プロローグ03

 僕の名はフレデリック。――フレデリック・ロックフェザー。生まれは世界の治安を預かる国家、とでも言えば分かるだろうか。


 父親は軍のお偉いさん。母は州の議員を務めていて、他に家族は妹が一人。


 かといって窮屈な家風では決して無く、寧ろ沿岸のリベラルな風土よろしく、個人の意思と裁量は最大限に尊重されていた様に思う。

 ――にも関わらず、つまり将来を選べたにも関わらず、なぜ僕が父と同じ軍人を目指したかと言えば、それは強制をされなかったが為に、却って父に尊崇の念を抱いた事に依る。


 大陸の北端に位置する陸軍士官学校。国内最難関の呼び声高い学び舎の門をくぐった僕は、幸いにも主席のまま同じ門を出た。


 士官学校では倫理、即ちオーナーコードを徹底して叩き込まれ、世間と隔絶された湖畔の都市の厳格な教育は、純粋培養の真っ当な人格を醸成するのに一役買った。勿論当時はそれが誇りであり、また自信でもあった事は間違いない。――飽くまでも当時の話だが。


 不実の糾弾と正義の断行による世界の救済。そんな理想を露程も疑わぬまま陸軍に入隊した僕は、父の威光もあったのだろう、順調にキャリアを重ね、二十の半ばには少尉に昇格し、将来を誓う恋人も既に居た。


 ただ身の回りの変化と言えば、本土がテロに見舞われタワーが崩れ、そうして言論の自由は愛国に霞み、やがて政権がタカ派に取って変わった事ぐらいだった。それから幾許も無く遠い異国での戦争の幕は切って落とされ、大統領の浅慮を批判する父が他界する頃には、もう戦況は引くに引けない泥沼になっていた。


 本来個人の政治的信条が待遇に影響する事はあってはならないが、亡父の立ち消えた威光も遠因かも知れない。僕の配属は内地から、遠い異国の前線の、テロの横行する危険地帯に置き換わった。


 無論その事に異議は無い。いやあるとすれば、現実を知らぬ夢想家で、たった一人の少女すら救えなかった自身の無力と、それに対する憎悪だけだ。

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