回想・フレデリック02

 着任の翌日から、僕はトードリリーと繁く会う様になった。というのも仕事帰りのゲートの側で、いつも彼女は物売りをやっていたからだ。

 壁の中に寝所の保証があるとは言え、生活の糧は自ら稼がねばならない。ここに居る少年少女たちは、みな靴磨きや雑用をこなし日銭を得ていた。


 日に焼けた褐色の肌に、目深まぶかにフードを被ってこちらを見る幼い少女。一等兵の情報通り、彼女は言葉を話す事は出来ず、代わりに漏れ出る幾つかの擬音が「あーうー」と細やかな意志を示す。


 その都合からコミュニケーションは専ら筆談、即ち砂に書く文字のやり取りが殆どで、つまりはそれは、彼女が文字を書けるだけの教育を受けてきた事を暗に語っていた。


 ならば試しにと本名であるレイリの由来を訊くと目を丸くし驚いていて、だけども次の瞬間には満面の笑みを浮かべていた。こんな笑顔が見られるのなら、転属前にこの国の言葉を学んでいた甲斐があったと思う。

 

 もちろん最初は「トードリリー」に戸惑った彼女だったが、すぐに理解したのか、僕のアダ名を「ルフ」と指文字で砂に描いてくれた。ルフとはアラビアンナイトに登場する巨大なロック鳥で、要は僕の姓にでも掛けたのだろう。思った通り、彼女は決して教養の無い少女では無かった。なにせ僕の国の、アルファベットの言葉をすら知っているのだから。


 しかし同時に然るべく世なら、傷を負う事も無く爛漫に育っていたであろう彼女の、そのもしもの未来を慮って暗澹ともさせられた。こういう不実を救う為に、僕は軍人になったのではなかったのか。


 臙脂色の、両端に目玉の様な斑が付いた分厚いフードの、その奥に顔を隠すトードリリーを見て思う。僕はこの、地獄を見続けた悲しみすらを押し隠す、精一杯の笑顔を守りたかった。そしてそれが出来る筈だと信じていた。

 

 ――信じていたんだ。

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