた混んでいる。座る席すら残っていないので、立ったまま待った。
看護師が誰かを呼ぶ声を上げる度、思わずびくりとしてしまう。その声にはちゃんと応答する人もいる。
あの名前を呼ぶ声は聞こえてこない。待ち時間が長くなるごとに、落ち着きが戻ってきた。会計の順番が近づいているのが、画面に表示された管理番号で分かるのも理由かもしれない。
「ハナゾノチエさーん」
背後の方から。
思わず振り返る。看護師も、患者も、いない。人気のない廊下が伸びている。
「ハナゾノチエさーん」
また別の方向から。
売店の横。誰もいない。
「ハナゾノチエさーん」「ハナゾノさーん」「ハナゾノチエさーーん」
右から、左から、背後から。複数人の声が一斉に名前を呼ぶ。
その時、管理番号を表示している画面から音が鳴った。
『ハナゾノチエさん』
呼び声 春野訪花 @harunohouka
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