作者様は情緒ある作品を多く著していらっしゃいますが、本職では製薬企業に勤める所謂理系人間です。
一つの文書を他の文書と照らし合わせることなく虚偽と見抜けるのか。それは大変な問題です。その点で作者様は抜かりありません。町の公式ホームページの文章に、稚拙な、僅かな論理の歪みを校正せず残しています。多くの読者様が歪みに気づくことでしょう。
本作が行き着く先は恐怖の感情です。僅かな論理の歪みは、お天道様の下で言えないことを暗示しています。
闇の中で、町民が点す灯りに浮かび上がる、人間の狂気。歪んでいて、歯止めとなるべき感情が逆に後押しすらしていて。
さて皆様、本作を読んだ後に、家で安心して眠れますでしょうか。
峡嵐町役場ご担当者様
はじめまして。東京在住のクサカベと申します。
家族(夫と小学生の子ども一人、現在2人目妊娠中です)と共に地方移住を検討しており、最近インターネットで貴町の公式サイトを拝見しました。
まず、最初に申し上げますが、「峡嵐町」は「はざまらしまち」と読むのですね。
町長の狸穴様のご挨拶文はとても印象的で、町の歴史や誇りが伝わってきました。こういう「町の顔」が見えるサイトは、移住者としてとても心強いです。
特に「住居の無料提供」や「農耕地の貸与」、子どもの「学費全額免除」などの特典には、大変魅力を感じました。昨今の物価高騰もあり、自然豊かな環境で子育てをしたいと願う私たちにとって、峡嵐町の取り組みは希望の光です。
また、観光スポットの豊富さや伝統ある「峡嵐大祭」など、文化的にもとても興味深いものがあります。地域の神様「峡嵐様」に守られた土地……なんだか安心できますね。
ただ、少しだけ気になったのは、町内の「心霊スポット巡り」に関する情報や、「御供物」の表記についてです。町の伝統や信仰に深く関わる事柄なのだと思いますが、正直、都市部出身の私たちにはあまり馴染みがなく、もう少し詳しい説明があると安心できるかもしれません(たとえば、子供が参加しても安全かどうかなど)。
とはいえ、こうした独特な文化や歴史を含めて「町を知ること」が移住の一歩だと感じております。
ぜひ今後、オンラインでの移住相談会などがあればご案内頂けますと幸いです。
最後になりましたが、峡嵐町の益々のご発展を心よりお祈りしております。
ご多忙の中恐縮ですが、ご返信頂ければ幸いです。
敬具
クサカベ レイコ(移住希望者)
〒123-4567 東京都○○区××1-2-3
メール:[example@example.com](mailto:example@example.com)
電話:090-xxxx-xxxx
と或る、過疎化に悩む日本の地方都市
その名も 峡嵐(はざまらし)町。
歴史はそこそこ古いが、地方にありがちな
人口減少に悩む町長の出した広告。
移住者に対する破格な特典。とりわけ
子育て世代へのアピールはそれなりに
魅力的に映る。取り返しのつかない迄に
仮想価値概念の渦巻く世界の、島国日本。
少しでも豊かな生活が出来るのならばと
移住希望者が殺到する。
峡嵐町のサイトには、次から次へと
魅力的な特典やイベントが並ぶ…。
或る種のモキュメンタリー調。峡嵐町の
紹介を我々は目にするのだが、その裏に
隠された真実と、更にその先にある現実。
淡々とした内容で流れて行くこの
峡嵐町の お知らせ は、次第に不穏さを
帯びて行くが、同時に我々がこの町への
移住を決めようが決めまいが、皆が等しく
『峡嵐大祭』に参加する事になる。
それに気付いた時に、更なる恐怖と絶望が
山から吹き下ろす大風の様に、全てを
巻き込んでは呑み込み蹂躙するのだ。
今も、峡嵐町は好待遇で新たなる移住者を
募っている。
峡嵐町へ、ようこそ。
作品を読み終え、いくつかの「映画のDVDパッケージ」などが頭にちらつきました。
この土地、映像にしたらきっと「2000人の〇〇」とか「変〇村」とか、そんなノリのところなんじゃないか。映画通ならそういうイメージが浮かんできそうな感じです。
本編は「村長」からのメッセージという形で、狭嵐町(はざまらしまち)の概要について語られます。
もしも町の名前を間違って「きょうらんちょう」などと呼んでしまうと、身の安全が保証されないという。
……この感じ、覚えがある。「県名」の読み方を間違って「〇〇〇ギ県」とか呼んだりすると、「この、ごじゃっぺが!」と胸倉を掴まれるような土地も(北関東辺りに)実際にある! それに通ずる怖さを感じました。
読めば読むほど、「不穏な情報」がちらほらと目につくように。
移住した人についての説明。その先での「大祭」についての話。
この町の原住民と「旧住民」との間で起こったという話。
おいおい、なんなんだい、この土地は! この土地に住んでいるのは、本当に「人間」なのか……!?
読めば読むほどヤバさが伝わってくる。
どこかへ旅行、または移住する時には、しっかりと「説明」を読んでおくことが必要だと痛感させられました。
「あの時、ちゃんと紹介文を読んでおけば」。本作は、そんな風に後悔しないで済むための、「予行演習」ともなる一作です。