回想・フレデリック03

 着任から二週間。


 相変わらず擬音以外に言葉を発せないトードリリーとのやり取りは筆談が中心だったが、だからか図版に興味を示すのが分かった。それから少しだが、彼女が僕の国の言葉を解する事も。

 

 会う度にタブレットをトードリリーの元へ持って行き、画面の中の事典を見ながら言葉の無い雑談を交わす。


 時間は毎回十分とかけないが、そんな日々を繰り返すうちに、憎悪や怨恨も対話で乗り越える事ができるのではという淡い希望が、頓にふつふつと湧いてくる。


 ――いや、或いはそう信じたかっただけかも知れない。

 一歩でも外に出れば軍場いくさばで、誰がいつどこで僕たちを狙っているかも分からない。昨日も戦闘で一人殺られた。


 初日に僕を案内してくれた一等兵だ。後には涙を流すひまも、喪に服すいとまも無く、理念や目的すら失った日々の命がけのルーチンワークが横たわる。


 果たしてこの戦争の意義とは何なのか。

 

 正義を掲げ、徒党を組んで他国に踏み入り独裁者を打ち倒す。だけれどその結果もたらされたものは、銃弾と砲火の飛び交う日常でしかなかった。


 トードリリーの家族も、僕の国の軍隊によって殺されたと言う。酷い話だ。もし僕が少しでも早くこの国に来ていれば、そんな惨劇を回避する事が出来ただろうか。


 心と身体の傷を抱えながら、それでも僕に微笑みかけるトードリリー。一体陰でどれだけ泣いたか。一体陰でどれだけ憎んだか。


 いつの日か気がつけば、彼女の笑顔は僕にとって守るべきもの以上に、なくてはならないものへと変わっていた。



 ――そう。どうしようも無く抱きしめたい程、かけがえの無い何かに。

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