春の弥生のこの良き日
うめもも さくら
あの日見た二人
この平安の世に思う。
姫である自身の想いなど、
この部屋を淡く照らす
姫である自身の幸せなど、儚いもの。
降り止まぬ春の雨の中で、山々を懸命に彩りながら、散り急ぐ桃の花よりも。
夜の静けさに混じる音が遠くに聞こえる。
風が戸を叩く
昔、兄の
私や女房の前では、薄く微笑んでるばかりだったけれど。
私はそれをお人形みたいだと、そら恐ろしかった。
まるで私の
兄と義姉様、二人の並んだその姿が、私のこの
夜の静けさに混じる声に誘われるように眠る。
兄の二人目の赤子がむずがる声や子をあやす声。
義姉様はどんな想いを抱えているのだろう。
義姉様は幸せになれるのだろうか。
あの赤子も、いつか私のように眠るのだろうか。
夜を越えれば、この世も朝になる。
眠りから覚めれば、明日が今日になる。
部屋には着物に
その部屋で、屋敷の主である父に
着物を着せ替えて、紅を引いて、髪を
そして飾り立てられたお人形を連れ出して、次の持ち主のもとへと運ぶ。
私には目に痛いほどの
美しい
酒でも
「
殿方の眼が語る。
私を語る。
眼の前にいるのはお人形ではないのね。
私を見てくれるのね。
「貴女を一目、この眼に宿した日から、貴女のために今日まで生きてきたと悟りました」
私、昔から怖かったの。
義姉様のように、お人形になるのが。
私、その日から諦めていたの。
私ではなく、姫としての在り方だけ取り繕ったの。
「今でなくとも、かまいません。貴女がいつか、もし、私と同じ想いを抱いてくれたら、私は
私の想いを
私の幸せを望んでくださるのね。
晴れた陽の明かりの中、美しい屏風の前。
赤らむお顔の貴方と薄く微笑む私。
恐ろしかったはずの姿が剥がれて、見る見る間に塗り替えられていく。
――あぁ、私がお人形にしていたのね。
ねぇ、義姉様。
私は義姉様の想いを知るすべはないわ。
私は義姉様の幸せを
――でも、幸せでも涙は溢れるものなのね。
私は心の内で、幸せになる覚悟で
誰がなんと言おうと、私は幸せになるのだから。
春の
私の幸せな
この平安の世に問う。
姫である自身の想いなど、些末なものなのか。
この部屋を明るく照らす子供たちの傍らで、よしよしと撫でるこの時が、一瞬でも
姫である自身の幸せなど、儚いものなのか。
降り止まぬ春の雨は、桃を散らせど、かの美しき桜の花を起こす
だから、どうか、恐れないで。
薄く微笑む私を見て、この先を憂いないで。
私はこんなにも幸せなのだから。
そして、どうか、惑わされないで。
姫君の在り方や、世の中の流れに惑わされないで。
今日はこんなにも晴れの日なのだから。
あの時、泣いていた兄の子や私たちの子らよ。
それは、私たちが幸せだと伝えることだと思うの。
前の世を先の世が羨み、望み、続いていくように。
だから、紡ぐわ。
春の弥生のこの良き日。
なにより幸せな
春の弥生のこの良き日 うめもも さくら @716sakura87
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