ふたご、ふたご。

はじめアキラ

ふたご、ふたご。

 僕には双子の兄弟がいる。

 双子と一言で言ってもいろんなパターンがあるだろうが、僕達は一卵双生児で見た目も声もそっくりだった。多分、お母さんやお父さんであっても、僕達の顔を見分けることは至難の業だっただろう。というのも、僕達は見た目のみならず性格もそっくりだったからである。

 幼稚園の頃は、とにかく乗り物と恐竜が大好きだった。よくティラノサウルスの玩具を取り合いしていたのを覚えている。引っ張りすぎて首が取れてしまったときは揃って大泣きしてお母さんを困らせたものだ。

 小学生になってからは、特撮である電撃戦隊ライレンジャーに仲良くドハマリした。普通、ああいう戦隊モノはレッドがリーダーで、大抵の男の子はレッドが好きになると相場が決まっているものたが、僕達は揃ってブルーが一番好きだった。力持ちで優しいブルーこそ僕たちにとっては本物のヒーローで、戦隊ゴッコをする時は大抵ブルーの取り合いになったものである。

 趣味も好きなものもそっくりな僕達。唯一違うのは、得意なものだった。特に勉強。僕は幼い頃から文系で、弟は理系。そのせいか、小学校に入ってから弟はしょっちゅう僕におねだりをするようになるのである。


『ねーねーねー。今日漢字テストがあるんだよ。ボク全然できる気しないんだよねー。だからさぁ、おねがーい。先生に叱られるの嫌だしさー』

『あーもう、しょうがないなあ』


 ちょっと大きくなっても、僕達はそっくりのまま。身長だって綺麗にぴったり同じ。両親も見分けるのに苦労するのは相変わらずであるようで、僕たちは着ている服やランドセルの色で違いを見せるようにしていたのだった。僕が黄色を身にまとうことが多くて、あっちは緑が多かった。そういえば、好きな色が違う、というのも数少ない僕達の違いであったように思う。

 で、そうなればもう何が起きるかは明白だろう。

 僕たちが服と持ち物を交換すれば、もう誰も見分けることができなかったのである。ゆえに、ある時を堺に僕達はテストを中心に“立場を交代”することが増えた。あいつが苦手な漢字テストを僕が肩代わりし、逆にあいつは僕が不得意な算数テストを代わりにやってくれるという寸法だ。いつもクラスが違うので、そういうことも充分可能だったのである。

 交代したあとは、お互いに今日何があったかを細かくメモして報告。それで、交代したことがバレないように、友達とも話を合わせる。――僕達は、僕が思っている以上にそっくりであったらしい。何度もそういうのとを繰り返したが、僕たちの入れ替わりがバレることはただの一度もなかったのである。




『今日は水泳の泳力テストあんだってー。お願い、ボク泳ぐの苦手だからさー』


『おっけー、調理実習の担当はボクだね!』


『明日、出席番号的にボクが先生に指されちゃうんだよー。代わって代わって!』


『はい、理科のノート取ったよ!実験、たちばな君はすごく手先が器用だねって先生や金田さんたちに褒められたから話し合わせてね』


『音楽の合唱どうする?ボクのクラスが選ばれてるけど、みんな本気になってるし……上手いほうが出るのがいいんだよ、そっちが行く?』




 こんな具合である。

 最初はちょっとだけ罪悪感があった僕も、段々と彼と交代することに違和感がなくなっていった。相変わらず彼は僕のことが大好きだったし、趣味趣向も合うので話題にも事欠かない。そっくりすぎて喧嘩することもあったが、それ以上に仲良しの双子だったと思う。両親や、周りの友達が羨むほどに。圧倒的に僕も弟も、どんな友達よりお互いと遊ぶことが多かったかだ。

 これで、好きな女のコが同じ、になったら流石の僕達も関係に罅が入ったのかもしれなかった。しかし、どういうわけが僕達はどちらも初恋というものをすることがなかったのである。同性が好きとか、無性愛者とかそういうわけではない。女のコが可愛い気持ちはあるものの、どうしてもそれが恋まで発展しないのだ。

 その前に、片割れの姿がちらつくのである。僕が彼女なんか作ったらがあいつが困るだろうな、と思ってしまうのだ。


『橘兄弟って、目茶苦茶仲良いよなー』


 中学に入ってからも、僕達は交代を続けていた。お互い苦手なところを補い合うのが普通になっていたため、どちらも成績は非常に良い。そもそも、得意な科目だけテスト勉強すればいいのだから、成績も良くなるに決まっている。まあ、体育祭なんかになると上手く誤魔化して交代するのに少しだけ苦労はしたけれど。


『双子ってそういうもんなの?てっきり、そっくり過ぎて喧嘩することも多いのかと思ってたぜ』

『あはは、僕達に限ってそんなことないですよー』


 部活の先輩に、僕は笑って答えた。


『だって僕達は一心同体ですから。ちょっとした喧嘩くらいするけど、仲違いなんてありえないです』


 この頃にはもう、テストや授業、イベントでの交代も手慣れたものだった。誰一人、僕達がやっていることに気づかないから何も問題はない。

 それから、不思議なことに交代している間に起きた出来事の伝達も妙なほどスムーズに出来るようになっていたのである。お互いに軽く情報交換するたけで、いない間に起きている出来事が完璧に把握できるようになっていたのだった。

 言動の矛盾で、誰かに違和感を抱かれることもほぼ皆無になっていた。僕はそれが、なんだか誇らしくさえあったのである。




 ***




 高校三年生になっても、僕達の関係は変わらなかった。僕達はともにデザイン系の専門学校に行くことになった。普通の大学受験では“交代”を使うのが難しかったのもなくはないが、そもそも互いに行きたい方向性が決まっていたというのもある。

 二人で違う学校に行く、という発想はなくなっていた。二人が離れ離れになることなど有りえないと、当たり前のように考えるようになっていたのである。自分達は二人で一つ。これからもそうに違いないと、漠然とそう信じていたのだ。


『将来さぁ』


 ある日、あいつとゲームをしながら僕はふと呟いたのだった。


『やっぱりカノジョ作ったりとか結婚したりとか、そういうふうにしないと駄目かな。父さんも母さんも、やっぱり俺達のどっちも結婚しないと不安になるだろ?ジイちゃんたちもさあ、僕達に女っ気がまったくないの気にしてるっぽいし』


 十八歳が気にするには早い話なのかもしれない。でも、その時ふと思ったのである。

 結婚は、一対一のカップルでしかできない。そのうち同性婚はできるようになるかもしれないが、いずれにせよ僕達二人が一人の人間と結婚することなど不可能なわけだ。今度ばかりは、お互いに交代しながら恋人を愛することなんてできるとも思えない。

 というか、さすがに二人で一緒に住まない生活が想像つかないのだ。片方が結婚したら、もう片方と一緒に住むのはかなり難しいだろう。


『ええ、そういう話まだ早くねー?』


 受験もさっさと終わり、部活も引退しているので放課後はまだ勉強しているクラスメート達を横目に遊び三昧という僕達。あいつが買ってきたレースゲームは僕の好みのストライクだった。ストライクでないはずがなかった。


『早いけど、僕達も十八だろ。ちょっと考えちゃうじゃん、そういうこと』

『うーん、そっかー。ボクはどうでもいいけどな。まあ、強いて言うなら、ボクたち二人で結婚できたら万事解決な気がする。結婚したからってセックスしなくちゃいけないルールはないしー?』

『ははは、そりゃそーだ。でもなー、僕達は兄弟だから結婚できんって、法律上』

『えー。双子でも結婚できればいいのに。めんどくさー』


 冗談交じりにそんな話をしたのをよく覚えている。僕もあいつも笑っていた。二人で結婚したことになれば、僕達は離れずにいられるのに、と。

 お互いが大好きだけれど、それは恋愛感情ではない。それでも結婚してしまえば楽だなと当然のように思ったのだ。自分達が離れる理由がなくなるのだからと。残念ながら今の医学の技術では男同士で子供を作ることだけはできないけれど、それだって別に結婚=子供が必須というわけではないのだから。

 違和感などなかった。ないはずだった。

 専門学校に入り、二十歳の飲み会の席。同席したとある大学の年上の女性に、こんなことを言われるまでは。


『へえ、橘郁人たちばないくと君と、橘泉人たちばなせんと君って言うんだねー』


 彼女はけらけらしながら、僕達を見て本当にそっくりー!と笑った。そして。




『で、どっちが郁人君でどっちが泉人君なの?ていうか、お兄ちゃんで弟?』




 僕達をよく知らない人間なら、その疑問は当然だ。双子を見かけたなら大抵僕だって同じことを問いたくなるだろう――どっちがどっち?と。

 しかし。


――あ、れ……?


 僕は、顔からゆっくりと血の気が引いてくるのを感じたのだ。僕は自分の記憶を辿ろうと必死になった。高校生、中学生、小学生、幼稚園、赤ちゃんの頃まで。しかし、いくら記憶を辿ったところで答えには辿り着けなかったのである。

 見分けがつくように、僕達は色違いの服を着せられていたはずだ。しかし、僕には緑の服を着たことも黄色の服を着たこともあった。片方の色が好きだと希望してその色を選んだはずなのに、僕は自分がどちらを希望したのか今どうしても思い出せないのである。

 そもそも、どちらの色が郁人で、どちらの色が泉人だっただろう?

 そしてどちらが、兄で弟?


――え、え?


 僕は、ようやく気付いた。むしろ今の今まで気付いていなかったことに愕然としたのだ。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――あいつと交代して、それが当たり前で。

 その結果僕にはわからなくなっていたのである。自分が橘郁人なのか、橘泉人なのかが。

 そして自分が兄なのか、弟なのかも。


『もー!佐藤さん、そんなのどーでもいいじゃないですかー!』


 固まった僕をよそに。

 あいつは僕の肩に腕を回して、こう言ったのである。


『ボクたちはどっちも橘郁人で橘泉人!運命共同体ってやつなんですぅー!二人でひとつだから、どっちがどっちなのかないんですよー』


 そして。ニヤリと笑って、僕の耳元でこう囁いたのだ。僕にだけ、聞こえる声で。




『ねえ、兄弟?だってお前は、ずっとボク自身だもんね?』




 ああ、彼はいつから計算していたのだろう。最初に交代を始めたその時から?自分の半身である僕を、本当に彼自身の一部にするために?絶対に離れていかないように、二人で一つの存在にするために?


「じゃあ、今日は橘郁人として、営業行ってくるよー!」


 あれから数年後。

 三十路手前になった僕はまだ、あいつと二人で生活している。結婚なんて生温いものではなく、完全に魂も体も二人で一つになって。


「だから今日は、お前が橘泉人でいてね!ライターの仕事頑張って!」

「……ああ」


 未だに僕は。自分が“誰”なのかが、わからずにいる。

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