武江成緒

魔の棲まう結界の山。神の遊行する北の濱。 人智を超えたふたつの支店に有終の美を見事咲かせて本店へと舞い戻ったスーパースター銀行員、藤崎諒太が次に差し向けられたのは、人知れず都内にう…続きを読む

その眩しさに振りかえって涙すらにじませるのは、心打たれたゆえか、古傷が痛むゆえか。 歳かさねれば、もうあの頃には戻れない、戻らない、戻るには知識を重ねてあの無知を、あるいは希望をも…続きを読む

霊の声がきこえる少女メイ、霊が視える目をもつ少年レイ。 喧嘩しながらも仲のいい双子の姉弟の耳と目には、心残りをかかえたまま成仏できない霊たちの声が、姿がとどいてくる。 たまに危険な…続きを読む

夢から醒めてみれば、耳にひびくは戸外からの聞きなれぬ声。 水母の乾物、そんな聞きなれぬ声に、かすかな興味をそそられて。 いつものごとくに妻と言葉を交わし、朝飯の菜に買ってきてくれと…続きを読む

死したる者がその水を飲み、未練を捨てては去る湖。
生死のほとりで、静かに、寂しく、そしてどこか明るく語られ、伝えられた物語。そんな雰囲気が、すこし冷やりと包んでくれるお話です。

寒くなりゆく季節にて、それゆえにこその自然の息吹を肌に感じ。 それと同時に、屋内で、居間で、厨房で立ちのぼる温かさを愛しく見る。 まさに玄関にて、冬を迎えるのにふさわしき句たちです…続きを読む

空に還ろうと、糸車を繰り、羽根を織る女。 けれども絶望に目が曇らされていては、何を織り上げてもただ出鱈目にしか見えない。 どれだけ血を流して運命の糸を紡いでも、己自身を信じられねば…続きを読む

犬。 人間にもっとも身近であるその獣は、ある時は良からぬものから人を護るべく牙をむき、そしてある時は、人の骸を食いあさり生者にも牙をむける存在である。 人の宿業に染まった、この獣が…続きを読む

イギリスの童謡、マザーグースのなかに『The Untidy Man（だらしない男）』という歌があるのをご存じでしょうか。 谷川俊太郎氏の翻訳「ひとりのおとこが 死んだのさ」でご存じ…続きを読む

龍田姫。都の西＝秋の方角にひろがる龍田山の女神で、秋をつかさどるとされてきました。 古都の山々を錦色にそめる女神の手は届かずとも、町のそこかしこ、家のなかに、秋の息吹はほんのりと息…続きを読む

標準的な注意事項。 いささか標準的でない試験問題。 解答用紙に記された、解答者たちの声を見たとき、「試 / 験 (ため)」されていた事柄がなんなのか、正解がなんなのかが明らかに………続きを読む

その日は自分の祝事だった。 けれど何の祝事か、それはまったく覚えがなく。 ただ妻に呼ばれて玄関へゆくと、そこには「作文讀」と名乗る男が祝いを述べており。 祝事という約束事に操られで…続きを読む

はるか未来、管理都市にそびえたつ管制塔のなかに住まう姫。 その名に反して、飛びたつことなど夢にも知らず、ただ母たる管理AIの愛だけを求めていた無垢な彼女は、その果てに恐怖と絶望を知…続きを読む

地球は突如として崩壊し、人類とその文明は滅亡した。 だが、その「知性」は滅びず、自身を保存させ続け、いつの日か自身が再生されることを待っていた……。 地球文明史の、さらにその後の…続きを読む

問いかけに答えることは、自身の内部をさらす行為。 嘘を答えたり、誤魔化したり、あるいは黙ったりすることもあるでしょう。 けれども、それも許されなかったなら。 一枚、また一枚、どこま…続きを読む

いかに苦しいものであろうと、まだまだ終わる日はこない。 擦り切れるほどに歩いても、その意味は拾えない。 けれど、その靴は、「いつか おうちに帰った」という。 そのことに、ほんの少…続きを読む

これも若気の至りと言おうか。 後ろ暗い先輩に誘われて、あるいはノセられ、就くことになった「タイパ最強」の仕事とは、その内容も、目的も、さっぱり不明な作業だった……。 人の愚かさ、…続きを読む

衰退しゆくこの世界。 昏睡状態に陥り、仮想空間へと意識をうつした恋人は、そこで人の姿を失っていた。 仮想空間の存在である魔女は、恋人の姿を模して迫りくる。 肉体を離れれば、人格もま…続きを読む

建物がびっしりひしめく古い町。 目を向けることすら普段はないその狭い空間に、ふと目をやってみたならば。 そこにはかすかに、でも確かに「人の痕跡」がこびりついている。 あなたの住んで…続きを読む

もうすぐ、下に赤ん坊がうまれる、おさない少年。 彼が住むマンション、エレベーターの前に貼ってある注意書き。 日が経つにつれて、そのエレベーターの扉が勝手に開くことが増えて、そして、…続きを読む

名前も聞かず、助けることはおろか、何か返すことさえもできないけれど。 その人は、とても美しく、やさしく、そして気高い人だった。 枯れた山桜の樹のもとで出会った、哀しくも清らかな記憶…続きを読む

シュミラクラ効果、三つの点を視認すれば、両目と口に見えてしまうという錯覚。 それは本当に錯覚で、ただの偶然に過ぎないのか？ それとも、その三つの点は、本当に……？ 意識をひっくり返…続きを読む

旧字体、歴史的仮名遣い、各々の登場人物の口から出るに相応しく厳選された口調、そして、それらを巧みに際立たせる文章。 それらによって、「ああ、実際に、こんな場面が、かつてどこかにあっ…続きを読む

太陽が地球へと足をつけ、その姿を隠しきるまでのわずかな時間。
その光景の不思議さを詠みあげた詩。

かつて、その惑星には人間がいた。 人間たちは争い、その結果として文明を失い、そして知性すら失っていった。 最後に残った「人間」は、惑星の外へむけてメッセージを送り続ける。 人間とは…続きを読む

狛犬は、神域を護る、いわば神の眷属。 その起源は大陸の獅子像にさかのぼり、はるか彼方には古代メソポタミアのライオン像に至り、エジプトはギーザの大ピラミッドを護る大スフィンクス像とも…続きを読む

時を重ねた木と漆喰の美しい町並みを見守る風雅な鐘つき堂。 その影のごとく「アイツ」は悪意ある顔で歩き、町を、人を、傷つける不幸を見つけては嘲笑っている。 美しい町であろうと、そこに…続きを読む

あらゆる作業が人工知能によって制御される時代。 人はもはや大地＝地球の中にではなく、宇宙空間に還って星とまたたくことが望まれるようになった時代。 信仰の、感性の土台が崩れさりながら…続きを読む

作者様ご自身の見られた夢をプロンプトとしてAIに入力し、どのように「小説」として仕上げてくれるのか……という、まさに実験小説。 人間の無意識下から立ちのぼる靄を、人工の知能はいかに…続きを読む

調理された魚の目玉をえぐり出して、しゃぶったり、崩したりした思い出はおありでしょうか。 あの目玉の芯にのこる、プラスチックでできたように半端な硬さをもっている、真っ白で真ん丸な、ち…続きを読む

幼いころに流行した花占い、語り手が示したふしぎなその“才能”。 物を識るにつれてだんだんと、察せられてくる。 その花たちが、どこに、なにに繋がっていたか……。 最後でゾクリとさせ…続きを読む

海水浴場に、外洋に暮らすはずのサメが来襲し、何十人もの人々を殺傷する異常事態が。 その底には、サメよりはるかに救いがたく邪悪な人間の所業があった。 憎悪にとらわれたサメの怒りを晴ら…続きを読む

姉は夫を愛していた。 執念をたぎらせつつ、長い時間を費やして、ようやく夫を手中におさめた。 そして、弟もまた、禁断の想いを燻ぶらせていて……。 狂愛の獄炎にあがく姉弟に対して、天使…続きを読む

哀しみのしずむ霧の湖から泳ぎ出て、少女の体を得た魔物の腕。 少女は歌う。わたしはここに、そこかしこに、と。 歌う少女の現れた場所では人々は倒れ、その地は水に沈んでゆく。 白と黒のピ…続きを読む

人は「縁起」で成り立っているという話があります。 心理学上も、人間の人格というものは周囲との関係によってあらわれる、という説があるそうです。 悪い人間関係に苦しむことは多いけれど、…続きを読む

余命いくばくもない男のもとに現れた「しきみ」と名乗る行商人。 不老不死の妙薬とされる人魚の腕を置いて去り。 その代償は、決して海に近づかぬことだというが……。 風雅な筆でじっとり…続きを読む

姉は美しく、そして心清らかな少女だった。 けれど、あるいはその代償に、知恵の育ちは良くなかった。 ヒトカタのように、ほがらかで、従順で、誰からも愛され、そして祭りとともに淵の神様に…続きを読む

おそらくは、現の世界では遭うことかなわぬ相手。 それを求めて、夜の山の奥ふかくへと踏み込んだ。 そこは世界のとばりも、虚実の真偽も定かならざる不可思議な郷、そこで叶う再会の夢。 一…続きを読む

まるで七枚の、それぞれあざやかな幻燈のような、不思議で、綺麗で、せつない景色。 それらが終わればただ白い光、白いスクリーン。そこに君の残像は映るのだろうか。 目をつぶれば、またあの…続きを読む

読んでいくと、きっと、仲の良い、あたたかくて楽しい家族なのではないか、そんな雰囲気が、店舗の小気味よい会話のむこうから立ちのぼってきます。 おばーちゃん、きっともう、未練もなく、満…続きを読む

死刑囚の最期の独白と、それを見守った看守の物語。 けれども、最後まで読み通せば、その尊厳には水を浴びせられ。 否、尊厳をかろんじるこの世界こそが狂っているのか。 三つの視点が歪に絡…続きを読む

堺の町へと迫りくる大嵐、織田信長。 今の世の三十億円に相当する大金の要求に揺らぐなか、商人に徹し、冷徹に進むべき「道」を見定めた男がいた。 茶人としても名高い今井宗久、商人としての…続きを読む

まだ世界が固まらず、今よりも大雑把で混沌としていた時代。 天空にて争いがおこり、血の雨が山に振りそそぎ、そして生まれた赤い子。 太陽の争うなかで踏みにじられて黄泉帰り、醜さの塊とな…続きを読む

幼子は無垢であるがゆえに、夢を見、傷つきやすく、冷酷で、切実。 蟻のごとき人生の黒さに蝕まれる恐怖を知り。 幼く死んだ友人の遺影からは、やわらかい桃も、白い砂糖も取り除けられて。 …続きを読む

春夏秋冬それぞれを代表する情景をみごとに切り取った四首。
そして、その根底には、変わることなき暖かき眼差しがそそがれています。
そんな素敵な一年を体験してみたい方、どうぞ！

迷信だと言われようが、認知バイアスだと言われようが、「呪日」は毎年、私のもとに巡りくる。 毎年来るならば、そう、いっそ……。 「呪われた」というリアリティがのしかかってくる作品です…続きを読む

すさまじい水圧に満ちる、日光のとどかない世界。 それでもそこは、地上と同じく生命の満ちている世界で、種々様々な住人たちが懸命に暮らしている。 そのことを拾い上げ、愛情込めて端麗に磨…続きを読む