ヴェルサイユ症候群
七雨ゆう葉
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
初めは言葉を失い、激しく感銘を受けた。だが9回目ともなれば、宮殿内で開かれる華やかな舞踏会にも、もはや日常的な慣習として
舞踏会のみならず、時に同族であろう貴族の衣装を
場所はフランス、パリ。
夢の中の私はいつも、高貴なる中世時代の真っ只中にいた。
その後夢から覚めれば、いつもの何気ない日常生活へと舞い戻る。
どうして同じ夢を見るのか。同じ場所なのか。
思えば私には、共通するある要素があった。
好物はマドレーヌなどの洋菓子。大学時代の第二外国語は仏語。そして趣味は宝塚歌劇団などの観劇。その中で最も好きな演目は「ベルサイユのばら」
それらは意図的なものではなく、全て偶然だった。
どうしてフランスなのか。なぜここまでフランスを愛好し、まるで祖国かのごとく愛着を抱くのか。
まさか、もしかして。
何度も思案した結果、私はある仮説を導き出した。
「私は前世、フランスの貴族だったのかもしれない」
迎えた休日。真っ青なハットに純白のロングコート。そして深紅のハイヒールと、トリコロールカラーに身を包んだ私は、駅近のデパートにある書店へと向かった。
この感情を、欲望を抑えられない。来月訪れる長期休暇で、私は一人フランスへの渡航を決意し、外出の目的はその情報収集だった。
エッフェル塔にルーヴル美術館、凱旋門にコンコルド広場と、数ある観光地の中で、今回一番訪れたい場所。夢中で何度も目にした大宮殿――「ヴェルサイユ」
深い親和性を抱きながら、幼少期に没入し鑑賞していたアニメ、通称「ベルばら」の主題歌「薔薇は美しく散る」を口ずさみつつ歩を進めていると(もちろんこれも偶然である)、通りに設置されたとある掲示板の広告に思いがけず目を奪われた。
「夢占い はじめました」
何という偶然だろうか。これは一石二鳥。
繰り返し夢に見るというこの不可思議な現象の、原因を知りたい。自身の仮説の是非を確かめたい。
書籍は後でいい。ある種天啓を得たい一心で、私は逡巡することなく
「なるほど、そうですか。しかも同じ夢を、9回も」
「はい、そうなんです」
黒のヴェールがひらりと揺れる。相手の女性は両手を水晶に
「見えました」
「えっ、見えた?」
「ええ。それはまさしく、あなたの前世と深く関係しています」
やっぱり。
決して、早合点ではなかった。正しかった。
「この世の命は巡り回る、輪廻するモノ。その夢をあともう一度、10回目まで見たあなたは――」
「来世はフランスの高貴な家柄の子として、その生命を営むことでしょう」
「ですがいいですか。必ず、10回目まで目にすることです」
そうですか……と、ただそう答えることしかできなかった。あと一回、10回の節目まで到達することが重要と強く進言し、そうして占いは終了した。
何だろう。何が起きるのだろう。
書店での用件をすっかり忘れ、帰路へと急ぐ。既にフランスに対する愛好心を自覚していた私は、直ぐにでもベッドに入りたい気持ちだった。
もう一度、早く夢の中に入りたい。
感情が溢れ、軽やかになる歩調。空を仰ぎ見、スキップをしながら進む。すると交差点のど真ん中、突如現れた大型トラックの急ブレーキ音が、夕空を切り裂くように激しく轟いた。
◆ ◆ ◆
ん。
あ。
あれ。
こ、ここは……。
どこ?
目を覚ますと、眼前を、広々とした西洋式の庭園が視界を埋め尽くした。
せせらぐ水の音。そして遠方には、深い針葉樹の連なり。
フランスだ。間違いない。
ここは、中世のフランス。
――輪廻。
私は即座に確信した。
夢から、うつつへ。けれど、これはタイムリープ?
占い師は具体的な時代設定までは明示しなかったが、どうしてだろう、不思議と悲観などは感じなかった。
世界史で、あるいは創作物である種の憧れを抱いていたこの時代。
中世にリープしたとはいえ、貴族の身分としてこの現代を謳歌すればいい。むしろそのほうが、しがらみの多いあの時代よりかかえって充実できるのかもしれない。私は新たなる生を享けた。
今はおそらく昼下がり。すると遠巻きに、ドレスを身に纏い日傘をさした女性たちが群れをなし、広間へと向かうのが見えた。
その中で、既に友人となっているのだろうか。こちらを
そういえば私、こんなに背低かったっけ。思いつつも順応は早い。相手の女性に対し笑顔で首肯し、すぐさま合流を図るべく駆け出した。
だがあれ、おかしい。この時代のドレスは複雑な仕様なのか、動きにくい。思えば
今行くからと合図するように、私は大きく手を振りあげた。
だがあれ、うまくいかない。どうして。
困惑しながらふと、自身の眼下に映り込んだ見慣れない色素と毛並みに、私は言葉を失った。
その後。全く慣れない動作で、どうにか広間へと向かう。
広間のある宮殿へと辿り着いた私は、内部ではなく外、ガラス窓の前へと進み静止した。
フランス語でなくたっていい。生前の母国語でも。私は叫んだ。
舌が長い。歯は生え揃っている。けれど何をどう試みても、喉奥からは一音しか発することができなかった。
ヒ!(誰か!) ヒヒー!(誰かぁ!)
叶わず、再びガラスへと目を向ける。広間では男女が音楽に身を興じつつ、舞踏会と思しき宴が楽しそうに繰り広げられていた。
じっと、その光景を静観する。だが透明な隔たりに映る自画像は、全くもってヒトの様相を呈していなかった。
以前と比べ視野が広い。嗚咽を抑え混乱しながら、私は生前を振り返った。
もしかして……これが私の、もともとの前世?
9回目で、10回に満たなかったから?
私は改めて、当時見たこれまでの夢を、その細部に至るまで可能な限り回想した。
舞踏会での光景。洋菓子の提供。庭園での休息。よくよく振り返ってみると、それら全ては私自身がビデオカメラよろしく、自分視点で他者を見ていた映像にすぎず、私そのものの動作によって形成された要素は一つもなかった。
夢を見始めた、あの時から。
最初からずっと。
私は、ロバだったの。
ヒ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒィーン!
開けた空にこだまする雄叫び。
全ての力を振り絞り。
私は感情を、咆哮として解き放った。
されでも、絶えることなく。
舞踏会は続く。
ヴェルサイユ症候群 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
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