第7話 哲とラストミールの真実


あくる日の、日野刑務所、ラストミール部事務所。

山井と北沢は、iPadの画面を前に二人とも腕組みをし、固まっていた。


「どう思う? 単なる偶然かねこれは?」


「……」


 画面は、とある男のウィキペディアであった。


 小泉 哲夫。 熊本県、菊池市にて、馬刺し屋を経営。弟は弁護士連合代表。


「というのはだな。君も薄々疑問に思っていただろうが、

 ここのところ囚人がラストミールとしてオーダーしてきているのが、

 偶然にも『馬を使った料理でなんとかなりそうな注文ばかり』なのだよ」


「……」


 思えば、赤兎馬から始まり、ケンタウロス、ペガサス、ユニコーン。

無茶とはいえ、確かに最高の馬料理を提出すればなんとかなりそうな内容ではあった。


 山井は、嫌な想像をした。もしや、これは弁護士小泉のしくんだ、兄の飲食店の売り込み。

もしくは、兄への挑戦状……?

 どちらも、あまり真に受けたくはない冗談にしか思えなかった。


「……やめましょう。我々は、違う主義主張を抱えながら、それぞれ必死に闘っている。

 そこには政権の交代も、制度のあり方も関係ありません。もちろん兄弟の忖度や確執なんかは論外です。……そうじゃありませんか?」


「……そうだな。私の勘ぐりすぎかもしれん」


 ……そこに、ノックの音が響く。

署の事務員が、新たな囚人のラストミールのオーダーを持ってきた。

北沢は早速目を通す。


「……『デュラハンの生け作り』、『牛頭馬頭バーガー』……」


「ごず……なんです?」


「牛頭馬頭とは、牛と馬の頭を持つ地獄の門番とされている存在だ」


「はあ、馬の……」


「一方デュラハンとは、アイルランドの民謡に出てくる首のない騎士だ」


「騎士……ということは、それが乗っているのは……?」


「……」


 山井と北沢は首を捻ったまま動かなくなった。

山井の胸には、どうしても拭い去れない疑念があった。果たしてこれは、本当にただの偶然だろうか?

偶然ではないのだとしたら、自分が足げく九州まで通った意味は?

囚人たちの切実な涙は?

弁護士小泉が自分の胸ぐらを掴んでまで訴えたかったことは?


 ……自分達は果たして、国家ではなく、二人の兄弟の掌でずっと踊らされていたとでもいうのか?


 山井は、今にも目を回して倒れそうだった。


 沈黙を破るように、北沢は重たい口を開いた。


「とりあえず、彼を呼ぼう。

 『馬刺しの哲』を………」



                  馬刺しの哲、了。


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