【3杯目:ホット・エッグノッグ】
その晩も【バー・アイスストーム】は盛況だった。
「よう、妙なニーチャン!あの入り浸りのボンボンを撃退したっつーじゃねえか」
なぜか噂になってしまっている。
「お!そいつがボンボンと殴り合いの喧嘩したってヤツか?」
噂に
まあ、無理に訂正することもない。
「一緒に飲もうぜ!ジェマ、この妙なヤツ貸してよ」
「えっと」
団体に絡まれて、困ったようにジェマの方を向く。
「お好きに。テキトーにあしらっていいよ」
ジェマが小声で答えた。
「あら、じゃあおじゃまします」
ご
せっかくだからこの異世界の料理も食べてみたい。
金払いのいい客は、料理や酒をあれこれとオーダーしてくれた。
さきほどジェマに提案したホット・バタード・ラムも、酔客になかなか好評だった。
+++
「おーい、スバルー。あんた飲み過ぎ」
声を掛けられたように思う。
しかし、体が重くて動かない。
「店員が客に
「バカかあ……」
重いまぶたを開ける。
女性が顔を覗き込んでいた。
「あ、かすみ……」
ぼんやりとしたまま呼びかける。
「ねえ、かすみ。アタシはさ、かすみと一緒に、お店を大きくしてくつもりだったのに……」
「スバル、しっかりして。私はカスミじゃない」
「かすみも同じ気持ちだって、信じてた……」
頭がぼうっとする。
「なんで裏切ったのよ……」
喉から絞り出すように声を出したら、目の前の女性はスバルの
「ん……」
ああ、殴られるな。
そう思った。
けれど、昼のように雪だるまを出そうという気持ちはなかった。
バシッ!!
一瞬遅れて、頬に鋭い痛み。
「私はカスミじゃない!ジェマ!」
「……っう」
かなり効いた。頬を押さえ、よろけながら椅子に座り込む。
「誰かの代わりにしないで!私は私!!」
その強い声が脳にビリビリと響いた。
なんだかすごく申し訳ないな、という思いにとらわれる。
「ん……ごめ」
謝ろうとしたところで、意識は途絶えた。
+++
翌昼。
目を覚ましたスバルは、【バー・アイスストーム】の床に転がっていた。
どうやら、屋根裏までたどり着けないほど酩酊していたらしい。
「う……」
わずかな頭痛と圧倒的な
典型的な二日酔いだ。
昨夜のことをゆるゆると思い出し、スバルは
「あー……。これはアレね。やらかしたわね」
自分の体には毛布がぐるぐる巻かれている。
おまけに、暖炉にはごく小さな火種。
あんなに怒っていたジェマだが、スバルが凍えないよう配慮してくれたらしい。
起き出して、水をガブガブと飲む。
だんだんと、思考がクリアになっていく。
「
+++
暖炉の前の長椅子に転がって二日酔いをやり過ごしていたら、ドアのベルがカランと鳴った。慌てて身を起こす。
「あ。生きてる」
そんな風に声を掛けられた。
「うん。ごめん」
こういうときはあれこれと言い訳をしないほうがいい。
ストレートに謝るのが得策だ。
「嫌な思いさせて、悪かったわ」
「ふぅん。言い分次第では追い出そうかと思ってたけど」
スバルはぎくり、と身をすくめる。
「まあいいや。パン
少しそっけない態度。
とはいえ、ジェマは意外とお人好しのようだ。
今日は店休日と聞いていた。
だからスバルは、絶品のパン粥をありがたくいただきながら、ジェマにお誘いをかけてみた。
「ねえ、今夜お店で、アタシたちのこと色々話さない?」
+++
「日本には“二日酔いには迎え酒”って言葉があるけど」
「あー、うちの客も似たようなこと言うよ」
「やっぱりお酒って共通言語なのね。でも飲み過ぎは禁物ね」
「今日使いたいのはねえ、ラム酒……廃糖蜜酒と、卵。お砂糖。あとはミルク」
「とんでもない組み合わせだわ」
ジェマが少し呆れたような声を出す。
「美味しいもの、作れるんでしょうね」
スバルは口の端を上げた。
「任せなさい」
しかし、スバルは大きな難題に気付いていた。
この異世界にはシェイカーというものがないのだ。
「んー……」
スバルはキッチンの棚をあれこれ覗き込み、シェーカーの代わりになりそうなものを探した。
「まあ、小さい酒瓶でやるしかないわね」
まずはメレンゲを作りたい。
卵を卵黄と卵白に分けてから、卵白だけを瓶に入れて
これをガッシガッシと思いっきり振った。振りたくった。
続いて、瓶にラム酒を注ぎ、卵黄を入れる。
あとは目分量で砂糖を入れ、瓶に蓋をする。
「よいしょっと」
瓶を持ち上げ、さらに振った。
ジェマは目を見開きながら、その様子をじっと見ている。
驚くのも当然だ。瓶を振ってカクテルを作るなんて前代未聞なのだろう。
なにしろ、スバルもこんな方法でカクテルを作ったことはない。
ああ、在りし日のシェイカーが懐かしい。
「うまくできてるといいけど……あ、炎ちょうだい」
瓶の蓋を開けながら言う。
ジェマは、指先に小さな炎をともし、瓶の中に放り込んだ。
「オーケー。あとは……」
カップにカクテルを注ぎ、ミルクを少量加えてスプーンでくるりと混ぜる。
「はい、出来上がり。ホット・エッグノッグ。いわゆる卵酒よ」
+++
暖炉の前で、のんびりと卵酒を味わった。
「あんまりお酒っぽくないわね……デザートみたい」
ふわふわ、とろとろとしたエッグノッグはまるで飲むカスタードのよう。
砂糖を心持ち多めに入れたから、ほのかに甘い。
「これ、手間がかかるけど結構得意なのよ」
とろける美味しさのホット・エッグノッグを味わいながら、とりとめもない話をする。
【バー・アイスストーム】のこと。
ジェマの家族のこと。生い立ちのこと。
この国の地形や文化のこと。
魔法のこと。
スバルも、自分のことをあれこれと聞いてもらった。
住んでいる世界が違った2人にとって、お互いの生い立ちの話や国の話は驚きの連続だった。
「あのさ、昨日はホントごめん。そもそもアタシ、ジェマのことを知らなすぎるのよ」
「それはお互い様ね」
ジェマが卵酒に口をつけながら答えた。
「ジェマの話をたくさん聞けて嬉しいわ」
暖炉の炎を眺めながら、スバルは目を細める。
「アナタに別人を投影するんじゃなくて、1人のアナタとして見るために、たくさん話がしたかった」
少し複雑な言い方になってしまったけれど、伝わっただろうか。
ジェマの方をふと見やる。
「うん」
彼女が小さな声で返事をしたから、安心した。
+++
「っていうか卵白を泡立てたかったんなら、瓶に
「風種?」
スバルは眉をひそめる。
「牛乳のクリームとか、芋のスープとかは風種で作るのよ」
ぐるりと考えを巡らせ、一つの可能性に思い至った。
「……まさか、火種みたいに風の魔法で
「あんた、ホントに魔法知らないのね」
呆れ声。
「だから、言ったでしょ?日本には魔法ってもんがないのよ」
どうやら、自分は表通りで炎の魔法に加え、風の魔法も練習しなければならないらしい。
わくわくしてきた。
この異世界でやりたいことがまた増えた。
「いつか、雪だるま以外の魔法も使えるようになりたいわね」
そう呟いたら、ジェマは「ふふ」と笑いながら言った。
「スバルの作る酒は、魔法みたいなもんだよ」
〈終〉
心も体もあったまるお酒はいかが?~雪の街に転生したので、異世界酒場でホットカクテルを作ってみた~ 野々宮ののの @paramiy
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