こっくりさん帰れない
黒澤 主計
どうしたら、俺はこのブタ箱から脱出できるんだ!
「こっくりさん、こっくりさん、質問にお答えください」
少女の指が、十円玉をしっかり押さえる。
「明日のテストは、どんな問題が出ますか?」
人間という奴は、いつの時代でも占いが好きだ。先のことがわからないから、誰かに未来を教えてもらいたがる。
なんとも、可愛らしい奴らだ。
いいだろう、と『俺』はすぐに質問に答えてやる。
紙の上で身を動かし、答えとなる文字を示してやる。
『さ』『ん』『す』『う』
さあ、喜べ子供たち。明日のテストの問題は『算数』だ。
「はい、ありがとうございました」
どうやら、納得してくれたらしい。
あとは、いつもの儀式をやってくれ。俺に質問を終えた後は、『おかえりください』と言って十円玉から憑依を解く。そうでないと大変なことになるからな。
「じゃあ、十円はもうしまおう」
だが、少女は大切な言葉を言ってくれなかった。
あれ? ちょっと待って!
少女は指で押さえるのをやめ、俺の憑依した十円玉をつまみあげる。
そのままおもむろに、ブタの貯金箱へと投入した。
これは、どういう状況なんだ。
俺は『こっくりさん』だ。人々の求めに応じて参上し、十円玉などの小銭に宿っては質問に答えてやる。
人々はいつも俺を畏れ、怪談のネタにする。『こっくりさん』の儀式をちゃんとした手順でやらないと呪われるとか、様々な恐怖エピソードが語り継がれている。
なのに、なぜだろう。
俺は最後の儀式をやってもらえなかった。おかげで十円玉に宿ったまま。
そして今、貯金箱の中にいる。
「やあ、新入りかい?」
俺の閉じ込められた空間には、無数の十円玉がひしめいていた。
くすんだ銅の色。茶色い円形の奴らで空間が満たされている。
「君も、あの子に『おかえりください』って言ってもらえなかったんだな」
「あの、もしかしたらあなたたちは?」
数秒では数えきれない。十円玉は十枚や二十枚ではきかないはず。
「そうだよ。ここにいる全員が『こっくりさん』なんだ。あの子はどうも、占いのマナーがわかってないらしくてね、聞きたいことだけ聞いたら、すぐに僕たちのことを貯金箱の中にぶち込んじゃうんだ」
「全員というと、ここにいる十円玉は全部」
「そう。こっくりさんが宿ってる。閉じ込められていると言ってもいいかな」
バカな、と俺は戦慄した。
こっくりさんに『おかえりください』を言わない。それは祟りが起こっても不思議でない事象。あの子供、それを何十回と繰り返しているのか。
「
「何か、俺たちみたいなのを集めることで、目的、とかがあるんでしょうか?」
「多分、ないと思う。ミザリちゃん、今年で小学三年生なんだけど、まあ、わかってないんだろうね」
「どうにか、ならないんでしょうか」
俺は一体いつまで、十円玉のままでいればいいのか。しかも、ブタの貯金箱の中で。
まさに『ブタ箱』にぶちこまれた状態だ。
「君こそ、何かアイデアない?」
あっさりと問い返され、俺は途方に暮れた。
ここはどうやら、ミザリちゃんの自室らしい。
今日も夜が明け、朝はミザリちゃんがランドセルを背負って学校に行く。そうして帰ってきたら、お友達らしい『アサコちゃん』と一緒にマンガの話なんかをしていた。
「とりあえず、やってみます」
先輩たちに声をかけ、俺は全身に力を入れる。
こっくりさんの力。見せてやる。
十円玉に宿った俺は、少しだけ体を振動させられる。
くらえ! ラップ音!
カタカタ、と十円玉を振動させ、貯金箱の中で音を出す。
さあ、不気味がれ! 放っておくと祟られちゃうかもしれないぞ! 君は何か、大事なことを忘れてるかもしれないって、今すぐ思い出すんだ!
「ミザリちゃん、何か音がしない?」
お、いいぞ。アサコちゃん。
「そうだね。ブタさんの方から音がする」
テテテ、と軽い足音が近づいてきた。
「シャンシャン! シャンシャン!」
貯金箱を掴み上げると、上機嫌に振り始めた。
やめてくれ! 目が回る!
激しく撹拌され、俺は先輩たちと上も下もなくぶつかり合った。
やめなさい。お金で遊ぶんじゃありません!
「なんか、楽しいね。ミザリちゃん」
「うん。楽しいね!」
朗らかな声を出し、ミザリちゃんは貯金箱を振り続けた。
何か、脱出する方法はないのか。
「あの子は一体、なんなんでしょう」
どこか、俺の知っている常識が通じない。
「今まで見守ってきた感じだと、あの子は多分、僕たち『こっくりさん』が大好きなんだよ。そうでなきゃ、三十回も占いをやらないさ」
「それは確かに、そうでしょうけれども」
「だから、この環境も悪くないんじゃないかな。このままあの子が大人になるまで、僕たちはここで見守っていればいいんじゃないか。最近はそう『悟った』んだ」
既に、その境地に。
「いやいや、このままじゃダメでしょう!」
一瞬呑まれそうになったが、すぐに否定した。俺たちは『こっくりさん』。未来を知りたいと思う憐れな人間たちのために、光明を示してやる存在だ。
こんな監禁生活に、馴染んでいていいはずはない。
「でも、方法もないしねえ。僕たち全員で動いてみたこともあったんだけど、この貯金箱を転がすことすら出来なかったよ」
ぐう、と呻きが漏れた。
このままこんな場所で、十円玉として生きていくしかないのか。
「ねえ、また『こっくりさん』やろう」
次の日、ミザリちゃんの声がした。「いいよ」とアサコちゃんの声が返す。
ちくしょう、また犠牲者が増えるのか。
これ以上、ここに俺たちが増え続けたらどうなるのか。ぎゅうぎゅう詰めになって、息苦しくなっていくんだろうか。
「アサコちゃん、十円玉持ってる?」
「ううん。ないけど」
「どうしようかなあ。十円がないよ」
よし、とりあえずキャンセルか。
「五百円しかないけど、大丈夫かな?」
なんだと、と俺は戦慄した。
五百円でこっくりさんだと? 俺たちは全員十円玉。そんなところに、五百円玉に憑依した新入りが現れる。
その時、どんな構図になる?
間違いなく、俺たちより『格上感』が出る。
やめてくれ! そんな残酷なこと。絶対にするな!
「じゃあ、始めようか」
無慈悲な声は、時間を先へと進めていく。
「こっくりさん、こっくりさん、来てください」
もう来てるよ。ミザリちゃん。『もったいない』って言葉知らないの? ね、ここにいるから。だからもう一回使おうよね?
「あ、動いた」
馬鹿野郎。のこのこ来やがって。
「こっくりさん。質問に答えて下さい」
楽しそうに、ミザリちゃんがお願いをする。
「今日の晩ごはんはなんですか?」
お母さんに聞きなさい。
「ふうん。グラタンとフライドチキン」
お母さん、もっとカロリーのこと考えて。
「うん。ありがとうございました」
もう満足してしまったのか、ミザリちゃんはお礼を言っていた。
今日もやはり、『おかえりください』は言わなかった。
「あ、皆さんもこっくりさんなんですね」
新入りの奴は、デカい図体をしていた。
金色に近い五百円玉。令和五年と体にあり、まだピカピカと光沢を発していた。
「皆さんは全員、『十円玉』なんですねえ。はあ、なるほど」
今日は誰も、何も言わない。
「十円玉か。まあ、世の中には必要ですよね。十円には十円の良さがある、というか」
何こいつ。すげえムカつく。
明らかに、上から目線な物言いしやかがって。
これで貯金箱の中身は八百円。
どうもこの事実も気に食わない。俺たち三十枚を合わせたよりも、この新入りの野郎の方が価値も高いなんて。
「まあ、子供ですからねえ。いつか、外に出られるんじゃないですか? 五百円って、やっぱり子供にとっては大金っていうか、必要な時、すぐに来ると思いますよ」
ぶん殴りたい。
せめて、俺の体にギザギザがあれば。少しはこいつを削ってやれるのに。
今までの監禁生活もきつかった。だが、こいつが現れたことで俺のストレスは今までの何倍にも膨れ上がっている。
「ワンコイン。安そうに言われるけど、昼食一回分って、貴重ですよね?」
物価高を知らねえのか。てめえじゃ牛丼も食えねえよ。
なんでもいい、とにかくこいつだけは撤去してくれ。
ミザリちゃん。もっと奔放に生きてくれ。その辺でお菓子でも買ってくれ。
そもそも、この十円玉はかりそめの姿。別に俺自身の価値じゃない。
だが、時間は俺の心を削っていった。マウントを取る奴。窮屈な環境。思考を続けることすら苦痛に感じられ、自分が本当にこっくりさんだったのかも自信がなくなってくる。
俺は、本当はただの十円玉だったんじゃないのか。それに自我が芽生えて、自分が神様だったという妄想でも抱いているだけなんじゃないのか。
わからない。太陽の光に当たりたい。誰かに必要とされたい。
「ミザリ、この前テーブルの上にあった十円玉、持ってかなかったか?」
ついに、俺の身に転機が訪れた。
「うん。持ってったよ?」
父親らしき声に対し、ミザリちゃんが応える。
途端に、周囲の空間がザワリと蠢く。
「あの十円、特別なものなんだよ。今度、『買い取り』に持っていこうと思ってたところなんだ。だから、返してくれないかな」
父親はそう言い、「うーん」とミザリちゃんが残念そうに声を出す。
まさか、と思った直後、貯金箱がふわりと浮いた。
割られるのだろうか。金槌か何かで、これが壊されるのか。
でも、心配は杞憂だった。ブタの貯金箱にはプラスチック製の取り出し口があり、そこからザザっと俺たちは外に流れ出した。
良かったね、ブタさん。
「だいぶ貯め込んだな。どこに行っちゃったんだろ」
父親はうんざりしたように、十円玉を一枚一枚検分していく。
これは、やはり『そういうこと』だろうか。
じわじわと、俺の心の中に熱いものが込み上げる。
五百円の野郎をチラリと見る。蚊帳の外に置かれて大人しくしていた。
俺たちは十円。買い物での価値は十円。
でも、本当にそう言い切れるのか?
「令和元年。昭和五十三年。こっちのギザ十は昭和三十五年か」
一枚ずつ取り上げて、父親は文字を読み上げる。
間違いなく、俺の思った通りだ。
何枚もの十円玉をよけ、ついにその手が俺の体に伸びる。
「あった! 昭和六十一年」
よっしゃあ、と俺は喝采を挙げた。
やはり、父親の探し物は俺だった。十円玉としては一番の新入り。
「いいか、ミザリ。この十円は特別なもので、売ると二万円くらいの価値があるんだよ。今から売りに行くから、一緒に来るか?」
笑いたい。
父親の手の隙間から、五百円の奴を見下ろしてやる。
ざまあみやがれ。俺は『プレミアこっくりさん』だ! 見たか、ワンコイン野郎!
俺は特別。選ばれし者。
これでやっと、自由になれる。
この先で間違いなく、チャンスが訪れる。
プレミアの十円玉を欲しがるような奴は、古い儀式にも詳しい可能性が高い。そいつの前でラップ音でも鳴らしてやれば、少なくともお祓いくらいはしようとするはず。
そうすれば、今度こそ帰れる。
「あ、これはダメですね」
古物商の男が、俺をぞんざいにカウンターに置く。
「昭和六十一年には違いないですけど、これは特に価値がありません」
「どうしてですか?」父親が目を見開く。
「昭和六十一年の十円玉には『前期』と『後期』がありまして、プレミアがついているのは『後期』の方なんですよ。平等院鳳凰堂の左側の屋根なんですが、後期の方は先が尖っていたり中央の階段部分のデザインとかが違っていたりするんです」
馬鹿な、と俺は凍りついた。
「じゃあ、これって価値はないんですか?」
そうだ。俺は昭和六十一年の十円玉。後期ほどじゃなくても、何かのプレミアが。
「とりあえず、十円の価値はありますよ」
何回、溜め息の音を聞いただろう。
「なんか、ジュースでも買っちゃおうか」
父親は俺を手にし、残念そうに見つめる。
自動販売機の元へ行き、「ええと」と買うものを選ぼうとする。
ミザリちゃんの目も怖い。俺を見る目が、心底がっかりしたものになっている。
ねえ、なんかおかしくない? 俺、なんか悪いことしましたか?
「じゃあ、さっさと厄払いだね」
そんなことを言い、俺を投入口へと入れる。
カラン、と直後に渇いた音がした。
「あれ、戻ってきちゃったよ」
俺は釣り銭返却口へと落下し、父親がまた俺を取り上げる。
もう一度、と投入口に入れられた。
そして再び、カラン、と音がした。
「まともな硬貨として認識もされないかあ」
はああ、と深い溜め息がつかれた。
「本当、つくづく使えない奴だな」
うるせえぞ、この父親!
悪いのは俺じゃなくて、このポンコツの自販機だろうが!
いいから、さっさと帰らせろ!
(了)
こっくりさん帰れない 黒澤 主計 @kurocannele
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