【28-4】面会(4) 2025年10月29日(水曜日)

「姉はあの頃、塾の先生に習ったアナグラムに凝ってて、何でもかんでもローマ字にして、それを組み替えては喜んでたんですよ。

尤も、ヘボン式みたいなんは知らんかったようで、日本語の読みをそのままローマ字に変換してたみたいなんですけどね」


そうやった。あの時スヤコはソウヤ君に言うたんや

『ソウヤ君、<アナグラム>って知ってる?

<アナグラム>を使つこうたら、私とソウヤ君は同じ人間になるんよ。

面白いやろ?』

ソウヤ君は何のことか分からんくて、スヤコに『何それっ?』て訊いたんや。

そしたらスヤコは、紙に書いてソウヤ君に説明したんや。

イトウスヤコ⇒ITOUSUYAKO⇒KITOUSOUYA⇒キトウソウヤ


「紀藤さんは解離性同一性障害、DIDのことを知ってはりますか?

多重人格障害いうた方が、分かり易いかも知れませんけど」


この人、何の話してるんやろ?

そんなことより、スヤコはあの時言うたんや。

『アナグラム使ってソウヤ君と私の共通ネーム作ろか。そやなあ。こんなんどう?』

ITOUSUYAKO⇒KITOUSOUYA⇒YASUITOKUO⇒ヤスイトクオ

『それから字は<廉井徳夫>にせえへん?<廉井>っていう字、珍しいやろ?ふふふ』

せやった。あの時スヤコがボクに名前を付けたんやった。


「解離性障害いうんは本人にとって堪えられへん状況に置かれた時、それは自分のことやないと思うたり、或いはそれを思い出せんようにすることで、自分が受ける心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害やそうですわ。

解離性同一性障害、DIDはその中でも一番重傷で、自分の心から切り離した感情とか記憶が成長して、別の人格となって表に現れるもんらしいです」


この人うるさいなあ。さっきから何を言うてるんやろう?

それよりアナグラムのことや。

頭のええソウヤ君は、すぐにアナグラムのコツを覚えたんや。


せやけどそれで、恐ろしいことに気付いてしもたんや。

イトウスヤコ⇒ITOUSUYAKO⇒KITOUYASUO⇒キトウヤスオ!

あのジジイや!ソウヤ君をいじめ倒した、あのジジイや!

スヤコはあのジジイやったんや!


「<廉井徳夫>はあなたの中に生まれた、別人格やったんですね。

紀藤康雄夫妻に、精神的虐待を加え続けられた過程で生まれ育まれた。

もしかしたら発端はあなたのお母さんが、姑のすゑ子さんを殺害して自殺する一部始終を、見させられたことかも知れませんけど。

そしてその別人格に、姉が自分とあなたの名前のアナグラムから、<廉井徳夫>いう名前を与えてしまったんですね」


この人何を言うてんねんやろ?

ボクとソウヤ君はトモダチやで。

別人格って何のことやねん。


そんなことよりスヤコや。

スヤコはあのジジイやったんや。

消さなあかん。ジジイは消さなあかんかってん。

せやないとソウヤ君が怖がるから。


「姉がアナグラムなんかに興味持たんかったら、<廉井徳夫>はあなたの心の奥底に埋もれたままで、表には現れんかったんですかねえ。

僕の姉を川に突き落としたんは、<廉井徳夫>の人格やったんですね?」


せや。ボクがやったんや。

ジジイを消さなあかんから。

そうせんとソウヤ君が怖がるから。

せやからソウヤ君のために、ボクがジジイを消したったんや。


「さっきから無言を貫いてはりますけど、僕の声は紀藤さんに届いてますか?」


ちゃんと聞こえてるわ。

せやけど、あんたの言うてる意味がさっぱり解らんから、黙ってるだけなんや。


「まあ、ええですわ。続けましょか。

姉が亡くなって、あなたの中の<廉井徳夫>は、また心の奥底に引っ込んだんでしょうね。

それから中学に上がるまでは。

しかし中学に上がって同じクラスの同じ班に、亡くなった紀藤美恵子さんとよく似た顔立ちの花山沙織さんがいたことで、再び表に出て来てしまったんですね?」


ソウヤ君のお母さんはええ人やった。

ソウヤ君にいつも優しかった。

ジジイとババアから、いっつもソウヤ君を庇ってくれてた。


せやけど手が真っ赤になった時、ソウヤ君はお母さんのこと怖がってた。

物凄く怖がってた。

せやから手の赤いお母さんには、ソウヤ君の前から消えてもらわなあかんかったんや。


「美術の時間に手で絵を描くような授業がなかったら、花山沙織さんは死なずに済んだんですかねえ。

或いはそれは、単なる切っ掛けに過ぎんかったんやろか。

その後の事件でもそうですけど、あなたは、いや、<廉井徳夫>は美恵子さんが亡くなった時の状況を再現しようとしたんですかねえ。

姉の時はまだ小学生で計画性もなかったんか、或いは発作的にやったんか。

でも中学生になって、頭のいいあなたはかなりの計画性を持って、事件を起こしたんですよね。

花山さんの場合ですけど、あなたにとって、ということですか。

わざわざ彼女の両手を絵具で赤く染めてまで、お母さんにもう一回、同じ状況で亡くなってもらわなあかんかったんですね。

自分の心の奥底にある恐怖を消し去るために」


そうや。

お母さんの両手が赤いとソウヤ君が怖がるから。

赤い手のお母さんには、消えてもらわなあかんかってん。


「そしてその後も、不幸な偶然は続いてしまいましたねえ。

薄永登紀子うすえときこ先生の事件ですわ。

ちょっと紙に書いてみますね」


薄永登紀子⇒USUETOKIKO⇒KITOUSUEKO⇒紀藤すゑ子


そんなんわざわざ紙に書かんでも、頭のええソウヤ君には分かるわ。


「幼いあなたを精神的に虐待した紀藤すゑ子さんが、あなたの前に現れたんですね。

そして


そうや。

あの意地悪なババアが、性懲りもなくソウヤ君の前に現れよったんや。

せやから消したったんや。

ん?ソウヤ君?

ソウヤ君って、誰やったっけ?

あ、そうや。ボクの友達やった。


「この先のことは、言わずもがなですよね。

中三になって、また紀藤康雄さんの亡霊が紀藤宗也の前に現れた」


糸谷久寿男⇒ITOYAKUSUO⇒KITOUYASUO⇒紀藤康雄


「再び現れた紀藤康雄さんを、<廉井徳夫>は事故に見せかけて殺害した。

いや、事故に見せかけた訳じゃなかったんかも知れませんね。

僕は何で糸谷先生を、あんな複雑な方法で殺害せなあかんかったんかが、ずっと謎やったんですよ。

薄永先生みたいに単純な殺害方法はあったのに、何でわざわざあんな方法でと思ったんですわ。

けど漸く分かりましたわ。

幼い紀藤宗也君をいつもネチネチと精神的に虐待して、死ぬ間際まで巻き添えにしようとしたんですよね?」


キトウソウヤ君?ソウヤ君?

誰やったっけ?

聞いたことある名前やな。

それよりこの人、僕のことキトウソウヤいう人と間違えてはるわ。

僕はキトウソウヤやなくてヤスイトクオやで。


「あなたが<廉井徳夫>の人格で行った過去の四つの犯罪は、概ね僕の推測で合ってますかね?

幼い時からずっと精神的虐待を受けて、DIDを患ってしもたことには同情しますけど、だからと言って許す気持ちにはなれませんわ。

姉のことがあるのは勿論ですが、他の三人の被害者、特に花山沙織さんには殺されなあかん道理なんか全くなかったんですからね。

それにあなたの犯罪に巻き込まれて人生を棒に振ってしもた、苅田孝雄かりたたかおさんと高木翔たかぎしょうさんのこともありますから。

とは言え、今更紀藤宗也の過去の犯行を、証明することは出来んのでしょうけどね。

それが返す返すも残念ですわ」


キトウソウヤ?ソウヤ?ソウヤ?

誰やろ?

聞いたことある名前やな。


「さて、いよいよ最後の事件ですわ。

そもそもあなたが中学を卒業して以来、20年以上を経った今年になって、何で<廉井徳夫>が顕れたのか?それがずっと疑問でしてん。

けど、あなたの宿泊予定を知ってたのも、あなたの個人携帯の番号を知ってたのも、<廉井徳夫>があなたのもう一つの人格やったら、当然のことですわな。

あなた自身のことなんですから。

<廉井徳夫>としてメッセージを残すその時だけは、<紀藤宗也>の人格と入れ替わってたんですかねえ。

しかし何で20年以上出て来なかった<廉井徳夫>の人格が、急に出て来たんかが全然分からんかったんですよ。

せやけどそれも、あなたが五か月前に起こした事件の被害者の名前を聞いて、はっきりと分かりましたわ」


宇都興泰⇒UTOOKIYASU⇒KITOUYASUO⇒紀藤康雄


「震災で亡くなった筈のあなたの義祖父が、三度みたびあなたの前に現れたんですね。

あなたの会社の同僚の方から聴いたんですけど、宇都さんいう方は性格が紀藤康雄さんと似通ってたそうですね。

せやからあなたは、宇都さんを撲殺した後で、上から資料の詰まった段ボールの山を崩して、遺体に被せたんですね。

宇都さんを

今回は流石に瓦礫いう訳にはいかんかったんで、代わりに身近にあった、書類がぎっしり詰まった段ボール箱にせざるを得なかったんですよね。

けど紀藤さん。あなたは肝心なことを忘れてますよ。

アナグラムによると、紀藤さん。

あなた自身が紀藤康雄さんなんですよ」


紀藤宗也⇒KITOUSOUYA⇒KITOUYASUO⇒紀藤康雄


「つまりあなたは、あなた自身を消さん限り、紀藤康夫さんの妄執からは逃れられへんのとちゃいますかねえ。

或いは、しょうもない言葉遊びは、もうこれくらいにしときますか?紀藤宗也さん」


… … … …

… … … …

… … … キトウソウヤ?


「さて、僕が話したかったことはこれで全てです。

無事<廉井徳夫>の正体も分かって、お互いせいせいしましたね。

あなたが今、どんな思いでいてはんのかは分かりませんけど、僕としてはあなたに精々苦しんで欲しいと思てます。

あなたが殺した姉と他の四人の方や、あなたのせいで人生を棒に振ってしもた、お二方の分まで苦しんで下さい。

せやないと救いがなさ過ぎますやろ?

そしたら紀藤宗也さん。これで失礼します」


「キトウソウヤて誰やのん?

誰やのん?

ねえ誰やのん?

ボクの名前はヤスイトクオやで。

ヤスイトクオやで。

分かってるのん?

あんた間違わんとってや。

ボクはヤスイトクオやで。

間違わんとってや」


「おや、いつの間にか<廉井徳雄>さんに入れ替わってましたか。

と言うことは、紀藤宗也さんを消し去って、紀藤さんの妄執から逃れたいうことですかね?

いずれにせよ<廉井徳雄>さん、お目に掛れて光栄ですわ。

けどもうこれで、二度とお会いすることはないですけどね。

そしたら、これで失礼します。さいなら」


「ボクはヤスイトクオやで。

ヤスイトクオやで。ボクは。

間違わんとってや。

ヤスイトクオやで。

ヤスイ…」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モキュメンタリーホラーミステリー『廉井徳夫君を探しています』 六散人 @ROKUSANJIN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画